虚無感のようなもの
やり切ったという気持ちが自分の中を支配している。
普段聴いている音楽を聴いてみても、いまいち気分が上がってこない。
誰かと会おうかと思っても、連絡をするのが億劫になって、メッセージの入っていない携帯電話をいじる。
誰しも、こんな気持ちになるのだろうかなんて頭に浮かんでくる。
不毛だと思っても、辞められなかった。
時間だけがいたずらに過ぎていく。
自信を持って描いた絵が賞に落ちた。
それはよくあることだったが、自分より時間も手間もかけていなかった知り合いの絵が入選したことによって、僕の自信は完全に打ち砕かれてしまった。
絵を見るのも嫌になって、絵を描くのも嫌になった。
自分には何もないのだろうかと思ってしまう。
道端を笑いながら歩いていくカップルが嫌だ。
楽しそうに遊んでいる子どもたちが嫌だ。
人の声を聞くのも嫌だ。
何もかもが嫌だ。
僕はふさぎ込んでしまった。
そうしているうちにも、時間は進んでいくのはわかっているが、解決策は見つからない。
何もする気にならない。
この行動に何て名前を付ければよいのだろうか。
虚無感、なんて言葉では片づけたくないが、そんな言葉がしっくりくる。
明日になれば、気持ちに変化は訪れるだろうか。
明日は、良い日でありますように。
祈りは、届くかもしれない。
届かないかもしれない。
空っぽな気持ちがあふれ出し。
気持ちが心の中でくすぶり。
ただ、日々をこなす。
嫌いだと思う今も、これからも。
今後も。
今日という日がいつの日か役に立つといいなと思う。
嫌いで嫌いで嫌いで。
嫌いという言葉を何回も重ねても気持ちは収まらない。
人によってはそれだけというかもしれない。
けれど、
心の中はあふれかえる。
表現は難しいなと、ことごとくおもう。




