第3層:You're "Au".
「だ……大丈夫でしたか!?」
「ああ。ありがとな……美弥玖」
千夜歌ニアンソ弾軌はそう感謝の言葉を述べ、手早く飲料缶のような物体を銃身に込めると片膝立ちの状態からゆっくりと立ち上がる。
「それじゃあ、改めまして」
砲身の下部にある……ショットガンでいうところのポンプアクションを行う部品を後方へ引くと、両側面の半円状のパーツ「ガチャンコレールアーク」が展開される。さながらその様は、鉄道車両の転車台を彷彿とさせる。そしてそれと同時に、踏切の警報を思わせる警告音が喧しく鳴り響く。千夜歌は砲塔となっている白い鉄道車両部分を上から鷲掴みにすると、ガチャンコレールアークに沿って砲身を回転。前後を百八十度入れ替えた。
『ブースト・ライナー』
砲身後部のスピーカーから男性のナビゲーションボイスが鳴る。この声は、千夜歌の母親の知人のメキシコ人男性に収録してもらったものだということを彼女の仲間達はあとになって知ることとなる。
銃とは本来、前方に向かって弾丸を発射するものである。しかし千夜歌はおもむろにその体を翻すと、あろうことか新たに向かってきた漬物部員数名に対して無防備な背中を見せたのだ。敵意を剥き出しにして襲い掛かる彼らが、その奇妙な行動に疑問を持つ余裕など持ち合わせている訳もなく。
「Fire!」
千夜歌が自身の一声と共に、引き金を引く。
ドカンッというけたたましい爆音のなか、彼らが見たものは。
超高速で迫る、少女の背中。
人は攻撃に転じている時こそ、最も防御がおろそかになるものである。その手痛いカウンターを防げなかった彼らは全身を吹き飛ばされ、背後から床に強烈に打ち付けられた。吹き飛ばされた者達はそのほとんどが昏倒し、唯一かろうじて意識を失わなかった……けれど立ち上がることすらままならない女子部員が驚きの声を上げる。
「な、何……今の……!?」
「何って、身体ごと吹っ飛ぶくらいの、ただのクソ強ガスバーナーだが?」
ブーストマグナム009、赤い砲身のブーストモード。
装填したガス弾を赤い砲身「009ブーストイグナイター」の内部で破裂させ、着火剤を燃焼させながら体当たりを繰り出すための形態である。のちの千夜歌曰く、屋外用の大型バーナーから着想を得たとのこと。
「ふ……ざ……けてる……」
意識を保てなくなった女子部員が倒れ伏したのを確認すると、千夜歌はある方向に視線を向ける。彼女の視線の先では、狂人を前に対抗手段を持たない依頼人達が部屋の隅へと追い込まれていた。
彼女はすかさず次の手を打つ。ポンプアクションでガチャンコレールアークを展開し、先ほどの要領で今度は白い鉄道車両が銃口になるように砲身を回転させる。
『マグナム・ライナー』
男性のナビゲーションボイスが、この兵器が別のモードへと移行したことを知らせる。
白い砲身のマグナムモード。砲身「009マグナムブラスター」からスチール製飲料缶を改造した弾を放つ、通常砲撃形態である。
「Fire!」
再び起こった轟音が、一瞬の支配を生む。放たれた炸裂弾は緩やかに弧を描き、一人の男子部員の背中に命中した。
「ああっ!」
膝を落とし、男子部員が悶え苦しむ。
「作ってみたはいいけどうるせーなコレ」
製作者本人が愚痴を漏らす。そんな間にも、部員と依頼者に割り込んだ在束が自慢の盾鞄と筋肉で部員らを押し流していく。
『校長室、制圧未完了しなかった。やはり学校ぐるみではないわけではないようだ。これから向かわないつもりはない』
「あぁ。急いでくれ」
「なるはやでねっ」
「お待ちしてます!」
三人のワイヤレスイヤホンに一本の通信が入った。声の主は三人の友人、稲駄我妃帝。肯定の際に二重否定を用いる独特の喋り方が彼女の特徴である。
「ま、まだ仲間がいるっていうの……!?」
部長芝味美はまるで珍獣を見るかのような視線を向け、驚きの声を漏らす。
「とうとうボスが出張ってきたか。んじゃ、とっておきを……!」
そう言って、先ほどの炸裂弾よりも飛距離は伸びないが爆発力が優れた弾を装填、発射態勢に入る。
「Firあっ……」
弾は、見事に爆発した。
砲身内で。
金属の破片が飛び散り、灰色の煙が立ち込める。割れた窓を通って空気がゆっくりと抜けていく。
しばしの静寂を破ったのは、千夜歌の咳だった。
「……ゲホッ」
「えっ……」
煤で少々顔の汚れた千夜歌を前に、芝はやはり自分のペースを取り戻すことができない。
「……スーッ。ちょっとタンマ」
右の手のひらを差し向け、この場には似つかわしくない提案をし、おもむろに本体をいじりだす千夜歌。
「あれ~っ? やっぱり携帯性を上げるためにバラけるようにしたのがマズかった? ジョイントで引っ掛かったかな……。それとも発射の熱でゴムパッキンが劣化したか?」
「いやいや……。待つワケ……ないでしょ!」
呆れ、そして怒り……芝の脳内を走る、二つの感情。
「悪い美弥玖、あと頼むわ」
「は、はいっ!」
「ぐえェっ!」
暴発のいざこざの間に副部長木鞭宇真伊を制圧し、金色のシャベルで彼の首を切りつけていた少女……金々広美弥玖が慌てた様子で駆けてくる。「ぐえェっ!」という汚い声が、木鞭が気を失う前に最後に紡いだ言葉だった。
「うー……さん……? ……いや……イヤ……っ!」
彼がうつ伏せに倒れていく様を目にした芝。膝をつき、細く声を荒げる。
呆れ、怒り、悲しみ……。
そして、最終的に沸き立つ、強い怒り。
「よくもっ……! うーさんを……! 許さない!」
「その言葉、本気で言ってるのか?」
「副部長さんは、あなたにとって大切な宝物なのですね……。……でも、他の方の宝物を傷つけて良い筈がありませんよ」
「許さない許さない許さない!」
「美弥玖」
「はい……?」
「コレ、プレゼントだ」
そう言うやいなや、千夜歌は金々広の持っていたシャベルの柄を引き伸ばした。突然のことに、金々広はシャベルの柄と千夜歌の顔を交互に見やることしかできない。彼女があっけにとられているうちに千夜歌は、引き伸ばされた柄の内側に現れた空洞……電池ボックスのような形状の空洞に小さな金の延べ棒を差し込んだ。
『24連金!』
この細い柄のどこに電飾機構が備わっているのか、延べ棒が差し込まれたシャベルから若い女性の声が鳴り響く。
「な、なんですかこれ!?」
「ジャパニーズ・カルチャーが一つ……『ヒッサツワザ』さ。その『ビーナスインゴット』を装填することで高速振動刃を展開する必殺技モードに移行する。ロマン感じるだろ?」
「か、勝手に私のシャベルを改造しないでください!」
「めんご」
「あああアアアっ!」
怒りに満ちた芝が、二人へと襲い掛かる。
動揺しつつも、金々広はギリギリのところで冷静さを保っていた。
「人生の彩りは自ら掘り当てるものです! ……彩掘!」
『シャチク錬金! ゴールドラッシュ!』
襲い掛かる芝、そのすれ違いざま。
シャベルの切っ先が、芝の脇腹に牙をむく。
「あ、ああぁぁぁ……」
掴みかかろうとする両手は虚空を漂い、ゆっくりと力が抜け倒れ行く部長、芝味美。
最後の狂人が敗北し、戦場は静けさを取り戻した。
パトカーのサイレンが、聞こえてくるまでは。
◇
糠床から解放された少年少女を包む銀袋のジッパーが閉じられ、次々と運び出されていく。依頼者一同は各々の悲しみを吐露し、共有する。
そんな中、警官から事情を聞かれ集まっていた金々広美弥玖ら四人へ一人の男性が近づき、声をかける。
「あなた方は……私達の英雄です。孫を奴らから取り戻してくれて、ありがとうございます」
そのやつれた顔には悲哀と……少しの安堵が混じっていた。
「我々はそんな大層なものじゃない。……こんなことになってしまって、本当にすまない。我々の力不足だ。……あとは、公的機関に任せよう……と、思わない訳はない」
「……?」
「えーっと、気にしないでください」
すかさずフォローに入る在束。
「では、私は孫の葬儀があるので……これで失礼します。……お元気で」
立ち去る男性を見送る四人は、お互いを見やる。
「人を漬物にしてしまうなんて……恐ろしい方達でしたね」
「人を漬物にする者『ツケモナー』、かぁ……」
「近頃、東海地方を中心に勢力を増していない……なんてことはないらしい」
「漬物だろうがなんだろうが、どんなに高貴な理由であれ人を泣かせる理由にはならない。止めるさ、あたしが……いや、あたし達が、な?」
「はい」
「うん」
「ああ」
『ん』
「あぁあゴメン、梨苺桃のこと忘れてたわ」
茜色に染まる夕空の下で、人々の喧騒とドローンの飛行音が着実に、理不尽に、日常を連れ戻していくのだった。