逢引
イイムラさんが消えた。
毎日公園で顔を合わせていたのに、ある日ふいにいなくなってしまった。
近所の人や、公園によく来る人に聞いても、誰もイイムラさんの行方を知らないという。
わたしはイイムラさんがどこに、誰と住んでいるのか知らない。
ただ休日の昼間や平日の夕方に公園で会う。
それだけの関係だ。
それでもわたしはイイムラさんが好きだ。
初めてイイムラさんに会ったのは、わたしが小学生の時。
友達とけんかして公園で泣いていたわたしは、自分が世界でひとりきりになった気分になっていた。
寂しくて悲しくて涙があふれ続けた。
声を殺して泣くわたしの隣に黙って腰を降ろし、泣き止むまでずっと傍にいてくれたのが、イイムラさんだった。
あの日からわたしは学校が終わる一直線に公園に向かうようになったのだ。
寂しくて時折わたしが力一杯抱きついても、迷惑そうな顔をせずにわたしの気のすむまで動かずにいてくれた。
春は、休みの日に一緒に日向ぼっこをしながら桜をながめて転寝をした。
夏は、陽射しの強さに閉口しながらも一緒にセミを取ったり、噴水の側で涼んだ。
秋は落ち葉を踏んで、その乾いた音を楽しんだり、とんぼを追い掛けたりした。
冬は、寒がりのイイムラさんはすぐ帰ってしまうのであまり好きではなかったが、たまに雪を一緒に眺めた。
イイムラさんの温かさが好きで、優しさが好きで、わたしは来る日も来る日もイイムラさんに会うために公園に通った。
イイムラさんと寄り添う時間はわたしにとって何より大切で、イイムラさんに触れると安心して、イイムラさんの澄んだ綺麗な瞳に見つめられると嬉しくてドキドキした。
無口なイイムラさんの擦れ気味の素敵な声がわたしは大好きだった。
わたしの世界はイイムラさんでいっぱいで
それなのに、イイムラさんが、消えてしまった。
公園によく来ていたおばあさんは
「イイムラさんにはイイムラさんの事情があるんだよ。」
と、悲しそうな顔をして言った。
わたしはイイムラさんに二度と会えないなんて信じないし、イイムラさんがわたしにお別れもせずにいなくなるはずがない。
わたしは公園で待つことをやめて、街中を捜し回った。
せめて、イイムラさんの住んでいるところがわかればよかったが、わたしは公園にいるイイムラさんしか知らない。
毎日毎日、学校が終わると街の至る所を歩き回った。
それでも、イイムラさんの姿を見つけることができない。
並木通り、違う公園、商店街、団地―――
住宅、学校、空き地、駅―――
イイムラさんはどこにいるんだろう。
もしかして、本当にいなくなってしまったの?
目の前の風景がじわりと滲んだ。
胸がつまって呼吸が苦しくなった。
いつの間にか、いつもの公園に辿り着いていた。
帰巣本能がわたしにあるのだとすれば、わたしの帰るところは、イイムラさんのいる、ここなのだろう。
あの時のようにわたしは膝を抱えてうずくまった。
嗚咽がこぼれそうになるのを必死でこらえる。
泣いてしまったら、イイムラさんが本当に帰ってこない気がした。
―――かさり
後ろから聞こえたかすかな音に振り替えると
そこには
「イイムラさんっ!!」
少し痩せてしまっていたが、見間違えるはずがない。
わたしは駆け寄り、そして―――抱き上げた。
あふれる涙をそのままに、いつもより艶がない毛皮に顔を埋める。
わたしの頬をつたう雫を舐めとり
「にゃあ」
と鳴いたのは確かにイイムラさんだった。