第7話 筋肉はやっぱり裏切りませんわ!
~マルケス視点~
私が新入生であるセシリア令嬢負けて、1日が経った。
昨夜は、まだ入学してきたばかりの1年生に負けたという事実に少し悔しい思いをしていたのだが、一夜経った今ではその気持ちも晴れ、むしろセシリアに対する敬意の念を抱いている。
今日は休日だが、私はいつもの日課である魔法の鍛錬を行うべく、学院の訓練場に向かった。
休日になるといつも私は訓練場で魔法の鍛錬を行っている。基本的にはいつも貸し切り状態だ。テストの直前でなければ、休日に訓練場を訪れる者はいない。
しかし、今日は違っていた。
平民でありながらも首席で合格したクロエがすでに訓練場で訓練をしていた。
見たところ、自らの魔法制御力を鍛えようとしているらしい。
「おはよう。休日と言うのに、頑張っているな」
私の挨拶でクロエはこちらを向き、「あ、マルケス様!おはようございます」と返事を返してくれた。
よほど集中をしていたらしい。もしかして邪魔をしてしまったのだろうか。もしそうだとしたら申し訳ない。
「すまん、邪魔したか?」
「いえいえ、そろそろ一休みしようかなと思っていたところです」
クロエは額に少し汗をかいた顔を向け、ニコッと私に笑みを浮かべながらそう答えた。
「それにしても、朝から訓練とはさすがは首席だな」
「いえいえ、そういうマルケス様も、休日だというのにこちらに来られているじゃありませんか」
「私の休日の日課だからな。それに、昨日セシリアに負けてしまったからな」
昨日の戦いは正直セシリアの一方的な勝利であった。おそらく、最初に私がセシリアに攻撃魔法を放つことができたのも、セシリアが何もせず待ってくれたおかげであろう。
その待ってくれた時でさえ、私の攻撃はセシリアに全く届かなかったのだ。
昨日の戦いのように一瞬で距離を詰められた場合、我々魔法使いにとってはなにも太刀打ちすることができない。なぜなら、詠唱を潰されてしまうからだ。
学院では魔法使い同士の戦いであるため、詠唱潰しなど存在しないのであるが、実戦ではそのような戦い方は通用しないであろう。
そんな基本的なことも分かっていなかった私は、その事実を昨日セシリアに叩きつけられたのだった。
「確かに、昨日のセシリア様はすごかったですね。無詠唱で魔法を展開したり、一瞬で距離を詰めたりなど、今までの魔法使いのセオリーを無視した戦い方でしたから」
「うん、確かにそうだな。だが、そのおかげで私は自分自身の課題点を見つけることができたのだ」
「それと、セシリアのあの力は無詠唱の魔法という訳ではないぞ?」
「え?それは一体どういうことですか?」
疑問の表情を浮かべたクロエに、昨日セシリア自身から聞いた事を話す。
そう、昨日の戦いでセシリアは魔法を一切使わず、魔力を筋肉で叩きつけていたという事実を、だ。
「え・・・?そんなことが可能なのですか??」
「いや、少なくとも私はそのようなことは聞いたことがない。が、それが無詠唱で戦うことができるからくりなのだそうだ」
「、、、あははっ、やっぱりセシリア様は凄いです!そんな戦い方をするなんて」
「フフッ、私もそう思うよ。彼女は規格外なんだってね」
セシリアの人間離れした行動に、私たちはついつい笑いあう。
「セシリアは私に気づかせてくれたのだ。魔法使いはただ後方で魔法を放つだけではなく、前線に立っても戦うことができる力を得ることが必要なのだ、と」
「確かに、私もセシリア様のような戦い方ができるようになりたいです」
「正直言って、あの時のセシリア様、すごくかっこよかったですから、、、」
クロエは少しもじもじしながらそう答える。確かに、昨日相対したセシリアの姿は凛々しく、美しかった。
一つ学年が上の私でさえ感じたことだ。同学年でまだ入学したてのクロエには、その姿がより鮮明に記憶されたのだろう。
「折角だ。私と一緒に訓練をしないか?」
「よろしいのですか?ぜひ!よろしくお願いいたします!」
クロエは笑顔を見せ、私と共に訓練を行うことになった。
――さあ、今日も訓練に励もう。昨日のセシリアと同じような戦い方ができるように、、、。
私はふと思い出した昨日のセシリアの凛々しい姿に思いを馳せ、訓練に取り組んでいった。
◇
ブルッ!
――どなたか、私のうわさでもしているのかしら?
体幹トレーニングを終えた私は、着替えている最中に寒くもないのに少し身震いをしてしまう。
今日の体幹トレーニングは自重トレーニングと、つい最近東方からやってきた商人から購入したケトルベルを使用したトレーニングが主体だ。自重トレーニングは基本であるプランクを、ケトルベルは筋肉の連続性を高めるための一般的なスイングを中心に、30分ほどインナーマッスルの強化に取り組んだ。
――さて、着替え終わったことだし、続けて魔法の訓練も一応しておきますわ
正直私は全く気乗りしなかったが、杖を持ち、屋敷の外にある屋外の訓練所で魔法の詠唱訓練を行う。
「――――――っ!」
、、、やはりだめだ。杖に魔力を込め、今まで家庭教師に習ったことや教科書に記されている方法で詠唱を行ってみるも、やはり魔法が発動しない。
それから何度も水の魔法の詠唱訓練をしてみるも、何も生じることなく不発に終わった。
以前家庭教師になぜ私が魔法を使うことができないのか聞いてみたことがあるが、どの家庭教師も分からずじまいだった。
家庭教師曰く、魔力量は常人よりもはるかに高いレベルで持っているらしいのだが、魔力を魔法に変換する詠唱を行っている際に何らかの障害が発生している、ということだった。
「詠唱に適性が無いのかもしれません」家庭教師からはこのように言われている。
――思えば、私が筋トレをはじめたのも、あのタイミングでしたね、、、
いくら努力をしても、皆と同じように魔法を使用することができなかった私は、そのコンプレックスを埋めるようにセバスチャンによって偶然もたらされた筋トレに励むようになった。
筋肉は目に見える形で成長していく。それは回数という意味でも、使用している重量が増す、という意味でも。
一方魔法の方はどれだけ努力を重ねても成長しないばかりか、スタートラインにすら立つことのできない現状だ。いくら長い詠唱を覚えたところで、それが実際に使えなければ意味がないのだ。
筋肉は魔法のように、私の期待を裏切ることがない。私に期待通りの、いや、期待以上の成果をもたらしている。
――はあ、マイナスな事を考えていたら、身体を動かしたくなりましたわ
私は今回も形ばかりの魔法訓練を行った後、いつもと同じように、身体のあらゆるところに魔力を通す訓練を開始した。
手に溜めていた魔力を瞬時に足へ。足に溜めた魔力を体全体に均一に、、、等、魔力を身体に行き渡す訓練を行う。
先ほどセバスチャンと戦った動きを思い出しながら、瞬時に魔力を任意の場所に移動させ、極力タイムラグが発生しないように頭を使いながら体を動かす。
多人数での戦闘も考慮し、時折足や腕から魔力を放出させ、衝撃波を与える訓練も行う。
、、、気が付けば、1時間ほどその訓練を行っていた。
――結局、今日もこの訓練になってしまいましたわね
昨日マルケス様と戦った時もこの方法で戦った。と言うよりも、この方法以外、私は戦い方を知らないのだ。
筋トレを進めていくうちに、筋肉で魔力を放つ方法を偶然会得した私は、気が付けばこの訓練ばかりするようになった。
私にはこれしかない。詠唱の問題で魔法が使えないなら、筋肉で圧倒するのみだ。
私はそう考えながら、これからも筋トレに励む決意をした。