第3話 筋肉に愛されるためには、筋肉を愛することが必要ですわ!
私とクロエが食堂に入ると、先ほどまで騒々しかった食堂が一瞬静かになった。おそらく、首席で平民のクロエのことを品定めしているのだろう。すぐに元通りの騒がしさに戻ったが、その視線と一緒に、私に対する視線もいくつか感じた。
――まあ、私としては別に構いませんけど、、、でも、折角ならこの鍛え上げた筋肉を見てほしいものですわ
私がそう考えていると、クロエは見られているのを察知したようで、少し怯えている。
「クロエさん、大丈夫だから。シャンとしなさい。あなたは首席でしょ?」
私がそういうと、「はい、、、セシリア様のようにシャンとします!」と私に言い、歩き出した。
どうやら、この食堂は自ら食べたいものを取る形式らしい。だが、私が常食しているサラダチキンが無い。せめてプロテインバーだけでも、、、そう思っていた私の考えは散々筋トレをした後に食べるチョコレートのように甘かったようだ。筋肉が喜びの声を上げるような食事は特に見当たらなかった。
私は少々がっかりしたが、クロエは今まで食べたことのない料理を見て目を輝かせている。
「クロエさん、食べれるだけを取るのですよ?」
「は、はい、、、!すみません、今まで食べたことのないものが沢山だったので、つい凝視してしまいました、、、」
そんなクロエの発言を聞いて、私はフフッと笑う。
クロエはメインのブタの香草焼きとパン、それとサラダを。私は魚のソテーとサラダを取り、席に着く。
魚はタンパク質の含有量が高く、トレーニーにとっては欠かすことのできない食べ物の1つだ。
ソテーにされてしまっているため油分が足されているが、それは今日の夕方の食事で調整すればいい、、、。
食べ終わった私たちは、午後からのクラスについて話した。どうやら、クロエは私と同じA組らしい。私はこれからも可愛らしいクロエと一緒に居られることを素直に喜んだと同時に、友達になることができるのか、一抹の不安を覚えた。
◇
クロエと私が教室に向かっている最中、クロエの頭上に突然花瓶が落ちてきた。私は咄嗟に魔力を体に纏い、右手を薙ぎ払う動作をし、私の筋力と手から放出した魔力で花瓶を吹き飛ばす。
私は魔法を使うことはできないが、筋力にものをいわせて体に纏った魔力で衝撃波を発生させることができる。これも、日々の筋トレのおかげである。
そう、筋肉を愛している者は、筋肉に愛されるのだ!
5mほど先まで吹き飛んだ花瓶が割れ、クロエは「ひゃっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げた。
「ど、どうされたんですか?セシリア様?」
「、、、なんでもありませんわ。ただ、少し面倒なことになりそうね、、、」
私はクロエにそう話す。
相変わらずクロエは?といった表情を浮かべたままだったが、私たちは気を取り直し、教室に向かった。
◇
オリエンテーションは授業の簡単な進め方の説明と、現在の魔法を測定する簡単な試験のようなものだった。
私たちは授業の進め方についての説明を受けた後、中庭に移動し、鉄製の的に向かって得意な魔法を放つことになった。
徐々に順番が進み、気が付けば私の番となった。
どうやら、みんな的には当たっているが、的を壊すまでの威力を持った者はいないようだ。
それと、先ほども言ったが私は魔法を使うことができない。筋力にものをいわせて魔力でぶん殴るだけだ。
「あら?セシリアさん??あなた杖はどうしたのですか?」
教師の一人が私にそのように尋ねる。
「ええ、私に杖は必要ありませんから」
私はそういうと、右手に魔力を集中させ、ブンッと思いっきり振る。私の筋力により、通常ではありえないスピードが腕に生じ、私の魔力が勢いよく右手から離れて的に命中した。
――あ、やってしまいましたわ。
そう思ったが、もう遅い。つい本気で腕を振るってしまったので、的を壊すほどの威力が生じてしまった。
――ほんとは皆さんに合わせて威力を抑え気味にする予定でしたのに、、、
周囲から「一体何をしたんだ!?」「的が壊れてるぞ!」「しかも、無詠唱だぜ!?」といったどよめいた声が聞こえてきた。
教師も驚愕した表情でこちらを見ている。
「セシリアさん!?」
「先生、壊してしまって大変申し訳ありませんわ」
「い、いえ、それはいいのですが、なぜ杖なしで、そして無詠唱で魔法を使うことができるのですか!?というか、この的ってちょっとやそっとじゃ壊れないようにできているのですよ??」
「、、、筋肉です」
「え?今なんと??」
「ですから、筋肉で魔力を思いっきりとばして、的に当ててるだけです」
「筋肉で魔力を飛ばす、、、?」
「はい、そうです」
私は毅然とした態度でそう答えると、「そう、、、筋肉ですか、、、」と少し混乱した目で教師は私を見つめている。
「み、皆さんも、この威力の魔法を扱えるよう、これから研鑽を積むのですよ!」
私が破壊した的は付け替えられ、「で、では、次の方。え~と、クロエさん?」と教師が言う。
クロエは「はい!」と返事をし、杖を構えて詠唱を始める。詠唱終了後、クロエの杖の先から、こぶしよりも少し大きい火の玉が生じ、杖を振ると同時に火の玉が的に一直線に発射され、的に命中した。全壊までとはいかなかったが、的の上半分が溶け、消失している。
「流石クロエさん!首席なだけありますね!」
教師がクロエの事を褒める。ただ、まだクロエの事をやっかんでいる者がいるようだ。気持ちの悪い視線をクロエに向けている者が何人かいるのを気配で感じた。
◇
今日の授業はここまでだ。多少の失敗はあったが、やってしまったものは仕方がない。
私はクロエに「では、また明日。ごきげんよう」と一言挨拶をし、迎えに来た馬車に乗り、帰宅した。
私の初めての登校はこんなドタバタした感じで終わりを告げた。
――さて、今日は目一杯太ももをいじめ抜きますわよ!!
私は朝に決意していたスクワットを行うため、動きやすい服装に着替え、準備運動をした。
スクワットの負荷を増大させるためのダンベルを両手に持ち、3セットのスクワットを終えた後、この世に生を受け、初めて大地に降り立った小鹿のような足になってしまうくらいまで追い込んでしまった。
しばらく満足に立つことができなかったが、この苦痛ですらも愛おしい。
――やっぱり、筋肉に愛されるためには、筋肉を愛することが必要ですわ!
私はそう、再確認した。
◇
~クロエ視点~
寮住まいの私は、家に着くと「ただいま~」とつぶやく。
同室の生徒はおらず、私一人で暮らしているため、本来は言う必要が無いのだが、ついついいつもの習慣で言ってしまう。
――それにしても、今日いきなりセシリア様に会うなんて、、、
私は今日1日を振り返り、そう思っていた。
実は、私は転生者なのである。昔の名前は、【北川かなえ】。
交通事故で亡くなってしまい、神様に会ったときに手違いで死んでしまったことを伝えられ、私はこの世界に前世の記憶が残った状態で転生した。
私が神様にお願いした通り、私が生前までプレイしていた乙女ゲーム【メスティン王国 魔法使いの少女】とほぼ一致していると思えるくらい類似している世界であった。
学院に入るまで、主人公のクロエとして概ねストーリー通り進んでいたのだが、学院に入ってからというものの、想定外の事態が続いてしまっている。
なにより、セシリア様の印象が全く違う。
私がプレイしたゲームでは、主人公のクロエは悪役令嬢であるセシリア様から執拗なイジメを受け、男性キャラに助けて貰うというのがセオリーだったのだが、今日実際にお会いしたセシリア様は全く悪役令嬢ぽくなく、むしろ主人公を助ける王子様役かと思えるほどカッコよく、且つ美しい人物であった。
――今日だけで2回も助けて貰っちゃった。
正直、私は最初に木から落ちて助けて貰ったときにストーリー通りに進まない状況に驚いたのであるが、それよりもセシリア様の凛としたあのお姿が頭から離れないでいた。
そう、正直王子様がどうでもよく感じてしまうくらいに、、、。
やはり、いくら登場人物の名前や顔が一致したとしても、ゲームと現実世界は違うのだ。
私はフフッと笑い、明日からの学園生活を考えながら、ベットに潜り込んだ。