怒られました
キギギ、とまるで油の差してないブリキの様な動きで背後を振り返る。後ろには、僕の見知った方が立っていた。
焦る僕を他所に冷静と、僕の手元と僕の膨らんだ鞄を往復させながら最後にへぇ、とそれはそれは冷めた今までで一番冷たい声を吐き、それとは裏腹にその薄い唇は弧を描く。
口は笑ってるけど目は笑っていない、ものすごく怒ってる時の反応だった。
中性的な綺麗な顔でそんな表情出されれば鬼さえ逃げ出してしまうんじゃないだろうか。
ビクビクと突然震え出す僕と後ろのノアの関係性が掴めてないのかステイルさんは怪訝な顔で僕とノアを見つめている。
そして、スゥ、とノアの吐く息にビクリ身体を震わせると、
「すいません。彼の代わりに、こちらで。」
とノアの細い腕が僕の隣を横切り、ステイルさんの差し出すトレーにチャリ、と朝と同じ音で小袋が置かれる。
ステイルさんは戸惑いながらもしっかりとトレーを引き寄せ、中身を確認する。
「確かに、50ペイ頂きました。今日から、クロウドも冒険者の仲間入りです。」
そうですか、とにこやかにステイルさんに笑みを向け、僕をゴミ屑の様な物を見るような目で一瞥すると落とした残りのお金が入った袋を掴み、未だ挙動不審な僕に背を向け歩き出した。
「の、ノア…!」
焦り声を掛ける僕に、一瞬立ち止まると
「クロウド、今日から野宿だな?」
とまるで違うように聞こえる言葉を吐き捨てて、ノアはそのまま僕を置いて去っていった。
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ずびっ、ずびっ、と鼻をすする音が廊下に反響する。
あの後。
置いて行くノアを急いで追い掛けた僕は、まず買った本屋へ返品しに走ったが、返品は無理だと追い返され泣く泣く読んでもいない本を近くの古本屋へ13ペイで売った。
そして泊まっている宿屋へ帰り、当然閉まっていた部屋からノアの気配を感じた僕は、ドアを叩きずっとノアに呼び掛けていた。
しかし物音はするものの、反応が無いのに痺れを切らした僕は、一瞬力を込めてドアを叩いてしまった。バキ、という音と共に凹んだドアに青ざめながら待つと、すぐさま音に気づいたノアは扉を開けて、凹んだドアと青ざめた僕の顔を見て、
「一晩そこで頭冷やせ愚図が」
感情の読めない表情と共に、再び廊下へ僕を取り残しバタンと扉を閉める。
それからものの5時間くらい経ったんだろうか。他の客に奇異な目で見られながらもノアの命令を守るべく部屋の前で座り込む。
あれは、長年付き合いのある僕にしか分からない、暫くここでじっと大人しくしていろ、の意味だった。
とは言え、廊下の夜は冷える。夜も深けて来たのか、数刻前まで下の酒場は賑わっていたのに、今はボソボソと数組の話し声が聞こえるだけだ。冷えて鼻が垂れない様にすするも、ずるずると垂れるのは仕方ない。
ノアは寝てしまったんだろうか。先程から物音が何も聞こえない。
「なぁ、ノア。」
そんな中、ノアが眠っていても構わないと、廊下へ響かないように配慮しながら静かな声でドアに向けて 独り言ちる。
「僕さ、駄目なやつだけど、ノアに嫌われてもいいけど、ノアが離れたら生きていけないんだ。」
一度漏れてしまった本音は、夜中のせいかすらすらと口から出る。
「ノアの言う通り、ノアが居なければ僕、この国に辿り着いてなかったかも」
実際、追い出されそうになったしね。
はは…と乾いた笑い声が唇から洩れる。
ドアに額をくっつけ、目を瞑る。
物音は、聞こえない。
「でも、でもね、ノアが本当に嫌だったら、村に戻ってもいいんだよ?」
これ以上、ノアに失望されたくないから。
これ以上、ノアを傷付けたくないから。
そんな想いを込めた言葉を呟けば、ガタン、と中から物音が聞こえたと思えば続けて足音がドアに近付き、間もなく、ドアが開いた。