お金はありません
賑やかな雰囲気とは裏腹に、2人を包むのは沈黙とステイルさんの珈琲を啜る音だった。僕は、珈琲が苦過ぎてリタイアしました。
先に沈黙を破ったのは、ステイルさんだった。
「こほん…、まぁ、君がこの国に来た理由は兎も角、瘴気耐性が強い理由は分かったよ」
こほんとか本当に言う人居るんだ。
うわぁー、とした白い目をステイルさんに向ける。ステイルさんは僕の話の途中に席を外したのがバレたのが余程気不味いのか、ちびちびと珈琲を飲んでいる。
「ありがとうございました。手続きはこれで終わりですか?」
もう終わりだと思い、僕は席を立つ。そんな僕に、ステイルさんは首を横に振った。
「まだ冒険者の説明が終わってない。」
手で促され、もう一度席に着く。
「冒険者はランクがあってね、上から順に、S、A、B、C、D、E。
Sが特級、Aが上級、B、Cが中級でDとEが初級の冒険者。
登録した初めはEからスタートするから、クロウドもそこからスタートだ」
ふんふん、と頷く。
「で、ギルドへ登録する時に、保証金50ペイ頂く。」
へ?
ステイルはカウンターの下から何かを取り出し、僕の前には、ずい、と前に木のトレーが差し出された。
「ギルドの登録に、お金が掛かるんですか…?」
何それ聞いてない。
「あぁ、初級はたまに無茶をする奴が居るからな。」
と、僕の問いに嘆息し保証金を払う理由を説明してくれた。
まず初めに、クエストはランクによって受けられるものと受けられない物がある。
EやDランクはひたすら薬草採取や街の人のお手伝い等、地味な事からスタートする。
ランクを上げるには初級は大体1つ上がるのに100以上のクエストをクリアしなければならない。
だけど地味なクエストは多い上に、報奨金も少ない。
「当然、ランクが上がると難易度も上がる。
Sランクはドラゴン退治や特殊クエスト等、難易度が桁違いだ。
そういえば、クロウドはパーティーを組むのか?」
パーティー、それは2人以上共にする冒険者。僕は当然ノアと組むから、「はい」と答える。
「そうか。なら受けられるな。」
何を?と聞く前にステイルさんは僕の後ろを指差す。
振り返るとそこには、扉4枚分はありそうな大きい木の板いっぱいに<クエスト>と書かれた張り紙があった。どの張り紙もDとかB、Eなどそれぞれランクが書かれていたが、稀に報奨金しか書いてない物も幾つもあった。
「あの、ランクが書かれてないやつはどのランクでも受けられる無名クエストなんだ。
パーティーを組んでるやつならランク関係無しに受けられる」
へぇ、と一番近くに張られた無名クエストの紙を見ると<幽霊屋敷の除霊をしてくれる人急募!>と書かれたものもある。
僕の見ているものが分かったのか、
「あの幽霊屋敷のやつは、もうかれこれ50年前からあるやつだ」
と教えてくれた。
急募の割に50年もあるんかい…。
「で、だ。たまに直ぐにランクを上げたいヤツらがその無名クエストを持っていく。こちらで時折見てはいるが…数が膨大だからな…。そういう奴等こそ、ちょっと危なくて報奨金の高いものを持ってくるから…無名クエストの場合、ランクに見合ってなくても断れないんだよ。そして無謀な挑戦する者達その半分が、重軽傷を負う。そして2割が無事で、3割が無惨な姿になりこの世に帰って来れない。」
段々と沈んでいく声にステイルさんの方を見れば、思い当たる人間が何人か居るのか、僕と視線は合わず遠い目でクエスト板を見詰めていた。
何秒、そうしていただろうか。そして続けて、
「亡くなってしまった冒険者の遺体は、我々ギルドが弔わなければならない。特にそういうクエストに走る初級冒険者等は、金がない。だから初めに保証金を頂くのさ」
とステイルさんは、言った。
勿論、無事に中級以上になったら返すし、それが何より一番だ…。と気持ちを切り替えるように、ステイルさんはため息を1つ零し僕に顔を向けた。
「君の経験を考えれば、保証金が無くても心配はしないんだが、これはギルドの規則だからね。50ペイ、頂けるかな?」
そう言われてしまえば、僕はカバンからお金の入った袋を出すしかない。
だらりと冷や汗が首の後ろに流れる。
朝、ノアからお金の入った袋を貰った僕は、それを好きに使っていいと勝手に解釈したけど実はノアは保証金のこと知っていたんじゃ…。そういえば無駄遣いするなーとか言われたなー。
あのキッチリしたノアなんだし、きっと50ペイ丁度しか入ってない筈だ。
いくら使ったっけ?
露点で牛串と果実雨、東方から来たって言うオマンジュウ、っていう小豆の入った白い餅…その他諸々で10近くは使った気がするし、紙の本もなかなか高価で20ペイも使ってしまった…。
掌に感じるソレは、朝より半分以上軽い。
ここまで来てお金が足りません、なんて言い難い。ステイルさんがもう貰う気満々で手続きし始めている。
ノアに使ったって素直に言って貰う?やばい殺される予想しか出来ない。よ、よし、なら…良心が痛むけど、お金を落としたって誤魔化そう…!
「あの--」
「おい、クロウド。その金はなんだ。」
後ろから怒気を込めた声に、ぽとりと小袋を落とす。朝より小さいチャリ、という音はまるで、これから始まる地獄の門を鳴らす、チャイムの音のように聞こえた。