冒険者ギルドのお役所仕事 〜冒険者保険〜
冒険者ギルドのお役所仕事シリーズ五作目となります。
オムニバス形式ですので、この話から読んでも、他の話を読んでからにしても特に問題はないかと思います。
今回はややこしい保険のお話。冒険者に保険なんか出るの?とお思いでしょうが、ファンタジーですから(汗)。
どうぞ細かい制度の粗とかは気にせずお楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「そこを何とか頼むよコリグちゃ〜ん」
「そう言われましても……」
受付の職員コリグは、そのしつこさに辟易していた。
コリグの苦手とする業務と言うのも相まって、溜息を漏らさないようにするのに苦労する。
「スロピィさん、冒険者保険は前払いなんです。支払い要件が発生してから入りたいなんて言われても……」
「そこを何とか、さ! 書類をちょいちょいと」
「何かありましたか」
「プリム先輩!」
後ろから顔を出したプリムに、コリグは喜色を浮かべる。
「ふむ、冒険者保険の請求ですか」
冒険者保険。
保険と言っても冒険者なので傷害保険ではない。
対象は依頼失敗時の違約金となる。
加入者は達成報酬の二割を毎回ギルドに納める。
そして依頼失敗時には違約金をギルドが補償する。
とはいえまだ日の浅い制度で、加入者は半数を下回る。
「スロピィさんは個人での保険は加入されていますが、こちらは団体用の請求ですね」
「いやー、チーム組んだ時に加入を忘れててさ。でも依頼が期日までに達成出来そうにないんだ。な、チームを助けると思って頼むよプリムちゃん!」
保険の対象は厳格に定められている。個人で受けた依頼には個人用の、チームで受けた依頼にはチーム用の保険しか適用されない。
「チーム申請の時に入らなかったんですから、ギルドに出来る事は何もありませんよ。スロピィさんが自腹切ればいいじゃないですか」
「コリグちゃ〜ん、冷たい事言うなよ〜。俺貯金とかしないタイプだからさぁ」
「知りませんよ!」
依頼を達成しては、誰彼構わず奢って一緒に飲んでしまうスロピィ。
そこで知り合った新人や、行き詰まっている冒険者の面倒もよく見ていて、だからこそ蓄えがないのは分かる。
だが、そんな信頼の厚いスロピィだからこそ、冒険者の見本になってほしいとコリグは思う。
「ここでスロピィさんに保険を支払ったら、他の方も『入らなくても後で補償されるんだ』ってなるじゃないですか! そんな前例は作れません!」
「ちゃんと周りには保険の大事さを伝えるからよ! この通り!」
「そういう事じゃ……。先輩からも何か言ってくださいよ!」
プリムが眼鏡を押し上げる。
「ふむ。依頼が期日までに達成出来ない原因は、新人リブスさんの装備不備でしたか」
ぎくりとスロピィは目を逸らす。
「……まぁ、な。……あの、その件は内緒で、その……」
「分かりました。遠征時で保険料が支払えなかった時の後納特例で承りましょう」
「ホントか!?」
「先輩!?」
歓喜の声を上げるスロピィ。驚きの声を上げるコリグ。
だがプリムが差し出した紙を見て、共にその顔は蒼白になる。
「チーム結成から半年、これまでに達成した依頼から算出した後納特例の支払額はこちらになります」
「……先輩、この額……」
「……違約金よりちょっと安い位じゃないか……」
「後納特例には遅滞金も含まれますので」
「これじゃ、どっちにしたって払えない……」
がっくりと肩を落とすスロピィ。
「ではスロピィさんに一つ提案がございます」
「! な、何でも言ってくれ! 金以外なら何でもするから」
すがるスロピィに、プリムが眼鏡を押し上げる。
「では保険未加入者への勧誘をお願いします」
三ヶ月後。
「すごいですねスロピィさん! 今月もう十二件目ですよ!」
「そうかい……。後何件だい……?」
「八十二件です」
「半分は、切ったかい……」
冒険者兼保険勧誘員と化したスロピィの顔は疲れ切っていた。
「それにしても未加入期間一日につき、新規加入一件で代用ってちょいと多くないか!?」
「チーム保険の加入は、人数分を件数として計上しているので、達成不可能とは思いませんが」
「そりゃ有り難いとは思ってるけどさ、もう声かけられる奴らには大半声かけちゃったから、少しまけてもらえると……」
「現金でも構いませんが」
「八十件ぐらい何とでもしてやらぁ!」
ヤケ気味に叫ぶと、スロピィはギルドを駆け出して行った。
「良かったんですか? お金でなく新規加入者で代用するなんて」
「新規加入者の勧誘による加入料の減額や免除の制度は知っているでしょう? それは保険の制度は原則として、加入者が増えるほど安定するからです」
コリグの疑問に、プリムは眼鏡を押し上げながら答える。
「今回も計算上、今回の後納特例で得る収益を新規加入者に置き換えて、支払い等の支出想定を差し引いても、およそ半年で総合的な収益は上回ります」
「そうなんですか……。でも先輩から『収益』って言葉が出るの、変な感じですね」
「永続的な制度運営には、安定した収益が不可欠ですから」
「成程……」
頷くコリグ。しかしもう一つ疑問が残っている。
「あと、半年も遡って後納するのって大丈夫なんですか? 今までの後納特例はせいぜい一ヶ月だったのに……」
「一定以上滞納すると、違約金と差がなくなって申請されなくなるので、制度として後納の上限は定めなかったんですよ」
「そうなんですね。……ん? 定め『なかった』?」
プリムの言葉の違和感にコリグが声を上げる。
「……もしかしてこの制度作ったのって、プリム先輩ですか!?」
「そうですよ」
事もなげに答えるが、その規約やシステムは精緻で複雑。
コリグはいつもマニュアルと首っ引きで手続きをしていた。
苦手な業務の創設者とあれば、文句の一つも言いたいところだ。
「何でこんな大変なの作ったんですか?」
「必要だからです」
「何にですか? 正直手間かかってしんどいんですけど」
コリグの問いに、プリムは受付の外を指さす。
「かつては違約金が払えなくなるからと、無理をして命を落としたり、違約金を払うために無理な依頼を受けて更なる違約金を背負ったり、仲間同士で責任を押し付けあったりしてました」
コリグには、目の前の光景から、そんな過去を描けなかった。
「依頼を達成出来なくても生きて帰ろうと思えるように、一度の失敗で全てを失わないように、そして仲間に失敗の後悔を背負わせたくないという思いに沿うために、必要だったからです」
そう言えばコリグは、このギルドに勤めてから、冒険者の死亡事故を聞いた事がない。他のギルドでは月に一度は起きると聞いたのに。
皆笑い、気勢を上げ、楽しそうに冒険に向かう。
その立役者が自分の横にいるプリムかと思うと、ぞくぞくする興奮が身体を駆け巡る。
「プリム先輩、保険の事、もっと教えてください!」
「研修ですね。分かりました。来週までにマニュアルの疑問点を箇条書きにして提出してください」
「あ、いや、その……、はい」
興奮が冷めたコリグは、死んだ魚の目をマニュアルへと落とした。
読了ありがとうございます。
陰のサポート役って個人的に好きなんですよね。直接戦わない分、先を読んだり工夫を凝らしてる感じが渋いな、と。
でも先読みと工夫を凝らしすぎると、後で引き継ぐ人間が地獄を見るので程々が良いと思います。
またネタが思い付きましたら書いて参りますので、よろしくお願いいたします。