初任給
「ほい、まだ入ったばっかりで慣れないだろうけど、一か月お疲れさんだったな」
「あ、ありがとうございます!」
上司から給料明細と書かれた封筒を受け取ると、言葉にならない喜びが心の内から溢れてきた。
四月から新入社員として入り、初めての給料日。
まだ覚えることばかりで、足を引っ張ってばかりだけど、それでもなんだか嬉しくなった。
今日は、普段あまり飲まないお酒でも買おうかな、なんて思い立ち残りの仕事を片付ける。
「ふう、少しだけ多めに使っちゃったかな」
初任給はしっかり貯金するように、と両親から言われていたが、気分が高まってスーパーで少しだけ多めに買い物をしてしまった。やはり、社会に出て、自分で稼いだお金は格別だった。
まあ、このくらいはいいだろうと自分に言い聞かせ、今後の生活のことを考える。無駄遣いをすると、生活ができなくなってしまう。来月までの給料日までのことを思い、貯金額を少しだけ多くしようと決めた。
お金と上手に付き合うようにというのが、両親からの教えであった。
そんなことを考えながら、ビールを口に含む。まだ自分には苦みが強いなと思う。
「へい、やってるかい!」
だんだんと飲めるようになるのかな、なんて思っていると、アパートの扉をどんどん叩く音と元気な声が聞こえてきた。
「ああ、奈緒か。って、酒臭いんだけど!」
「えー、まだそんな飲んでないよ? それよりさ、今日和真も給料日でしょ? 一緒に飲もうよ!」
玄関を開けると、そこにはだいぶ顔が赤い幼馴染の奈緒がいた。
「うぃー。おじゃましまーす」
おぼつかない足取りで、持っていた袋から缶ビールを取り出す。
「かんぱいしよっ!」
「…………」
袋の中には空になったビールが何本もあった。本人はそんなに飲んでないとは言っているが、かなり飲んでいた。
「……まあ、いっか。奈緒とは会社入ってからしばらく会ってなかったし」
「そーそー、今日はたくさん話そ!」
お互いに缶を合わせると、奈緒はぐびーっと一気に飲んでしまった。それを見ながら、僕もビールに口をつける。
奈緒とは小さい頃から家が近くてよく遊んでいた。中学高校はお互い思春期で話すことは減ったが、大学に入ってからは気の合う友達といった感じで、よく話していた。
奈緒は大学でも優秀で、人気のデザイン会社に内定が決まったとき、
「あたしは、必ず出世して、自分の考えたものを広める!」
元気にそう言っていたものだ。
ただ、現実はそうそう甘いものでもなく。
「あたしさ、自分の才能に少しだけ自信があったんだよね。でもさ、会社には上には上がいて、あたしなんかよりもっと素敵な物を作り上げる人もいる……」
奈緒は僕を見るでもなく、ぼそぼそと愚痴をこぼす。
「入ったばっかで、比較的簡単な仕事を任してもらってるけど、それをこなすのもいっぱいっぱいで。期待してるって言ってもらえて嬉しいんだけど、うまくできない自分にイライラしていて……」
今日の奈緒はなんだかしんみりしている。いつもはへこむことがあっても、すぐに立ち直る彼女はとても新鮮な姿に思えた。僕も毎日の仕事を覚えるのに精いっぱいで、仕事とはこんなに厳しいものだったのかと思い知らされた一か月だった。
「奈緒はさ……」
「…………」
その先の言葉をうまく言えずに言葉を濁していると、奈緒はいつの間にか眠ってしまっていた。奈緒に毛布を掛けながら、僕はどういった言葉をかけるのが正解だろうかと、自問自答していた。