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文芸部? -1-

私の中の、忘れられない物語…


誰にも話せなかった、絶対秘密だったお話…



当時の私は高校一年生。

中学を卒業後、母も通っていたという高校に進学をして、ひと月が過ぎようとしていた――


朝夕の電車通学。真新しい制服。

高校生になったという自覚は、生活時間の変化や周囲の視線といった、外面的な要因で芽生えていったように思う。



あの人に逢ったのは、そんな頃。

校舎の地階。

真っすぐに伸びた、静けさの残る学校の廊下だった――




初登校の日。


緊張も手伝ってか、身だしなみのチェックと朝のお通じに時間が割かれ、余裕だった筈の残り時間は霧散して、乗り換えを含む電車通学では焦って乗車ホームを間違えるという失態を犯し、思った以上に時間を要した。


駅のホームで電車を待っていたら、目の前のホームに同じ学校の制服姿が並んでいる事に気が付いて、目をしばたたいた…


私は思わず自分の着ている制服を確認した――


一度シミュレーションしておけば良かったな…

電車に揺られながら、そんな後悔を何度もしたが、時は戻らない。


結果、遅刻3分前で校門を潜った事もあり、加えて同じ中学校から入学してきた女子生徒がクラスに一人も居なかった事も手伝って、初登校時のコミュニティー作成の場に出遅れた私は、気疲れして自分から積極的に話しかけるのも億劫となって向こう任せにしていたら、翌日には毎度の休み時間がほわっとしたものになっていた――


別に、ハブられている訳では無い。


教室の窓側。前から二列目という席をくじ引きで引き当てたという事も有り、干渉され難かったというのも一因として挙げられよう。


積極的に友人作りに勤しんでいる姿を冷めた視線と嫉視の交互で眺めつつ、スマホや小説を手にしてやり過ごす…

休み時間になると、前後の席の子が中心部へと移動して、私だけが取り残された――


それでも話し掛けられたら相手をするし、昼食のお弁当は複数人で机を合わせて、とりとめのない話を語り合う…


どうやら私の立ち位置は、「話を無難に合わせられる便利な子」 というものに落ち着いたようだ。


一抹の寂しさを感じないわけでもなかったが、下手に干渉されるのも煩わしいものだ。

私は後悔しないと心に灯しつつ、成り行きの結果を受け入れる事にした――



1年F組は、お互いの領域にあまり干渉しない生徒が多かった。


それだけの事ではあるのだが、陽気に誘われてパワーアップした睡魔に襲われた時などは、腕を枕にそのまま降伏したりして、結果的に私にとっては大変に居心地の良い空間となっていた――




「暑…」


5月の連休が終われば、気温も高いと感じる日が多くなる。

教室の左側から差し込む陽光に、日焼け対策として避難場所を探さねばと昼休みに席を立った私は、ひんやりとした空気を求めて階段を下り、日陰になるであろう学校の中庭を目指す事にした――


やがて、静けさを感じる一階へと足を置く。


正面には校舎玄関があって、右側には職員室へと続く廊下が伸びている――


その手前から続く渡り廊下を通って中庭へと出ようと一歩を踏み出したところで、職員室の手前の壁に貼られた一枚の掲示物が、はらりと落ちるのが目に留まった――


「……」


十歩を進んで手にしたものは、部活動の部員募集の掲示物。

そのうちの一枚が、どうやら重力に負けたらしい。


屈した膝を伸ばして瞳に映り込んだのは、彩り豊かな、A4用紙以内の大きさで、目を惹くようにと様々なアイデアが施された努力の跡…


手にした掲示物をそれらの一角に無造作に戻しつつ、ついでに先輩方の労力に目を移していると、様々な四角い花弁が溢れる中で挙手をする、小さなカタバミの花のように貼られた、こぶし大の大きさの丸い掲示物が目に留まった。


『文芸部?』


黄色い丸紙に、黒色のマジックインキで記されたその文言…

最後に添えられた『?』 の記号が、私の琴線を小さく揺らした――


「興味、ある?」


すると、そんな声が背後からやってきた。

上級生と思われる、女性の落ち着いた声色――


掲示板の下部に向かっていた視線を、どうやら悟られたらしい。


部活動に興味はない。


上下関係は煩わしそうだし、汗を掻くのは好きではない。

何かを突き詰めたいという欲求も無い。漫画や小説を読むのは好きだが、大好きかと言われると、そうでもない。


それでも掛けられた声には反応せねばならないと、私は煩わしさを感じながら、仕方なしに振り向いた――



ひんやりとした空気が漂う廊下。


視線の先に現れたのは、肩越しまで伸びた黒髪ストレート。

儚い薄氷の衣を身に繕ったような、落ち着いた雰囲気の漂う制服姿の女子生徒だった――


キレイな人だな…


脳裏に浮かんだ、最初の感応…


「この、クエスチョンマークって、なんですか?」


そんなものを打ち消す焦りもあったのだろうか。

浮かんだ疑問を、私は単刀直入に尋ねた。


「…なんだろね?」


しかしながら、小さく首を傾げると、目の前の清楚な女生徒からは、そんな返答がやってきた。

質問の答えに窮したような感じではなく、柔らかく、八重歯の覗く瑣末な悪戯っぽい笑顔を浮かべて…


「私が書いたんだけどね。『なんでもいいよ』 って事かな」


腰から上を少し傾けて、疑問の答えがやってくる。

艶やかな黒髪が、さらっと揺れた――


「なんでも…ですか」

「そう、なんでも。漫画読んでも良いし、宿題やっても良いし。騒がしく無ければOK」

「……」

「一応、文芸部だからね」


努めて明るく発せられた、耳さわりの良い透き通った声色。

朗読なんてさせたなら、その世界に吸い寄せられると予見できそうな…


「部員は、どのくらい居るんですか?」

「え…うん…他にも居るんだけど…普段は一人の事も多いかな?」

「……」


柔らかだった微笑みが、寂しさを連れて少し陰ったような気がした――


それでも降りしきる雨に倒れまいと、小さな花弁を上に向ける一輪の野菊のように、努めて明るく振る舞おうとする先輩の姿が、私の琴線を大きく揺らした――



キーンコーン


目の前の女生徒が一歩を踏み込んだところで、午後の授業を告げる予鈴が鳴った。

思わず足を止めた先輩は、陰影を残したままの微笑みを咄嗟に浮かべた。

大きな黒い瞳が、残念そうに、訴えかけるように浮かんでいる――


「3階の角に、部室があるの。興味持ってくれたら、放課後、来てね」


急くように要件を口にした先輩は、制服の紅い紐タイの前で小さく右手を開くと、サッと背中を向けて、仄かな甘い香り漂う黒髪と共に、私との距離を空けたのだった――




「……」


部活動にさしたる興味は無いが、毎日訪れる放課後の過ごし方には一考する余地がある――


文芸部の部室には、先輩が一人…


見た目の清楚な印象からではあるが、きっと、勇気を出して声を掛けてくれたのだ。


「……」


休み時間、部室に避難できるかな?


見た目の安心感と、奉仕の心と自己便宜。

そんなものがないまぜになって、揺れた琴線の余韻を残していた私は、放課後、黒髪に覗いた先輩の澄んだ瞳を思い浮かべながら廊下へと一歩を踏み出すと、普段とは逆の方向へと靴先を向けるのだった――

お読み頂き、ありがとうございました(o*。_。)o

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