*第1話 もふもふになつかれる体質
とぼとぼと歩くアンナ。
冒険者ギルドを離れて、街をひたすら歩く。冒険者ギルドにもう、アンナの居場所は無い。アンナの足は重く、へとへとだ。限界がすぐそこまで来ている。
今まではギルド直轄の宿で暮らしていたのだが、追放された今ではその恩恵が受けられない為、自力で宿を探さなければいけない。
冒険者ギルドから少し進んだだけで、街の景色は大きく変わる。冒険者ギルド近くは、酒場などの飲食店だったり、ギルドの建物だったり、テントが目立ってたのに、ここは住宅街一色。カラフルな家々が立ち並んでいる。でも、アンナには家を持つ貨幣が足りない。
もう時刻は19時過ぎで、夜。でも、街の明かりのお陰で、夜なのに明るい。もふもふ達がくっきり見える。
(はぁ……疲れたー)
15分くらい歩いたところで少し休憩。
彼女はベンチに腰かけた。
荷物の入ったカバンには、必要最低限の物しかない。娯楽用品は古びた本くらいしかない。毛布も無いから、今の時期寒い。この世界での今の季節は秋の終わりの11月頃。季節感覚はこの世界でもあるのだ。
でも、アンナに寒さの心配はいらなかった――大量のもふもふがいるから。
アンナは水を少し口に含むともふもふを撫でる。ふわふわで真っ白なもふもふ。地球にはいなくて、イメージするならケサランパサラン? 的なもの。他にも色々な種類のもふもふがいる。既にアンナの周りはもふもふが密着していた。顔だけ肌を見せ、首から下はもふもふだらけ。
「ちょっ。くすぐったいよ~」
「もふー」
残念ながら、もふもふ語はマスターしてない。でも、いつかもふもふとお喋り出来たら――。そう、願ってしまう。もふもふとお喋り出来たら、何だか楽しそう。
そして、休憩が終わり、再び歩き出す。
アンナが歩くともふもふが自然と集まってくる。アンナの持つスキル、『もふもふ集め』は固有スキルでアンナにしか使えない。そして又、攻撃スキル、補助スキルではなく、常時スキルなので、MPの消費も無く、常に発動し続けている。便利だが、もふもふが集まってきて欲しくない時にも集まってきたり、集まり過ぎたりするので、少し厄介。
でも、さすがにもふもふも窮屈なのは嫌なので、新たなもふもふが来ると、感謝の品――もふもふの種類ごとに違うが、紫や桃色等の光――を遺して消えてしまう。後にこの光がアンナの『もふもふ集め』のSPになり、スキルレベルが上がるのだが、彼女はその事に気づいていない。因みにアンナの『もふもふ集め』のスキルレベルはとうに431になっている。でも、本人はステータス確認を怠っている。
一軒の家を通り過ぎようとした時。
「にゃあ」という鳴き声が聞こえて、後ろを振り返ると首に鈴をつけた、もふもふの黒猫がついてきていた。
「あら、とっても可愛い」
アンナは黒猫を撫でる。
黒猫は首をくねくねさせて、可愛らしいポーズをとる。
「あ! ダメじゃない。勝手に家を抜け出しちゃ」
家の中から中年のおばさんが出てきた。
「こ、こんばんは」
アンナは会釈する。
「こんばんは。ごめんなさいね、私のルナちゃんが」
「い、いえ。とっても可愛いです」
「でも、珍しいこともあるのね。全く、この子、人になつかないので……」
アンナはスキルの事を話そうか迷った。
(うーん、どうしよう……)
「私、もふもふになつかれる体質なんです」
これなら、スキルとも捉えられないかもしれないし。少し言葉を濁して言ってみた。
「あーそうなの。よく見れば、沢山もふもふ引き連れているわね」
「そうなんです」
「この子、持っていってもいいわよ。あなたによく、なついてるから」
黒猫のルナはアンナの足にすりすりする。飼い主さんもなついてくれた事に、凄く嬉しそうだった。でも、持っていくなんてとんでもない。もふもふが増えるとすぐ消えちゃうかもしれないし。
「そ、そんな! 結構です。おばさんが飼って下さい。ルナちゃんも私よりおばさんと居た方が居心地良いと思います」
「そう? 分かったわ」
そう言うとおばさんは、ルナを抱き上げた。ルナちゃん、ちょっと眠そう。
「あ、もしかしてそのローブ、ひょっとして……あなた冒険者?」
「あぁ、それは、ついこの前冒険者辞めました」
「そうなの」
深くは聞いてこないおばさんに、ほっと胸を撫で下ろす。
「それで、ずっと歩いてて、泊まれる宿探してるんです」
ちょっと気まずい空気が流れる。少し自分で言ってて悲しくなってきた。
「そうなの。それなら、フーノリの宿って所が少し先……うーん、歩いて30分くらいの所にあるけど……だったら、おばさん家に泊まる?」
「お気持ちは有難いのですが、大丈夫です。フーノリの宿目指して、頑張ります」
「そう? 気をつけてね」
おばさんは手を振ってくれる。アンナもそれに返す。
(さっきのベンチで寝ようかな)
今から歩いて30分のフーノリの宿に辿り着けるとは思えない。足が悲鳴を上げている。
今日は諦めて野宿することに決めたアンナ。もふもふがいるから、きっと温かいだろう。
来た道を戻ってベンチがある公園に着いた。
そこには誰もいない。
アンナは人目を気にせず、ベンチに乗り、横になった。すると瞬く間に、もふもふが群がる。
眠気に耐えきれず、瞼が勝手に閉じ、薄れゆく意識の中で――
「こ、この人……放浪者……? って、何でこんなにもふもふに囲まれてるんだ!? やば、おもしろ。しばらく見守っててあげようかな」
そんな声が耳元で聞こえた、ような気がした。