悪役令嬢型魔導人形は真実の愛に目覚めるのか
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢は社交界において清廉なる淑女として有名であった。
それこそ自然に生まれるにしてはあり得ないほどに美しさを極めた銀髪に碧眼の少女の所作は一寸の狂いもなく完璧であり、言葉で飾ることなく多くの貴族を圧倒する様はまさしく令嬢として完成した存在であろう。
そんなセシリーナは王国内でも屈指の王立魔法学園に正規の方法で入学を果たすほどに優秀でもあった。彼女の婚約者である第一王子をはじめとして有力貴族の令息令嬢のほとんどは権力や財力に物を言わせて能力が足らずとも無理矢理入学の権利をもぎ取っているというのに、だ。
そんな彼女が十三歳としての肉体的成長に合わせて肉体を『調整』した頃、下校までのスケジュールに余裕を持たせていたがために幾分か時間が余っており、校舎裏という人目につかない場所に足を運んだ時のことだ。
「ふっぬぅん!!」
ブォンッッッ!!!! と。
王立魔法学園の制服を筋肉で盛り上げた少年が二メートルはある大剣を大上段より振り下ろしていたのだ。
踏み込みで地面が抉られ、振り下ろしで大気が爆発するように周囲に突風を撒き散らしていた。筋肉質な厳つい顔の少年について『魔導情報網』で検索する。
ガルズ=ブラッドストリーム。
黒髪を短く刈り揃えた、鍛え上げられた肉体の持ち主は辺境伯の三男にして同学年の少年らしい。
今日まで顔を合わせたことがなかったのは同学年でもクラスが違うからだろう。
「ッ!? いつの間に……いや、これは……なるほど、世界とは広いものであるな」
ふと。
セシリーナに気づいたガルズはこう告げた。
「何か用であるか?」
そこで、ようやくセシリーナは自分がガルズを観察していたことに気づいた。『設定』された通りに、誰もが礼儀正しいと認識する所作と共に口を開く。
「いいえ。随分と熱心に剣を振るってらっしゃるので見惚れていただけですわ」
「……ふん。こんなもの見たところで何も面白くないだろうに」
ぶっきらぼうにそう吐き捨てるガルズ。
そっぽを向くようにセシリーナより視線を外し、素振りを再開する。
そんな彼の姿を、セシリーナは迎えが来るまでじっと見つめていた。
ーーー☆ーーー
あれから一ヶ月が経った。
下校までのスケジュールに余裕があることについて見直しを要求することなく、セシリーナはその余裕を使って校舎裏に足を運び続けていた。
厳つい顔をした筋肉質な少年が素振りを続ける姿を観察するために。
「セシリーナ嬢も飽きないものであるな。俺が素振りをしているのを見て何が楽しいのやら」
ぶっきらぼうにそう吐き捨てるガルズ。
一応公爵令嬢として『設定』されているセシリーナが相手でも気負うことなく接しているのは学園内においては身分に関係なく云々という形骸化している風習を信じてのことではないだろう。
彼は誰にだってそうなのだ。
自分に非がある場合を除いて、誰が相手でも媚びへつらうことはない。
貴族としては失格なのだろうが、そもそも学園卒業後は騎士として辺境の防衛を担う予定であり、身分なんてものに縛られる生き方をするつもりはないらしい。もちろん辺境伯の三男という立場では完全に身分に関係のない生き方なんてできないとしても。
──という話をするくらいには、距離が縮まったとも言える。素振りの合間に、ぶっきらぼうながらも話をしてくれるくらいには、だ。
「飽きるわけがありませんわ。一心に努力を重ね、成長できるのはまさしく人間らしい姿なのですから」
「……、ふん。くだらないな。魔法の才能が大したことないから剣に頼るしかないだけだ」
「貴方様は正規の方法で王立魔法学園に入学を果たしたほどの実力はあるはずですが」
「いかに王国屈指の魔法学園といったところで学生基準でしかない。親父たちには遠く及ばない、軟弱者でしかないさ」
その表情からは感情の動きが何も読み取れなかった。いつものぶっきらぼうなそれさえも消えた、完全なる無表情。あるいはいつものぶっきらぼうなそれは感情の噴出ではなく、単にそういう表情が常であるだけなのだろうか。
「悪い。くだらん話をしてしまったな。忘れてくれ」
「くだらない話などではありませんでしたわ。少しでも貴方様のことが知れて嬉しかったですわよ」
「……俺のことなんて知ったところで何だというんだか」
そう言った彼はいつものようなぶっきらぼうな表情を浮かべていて、それでいてどこか照れているようでもあった。
ーーー☆ーーー
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢にとって放課後の校舎裏での一幕はスケジュールの穴を利用したものであった。普段の彼女は公爵令嬢にして第一王子の婚約者としてふさわしい行動をこなすためだけに稼働していた。
そういう目的でつくられた存在なのだから当然である。
魔導人形。
世間一般にも魔力で稼働する道具として魔道具というものが普及してはいるが、光を出したり水を温めたりと単純な機能を発揮するのが限度である。
だが魔導人形は異なる。
人間と同じ外見をしているだけでなく、あらゆる知識・技術を『設定』するだけで獲得可能であり、未来予知にも等しい予測が可能な演算機能を搭載しており、人間には決して危害を加えることができず、何より『設定』された主人には決して逆らわない従順な道具なのだ。
ゆえに、魔導人形は国家中枢にも深く根付いている。王のそばで常に最適な判断を下し、サポートする王妃としても魔導人形は採用されている。王国の繁栄は魔導人形の未来予知にも等しい予測があったからこそだろう。
……魔導人形には子供をつくる機能はないので、歴代の王は愛人の子を王妃との子としていたが。
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢もまた歴代の王妃型魔導人形と同じく王のそばで常に最適な判断を下し、サポートするためだけに必要な『設定』を埋め込まれていた。知識や技術はもちろん、友好関係もまた王妃として最適に動けるよう構築している。
だけど、だ。
辺境伯の三男、いずれは騎士として貴族社会からできるだけ遠ざかって生きるつもりのガルズ=ブラッドストリームと関係を構築しても大した利益は見込めないはずだ。少なくともスケジュールの穴を放置して、自分から接近するほどの価値はない。それなら他にも手を出すべき者が学園内にだっているのだから。
それでも、セシリーナはその穴だけは塞ぐことなく、ガルズのもとに足を運び続けた。魔法が発展した現代においてもなお愚直に剣を振るう筋肉質な少年。足りない才能を努力で埋め合わせようと泥臭くも足掻く姿は『設定』でどうとでもなる魔導人形ではあり得ないものだった。
その姿を観察することは有意義だと判断していた。いずれは王妃型魔導人形として稼働するべき彼女には不要なものではあっただろうが、なぜかそれを切り捨てることはできなかった。
〇と一。
その連続で最適な判断を下す魔導人形が自身の行動については具体的に説明できなかった。
ーーー☆ーーー
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢は魔導人形であり、主人に従順な道具である。ゆえに主人の決定には従うのが常である。
「セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢! 貴方との婚約を破棄させてもらいます!!」
それがどれほどの愚行であったとしても、『設定』さえ入力されればそれに従うのが魔導人形なのだから。
「なぜか、そんなものは決まりきっています! 貴女がピリカに対して行ってきた数々の悪行は決して許されるものではないのですから!!」
それは学園主催のパーティーでのことだった。非の打ち所がないほどに美しくあるよう手が加えられた魔導人形たるセシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢と違い、質素ながらも庇護欲を誘う愛らしい外見の少女を庇うようにして第一王子は高らかと叫んでいた。
ピリカ。
希少な光属性魔法の使い手ということで王立魔法学園へ入学を果たした平民と第一王子が親しくしていたのは知っていた。魔導人形であるためを子をなすことができないセシリーナの代わりとなるのはピリカだろうと予測はしていたのだが、よもやセシリーナを切り捨ててでもピリカを王妃としたいと望むとまでは予測演算できなかった。
ある日、第一王子はセシリーナにこう言った。好きな人ができたのだと。ゆえにセシリーナを婚約者の役から切り捨てるために一計を案じるのだと。
「ピリカの物を隠したり、取り巻きに嫌味を言うよう指示したり、挙げ句の果てには暗殺者を差し向けてピリカを殺そうとするとはっ。貴女のような悪女に裁きが下されないとでも思っていましたか? 悪は必ずや裁かれるものです。それが例えシルバーレイン家の令嬢といえどもです!!」
魔導人形にはいくつかの特徴がある。
その中でも人間には決して危害を加えることができないという制限があるためにセシリーナの取り巻きとして王家より派遣された人員がピリカの物を隠したり、嫌味を言うよう第一王子より指示されていた。暗殺者の件に関しては王族直属の精鋭が立ち回ったが、ともかく全ては第一王子の思惑通りだった。
第一王子という『設定』された主人には決して逆らえない従順な道具たるセシリーナを絵本の中の典型的な悪役令嬢として周囲に認識させ、此度の婚約破棄を正当化するために、だ。
もちろん歴代の王妃が魔導人形であることを知っている上層部は茶番であることを察しているだろうが、魔導人形は知識や技術を自由に『設定』できる道具である。セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢という道具を廃棄処分したところで全く同じ性能の魔導人形をつくり、適当な地位に据えるなり助言役として運用すればいいだけだ。
歴代の王はどんな時でもそばに侍らせ、最適な指示を仰ぐのが不自然ではない王妃という形に納得していたが、次代の王として最有力たる第一王子はそうではなかった。ならば運用方法を変える、それだけの話である。
「セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢。例え未遂といえども意図して人を殺すよう指示を下した者には等しく死刑が言い渡されます。その末路は決して覆されることはありません」
シルバーレイン家とは魔導人形を国家中枢に据えるための『設定』の一つである。ゆえに今回の茶番でシルバーレイン家の価値が暴落したところで何の問題もない。何なら新たな魔導人形に貴族の地位を付与するための『家』を構築してもいい。
愚行だとは判断できる。最適な国家運営には繋がらないだろう。だが許容範囲内だ。ここでセシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢という魔導人形が処分されたとしても致命的な不利益とはならない。
「ですから、これはせめてもの慈悲です。私の手で刑を執行してあげますよお!!」
だから、第一王子の指示で護衛として隠れ潜んでいた二人の騎士に首を差し出すように取り押さえられてもセシリーナは抵抗の一つもしなかった。
だから、悪役令嬢という役を賜り、その役の通りに死罪となることで婚約者の枠をピリカに譲り渡す茶番に従った。
だから、魔導人形としてつくられたセシリーナの最期は第一王子が婚約者を変えることを正当化するためだけに廃棄処分されることだった。
…………。
…………。
…………。
〇と一の連続、その果てに全ては問題なしと処理された。ゆえに魔導人形は従順にその運命を受け入れた。いいや、そもそも逆らう機能なんて搭載されてはいないのだから。
だけど。
ほんの少しだけ、セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢はある少年のことを思い出していた。
愚直なまでに剣を振るうその姿。
別に特別な何かなんてなくて、ほんの些細な偶然から言葉を交わしただけで、それでもなぜかスケジュールの穴を使って何度も彼のもとに足を運んでいた。
結局、自らの行動をセシリーナは説明することができなかった。
この世界につくられた時にはもう従順なる道具であるべしと定まられていた。未来の王妃として最適な行動を繰り返すだけの人形であれと望まれていたかと思えば悪役令嬢であれと切り捨てられた。
その末路に疑問はない。
魔導人形とは主人の望むがままにあるべきなのだから。
『なぜそうも努力を重ねるのか、だと?』
いつかの時、いつもの校舎裏でのことだ。
セシリーナの問いにガルズはいつものぶっきらぼうな声音でこう答えた。
『世の中には助けてとすら言えないほどに追い詰められている奴だっているものだ。そういう奴をクソッタレな悪意から助け出すためには力をつけておいて損はないからな』
どうして今になってそんなことを思い出しているのか、セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢には説明できなかった。
「…………、」
魔導人形として主人の望むがままに廃棄処分されることは当然なのかもしれない。
それでも、言葉としては何も放たれなかったけれど、もう少し彼とお話がしたかったと、魔導人形として最適からはかけ離れた何かがセシリーナの中に芽生えていた。
ーーー☆ーーー
第一王子が近くの騎士から受け取った剣を振り下ろした。
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢。最適な国家運営のために婚約者という形で第一王子にあてがわれた──つまりは人形のほうが自分よりも優秀なのだと言外に告げられた屈辱を晴らさんと言わんばかりに、だ。
ーーー☆ーーー
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢の首は跳ね飛ばされ、人間のように見えるよう加工された残骸が転がる……はずだった。
ガッゴォン!!!! と。
その轟音はパーティー会場全体を揺るがした。
「な、ぁ!?」
呆然と目を見開く第一王子の手には剣が握られていたが、その刃は失われていた。
なぜか。
第一王子の目の前に立つ彼が殴り、へし折ったからに他ならない。
「セシリーナ嬢はくだらない犯罪行為に手を出すことはない、なんてことを今の段階で言うつもりはない。憶測で騒ぎ立てるのは馬鹿のすることだしな」
その声に、セシリーナは左右から騎士に押さえつけられている中でも無理に顔を上げようとした。何とか目の前の彼を視界に収める。
「だけど、法的機関も通さずこの場で死刑というのはいくらなんでも強引すぎではないか?」
短く刈り揃えた黒髪の厳つい筋肉質の少年。
すなわちガルズ=ブラッドストリームその人である。
「ふ、ざけ……ッ!! 何が言いたいのですか!?」
「おっと、落ち着くであるぞ。俺としても偉大な第一王子様がセシリーナ嬢を断罪するというのならばそれが正しいと考えているのである」
「だったら!!」
「だからこそ、正規の手段に則ってセシリーナ嬢は裁かれて当然だと示して欲しいだけだ。本当に、全くもって、何の問題もないのならば拒否する理由なんてどこにもないはずであるぞ」
「……ッッッ!?」
第一王子は今回の茶番について上層部に話は通している。だが、王位継承権を持つ他の王子から横槍を入れられ、『不当にも婚約者を死刑にしようとした』という攻撃手段に転化される危険性もゼロではなかった。
ゆえにさっさとセシリーナを殺し、その口を封じようと躍起になっているのだ。
「ふん、そうやって口ごもる時点で後ろめたいことがあると白状しているようなものであるな。くだらない」
「な、にを……言っている!? 私が、この場で! セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢を処刑すると決定したのです!! ブラッドストリーム家の三男程度が私の決定に逆らってただで済むと思っているんですか!?」
「……、はぁ。適当に取り繕うこともできないとは哀れなものだ」
その時、セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢は見た。ガルズの表情からいつものぶっきらぼうなそれが消え失せたことに。
「なあ、クソ野郎。いくらただで済まないからといって、この俺がクソッタレな悪意に苦しめられている奴を見捨てるとでも思ったか、あァ!?」
轟音が炸裂した。
第一王子にして次期国王の顔面に拳を叩き込んだ轟音である。
彼が鼻血を撒き散らしながら吹き飛んだ時にはセシリーナを取り押さえていた二人の騎士もほとんど同時に吹き飛んでいた。魔法を使うどころか腰の剣を抜く暇もなく、だ。
「立てるか、セシリーナ嬢」
ガルズにしては珍しく、どこか気遣うような優しい声音だった。そうして手を差し伸べる彼を、そう、魔導人形として未来予知にも等しい予測が可能なセシリーナが彼の行動を事前に予測することができなかった。
「どう、して……ですか?」
何かが、完璧なはずの予測を覆した。
良くも悪くも未来予知にも等しい予測の外に踏み出す何かがあったのだろう。
それを、ガルズは当然のようにこう示した。
「助けたいと思ったから、それ以上の理由が必要であるか?」
おそらく『それ』はセシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢という魔導人形では予測に組み込むことすらできないものなのだろう。
そして、『それ』こそが。
愚直なまでに剣を振るってきたガルズが譲れないものなのだろうと、正確に予測はできずとも推察することはできた。
「……っ……」
ノイズが、走る。
結局『それ』が何であるのかセシリーナには理解できなかった。それでいて彼が手を差し伸べてくれていることにノイズが止まらない。
最適なんかではない。
こんなことをしたところでいつか必ず第一王子の魔の手はセシリーナはおろかガルズさえも呑み込んでしまうだろう。
それなのに、それでも、ノイズが止まらない。胸の奥から溢れてたまらない。
気がつけばガルズの手を掴んでいた。理由なんて不明で、最適ではないと分かっていても、掴まずにはいられなかったから。
「ふ、ざけ……るんじゃ、ないですよ」
そこで。
怨嗟に満ちた声が放たれた。
潰れた鼻から盛大に血を噴き出す第一王子がノロノロと立ち上がり、こう叫んだのだ。
「騎士ども、何をやっているんですか!! 私の顔に傷をつけたあの男も、生まれた時から私よりも優秀だと定義されてきた忌々しいあの女も! 今すぐに殺してしまいなさい!!」
その命令に、どこからともなく現れた数十もの騎士が各々の魔法陣を展開する。すぐにでも魔法が殺到し、不敬にも王族に手を出した不届き者を粉砕することだろう……と、この場のほとんどはそう思っているだろうが、
「ふん、くだらないな」
「予測完了。ガルズさんをその程度の戦力で撃破することは不可能です」
愚直なまでに剣を振るってきた少年と、そんな少年の実力を間近で見てきた少女だけは敗北の未来なんて予想すらしていなかった。
ーーー☆ーーー
「さて、ついうっかり第一王子に喧嘩を売ってしまったが……これからどうするであるか」
素手で騎士の群れを撃破し、第一王子を薙ぎ払ってパーティー会場から抜け出したガルズはいつものぶっきらぼうな声音でそう言った。
対して彼の隣に立つセシリーナは信じられないものを見るような目で、
「まさか今後について何も考えていなかったのですか?」
「なあセシリーナ嬢。逆に聞くが、俺が後先考えるような男に見えるであるか?」
「どうして自慢げに胸を張っているのですか」
今回は第一王子が護衛として数十人の騎士しか侍らせていなかったがために何とかなったが、国家権力を全力で振るえばその何十、何百倍もの戦力を派遣することだってできる。そうなればいかにガルズであってもなす術もなく撃破されることだろう。
セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢という『設定』の魔導人形が未来予知にも等しい予測を駆使して生存方法を模索しても、そもそも王国側にだっていくつかの魔導人形が配置されている。数で劣る以上、並列演算によるスペック差でもっていずれは押し潰されるに決まっていた。
「そうだ。一応聞いておくが、第一王子が囀っていた罪状は本当にセシリーナ嬢がしたことなのか?」
「いえ、あれらは第一王子がでっち上げたものですけど……」
「そうか。当人の証言だけで全面的に信じるというのもあれだが、まあ、なんだ。少なくともセシリーナ嬢がそう言うなら後悔することなく戦えそうだ」
「……ガルズさん。本当にわかっているのですか? 勝機はゼロに等しいのですよ? せめてわたくしを手土産に降伏すれば低確率ですがガルズさんの命だけは──」
「セシリーナ嬢が助からないなら却下だ。そんなの何のために第一王子に喧嘩を売ったかわからなくなるではないか」
「しかし……」
僅かに言い淀んだ理由も分からず、それでいてセシリーナはこう続けた。
「それは、わたくしが魔導人形であると知ってもですか?」
「…………、」
「そうです、わたくしは魔道具に分類される道具であり、人間ではありません。希少な材料が必要なために大量生産はできないとはいえ、材料さえ揃えばいくらでもつくれる道具でしかないのです。そんなもののためにガルズさんは命をかけるというのですか?」
「…………、」
低確率ではあるが、ここからガルズが生き残るには第一王子に降伏するしかない。そう、セシリーナ=シルバーレイン公爵令嬢を見捨てるのが最適な選択肢なのだ。
そのためなら、自らの正確な価値を示すのは当然だ。材料さえ揃えばいくらでもつくれる存在なのだと知ればガルズだってセシリーナを見捨てることができるはずだ。
だから。
だから。
だから。
「舐め腐っているのであるか?」
ぐいーっと。
頬を引っ張られる未来を、かつては王妃として君臨するよう『設定』され、必要な能力を注入された魔導人形であっても予測することはできなかった。
「にゃ、にゃにを……」
「魔導人形だかなんだか知らないが、そんなものはセシリーナ嬢を見捨てる理由にはならないであるぞ」
おそらくガルズは何も分かっていない。
魔導人形というものが生命ですらない、つくられた道具であるということを正確に理解できてはいない。
だって、そうじゃなければ量産可能な道具の一つにここまで固執するわけがない。
だって、そうじゃなければたった一つの命しか持たないガルズが材料さえ揃えばいくらでもつくることができる魔導人形の一つに固執するはずがない。
だって、そんな選択は最適ではない。
だから。
そのはずなのに。
「そもそも、だ。セシリーナ嬢が人間でないことくらい初めて言葉を交わした時には気づいていたのである」
「……え?」
ガルズはなんてことない口調で。
容易く魔導人形が誇る未来予知にも等しい予測を覆す。
「生命が放つはずの気配や心臓の鼓動が感じられなかったからな。詳しい理屈までは分かっていないが、少なくとも人間どころか生命に分類されるものでもないことくらいは出会った頃から分かっていたということだ」
頬から手を離して。
いつものぶっきらぼうな声音で。
ガルズ=ブラッドストリームは『それでも』と繋げた。
「俺は他ならぬセシリーナ嬢を助けたかったんだ。材料さえ揃えばいくらでもつくれる道具ではない、世界に一人しかいないセシリーナ嬢のことを助けたいと思ったからこそ第一王子に喧嘩を売ったのである。だから、今更人間ではないなんてくだらないことを持ち出すでない。そんなものは、セシリーナ嬢を見捨てる理由になんてなりはしないのだから」
「ガルズ、さん」
そこで。
いつものぶっきらぼうな声音ながらも照れるようにそっぽを向いて、ガルズはこう言ったのだ。
「それに、あれだ。最近はセシリーナ嬢に見守ってもらわないと素振りにも気合いが入らないんだ。だから勝手に死のうとするんじゃないぞ」
「……はい」
ノイズの正体はついぞ分析できなかった。それでいて、セシリーナはそのノイズに不思議とあたたかな印象を抱いていた。
「大体だな、こちとら惚れた女のためなら国だろうが何だろうが敵に回す覚悟は……むっ!?」
バッと。
慌てて口を押さえるガルズ。
「ガルズさん?」
「あ、いやっ、なんでもないであるぞ!! き、聞こえてないであるよな?」
おそるおそると、第一王子にだって一切の迷いなく喧嘩を売った筋肉質な厳つい顔の少年が怯える子犬のようにセシリーナの顔を伺っていた。……彼には悪いが、魔導人形のスペックであれば小声であっても拾うことはできる。
ゆえに、ガルズが口走った惚れた女という単語も正確に捉えている。その単語が誰を指しているのかも演算するまでもない。……そこでノイズが激しくなった理由については不明であったが。
セシリーナがそのノイズの正体について理解するにはまだ時間がかかることだろう。
それも、セシリーナの未来予知にも等しい予測さえも凌駕するガルズが王位継承権を争う王女を味方につけて、第一王子を撃破するまでのことではあるが。
『それ』はもう魔導人形の中に芽生えている。
後は花開くのを待つだけであるのだから。