*第2話 少年、現る
朝になり、目覚める。
清澄な空気とふわふわな感触。もふもふに覆われた顔へ、太陽の光が僅かながら射し込む。
「眩しっ、ちょっと! そんなにくっついたら、さすがに苦しいって――」
もふもふを退かし、もふもふといつものやり取りをしていたら、視線を感じて、ついアンナのセリフは止まってしまった。
「……え?」
「おはようございます」
そこには、いないはずの《《人》》がいたのだ。昨日、ベンチに着いた時には誰もいなかった。今も辺りは閑散としている。なのに、人がいるなんて――。恥ずかしい姿を見せてしまった……。
「おはよう、ございます……」
オドオドしながら喋るアンナ。
少し挙動不審になっている。一方、少年の方は平然と前を向いている。
「僕はカイン・コンシェルトといいます。貴女が沢山のもふもふに囲まれてたので、興味深くてずっと見守ってました」
金髪、翡翠色の瞳。少しあどけなさが残るが、立派なイケメンだ。齢は15才。年齢にそぐわない、紅色をベースにした豪華な服を着ている。そして、左の腰には剣が収められている。どこかの騎士さんみたいだ。
「ずっと、見守って、た……? 怖、気持ち悪」
「……ごめんなさい。いつもは護衛をしてる者でして……つい……」
どうやら、職業病らしい。
まあ、過ぎた事は仕方ない。
「いいですよ。私こそ失礼なこと言って、すみません」
「それで、貴女のお名前は?」
「アンナです」
「分かりました。アンナさんですね。早速ですが、アンナさんの護衛をしてもいいでしょうか?」
「……はい? 護衛って何ですか?」
「護衛とは護衛対象を敵から守る役割をしています。時に戦い、時に感謝され、共に時間を過ごし……とにかく、アンナさんを守らせて下さい!!」
プロポーズじみた言葉に、アンナの頬は赤くなる。15才の少年にはまだ発言を気にする段階まで到達していないようだ。でも、アンナにはもふもふがついてるから、護衛なんて要らない気もするが。
一応、彼女は護衛の意味は理解した。
「もふもふがいるので、結構です!」
裏がありそうな笑顔でハッキリと告げた。まるで、反論を許さないかのような。
「えー。うーん」
明らかに困っているカイン。
(きっと、アンナさんの役に立つと思うんだけどなー。そうだ!)
「遠くから見守ってるだけなら、いいですか?」
「それってつまり、ストーカーって事じゃないですか! ダメです!」
「そんなぁ~」
とうとうカインはいじけてしまった。指を擦らせていじいじしている。
そんないじけるカインに対し、アンナは少し優しさを見せた。
「もふもふしていいですよ」
「えっ」
カインは手のひらでケサランパサラン5に触れた。凄くふわふわで綿毛みたい。触っただけで、全身の疲れが取れ、癒されるなんて、便利過ぎる! 疲れが取れるのは、もふもふの魔力が関係してるらしいが、飼い主であるアンナは全く知らない。でも、ケサランパサラン5の、5の部分はどれが1でどれが5なのかは普通の人には分からないが、アンナには分かるらしい。特徴もあるそうだが、さっぱり訳分からない。ちなみにケサランパサランに似たもふもふは20くらいいる。
「すごく可愛いですー。もふもふも「気持ちいい」、「ありがとう」って言ってますよ!」
「えっ! もふもふと喋れるの?」
「はい。アンナさんはもふもふと喋れないんですか?」
「えー、うそー」
アンナは膝からくずおれる。
「そんなにショック受けなくて大丈夫です。いつか喋れる日が来ますって。あはは」
爽やかな彼の笑顔を見てたら、元気出てきた。
「じゃあ、行きましょう。って、どこ行くんですかっ?」
ノリツッコミするカイン。
そういえば、何も事情言ってなかった。
《《話したくない部分は伏せて》》、一通り事情を説明したのだが――
「そうですか。追放されて、ギルドの恩恵が無くなったんですね。分かります。僕も経験あります」
(な、何で分かるのーっ?)
カインには全てお見通しだったようだ。
「私、追放されてなんか……追放……もふもふは悪くないのにっ……」
ぶつぶつ呟きながら、アンナは涙を流した。アスファルトが涙の雫で湿る。
「きっと、もふもふを集めるスキルか何かのせいで追放されたんですね」
「何で分かるのっ?」
「見てれば分かりますよ」
「僕も若い頃は追放されてばかりでした。パーティーにも全然馴染めなくて……」
(今は若くないの??)
「でも、沢山訓練を重ねて、ある人のお陰でこうして第二騎士団副団長になれたんです。だから、きっとアンナさんを快く受け入れてくれるパーティー、あると思いますよ。努力すれば」
しれっと凄いことを言うカイン。
確かにさっきから多くの人の注目を集めてる気がする。視線が痛い。
「ふ、副団長!? そんな人がこんな所にしれっといていいんですかっ? 私なんかと話して」
「はい。まあ、もふもふに興味を持ったので」
アンナはコクりと頷いた。
ぽすっとカインに頭を軽くぽんぽんされた。ふと、見上げると――
「宿、見えてきましたよ」
カインにフーノリの宿までの道を案内してもらった。
途中、橋を渡る時、魚の魔物が現れ、カインに守ってもらった。
「やっぱり、僕が護衛についたほうが絶対いいんですよ」
「ありがとうございます。お気持ちだけ……」
「なんで!?」
そうして、フーノリの宿に到着した。
「やっと着きました!」
そこは橋を越えた先にある、古びた宿だった。木の看板にちゃんと『フーノリの宿』と書かれていた。