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記憶は戻りつつあった。
菊理媛で在った時は気付かなかった隠れた想い。
イザナミに躰を捧げた瞬間に泉守道者の存在を強く想った。
近くに居過ぎて、まるで空気の様な存在になっていた泉守道者。
家族や兄の様な存在。
そう思って疑わなかった。
でもその実は、異性として慕って居た。恋をして居た。
それに気付かないままに、恋は愛に変わって居た。
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そう言った事に疎かった私は、護り人としての使命に忠実だったからか、近くに居た時はその自分の気持ちには気付かずに居た。
最期の最期で気付いた心。
それは魂に刻み込まれた。
また逢いたいと、切に思った。
ゆうつきに生まれ変わり、閻魔の朗と出逢った時、愛しさが胸を一杯にした。
ただ、嬉しくて、切なくて、辛くて……。
出逢えて嬉しかった。
想われて切なかった。
抱かれて辛かった。
命を授かったと判り、混乱し、一人になる事を選んだ。
“ゆうつき”の記憶には無くても“菊理媛”の感覚が残っていた。
“産む”行為は自分の死に繋がる事。
恐れ、怒り、愛しいのに傍に居て欲しくはなくて……また結果が同じなら、また死ぬのなら、私は独りを選ぶ。
「言葉が足りなかったのよ」
考えに耽ってた所に、姉ちゃんの声がぽんっと降って来た。
「最初は兎も角、ゆうつきと閻魔の時。“想い”を言葉にしていないんだもの」
「姉ちゃん?」
思わず訊く。
「でも、だからなのね。朗の今の過剰な愛情表現」
朗にくっついたままだった僕は、姉ちゃんの言った言葉に反応し、途端に我に返る。
....
現在の僕が目を覚ましたって感じ。
気恥ずかしくなり、朗から体を離す。
「優月?」
朗が真っ直ぐに僕を見る。
その顔はどの時とも全然違う。
僕の記憶にある朗の顔。
泉守道者は長い髪を真横に束ね、面長でキツい顔をして居た。
閻魔は赤い髪が美しい、少し幼さを残した顔立ちで、
河童は黒髪で星屑の輝く美しい両眼を持った大人の男。
どの時の朗も、同じ魂。
僕も同じ……魂。
何度も記憶が行ったり来たり。
けど。
僕は、
水先 優月。
..
「優月。好きだ。
お前だけが、私の真実」
朗の深みある声が僕に囁く。
言葉にしないと解らないって、本当だね。
「僕も、好きだよ」
命を救われた。
その時から、出逢った瞬間から、僕にとっては特別な人。
僕の河童様。
「好きだよ。朗」
河童の朗。
最初から解ってた。
まだ微かに触れて居た指先から、絡む視線に互いの想いは行き交う。
確かに、感じるのは“愛”だけ。
全ては、愛から始まった事。
イザナミのイザナギを想う想いも……。
「ただ、幸せになって欲しかっただけなのよ」
優良がまた呟いた。
「でも、私は見付かってしまった……地獄の“イザナギ”に」
地獄のイザナギ?
閻魔帖で視たのを思い出す。
黄泉の王。
偽のイザナギ。
「だから私は壁を造り続けた。
そうせざる負えなかった。捕まる訳にはいかなかったから。
今の均等の取れた世界を、私の為に崩す訳にはいかなかった」
そう語り始めたのは、同じ愛と名の付く憎しみの“愛憎”の連鎖。
*優良side*
全ての記憶を包んだまま産まれ落ちた。
母を持つ。
それは初めての感覚。
小さい赤子の体から育つのも、母性と言う愛情を注がれるのも初めての事。
ゆうつきは素晴らしい母親で在ったが、寂しく苦しみを湛えた女性で在った。
“母”の傍に私が居たが、“女”の傍には愛しい男の姿がなかった。
私が出来たと判ってから、二人は別れた。
私達は、ゆうつきの村から少し離れた山の中腹に小屋を建て暮らして居た。
ゆうつきは村では異色の存在。
“人柱で在った娘が、冥土の閻魔にさらわれ身籠った。”
優良が産まれてから、“壁”の崩れたその隙間から、妖怪が現れ始め、人間を脅かした。
“不吉な閻魔の娘”
人々は噂し、恐れ、
人は寄らずの孤独な生活。
それでも、私に注がれる愛は変わる事無く、“愛情”がどんな物かも、“憂い”がどんな物かもゆうつきが身を持って教えてくれた。
妖怪やその他諸々の災いの全てが私達のせいだと村八分にされた。
村人は、妖怪から全く害を受けない私達を驚異にも感じていた。
............
妖怪が私達に手を出さない。
それは何故か?
..
閻魔の気配を感じる事がたまにあったのは、私達を妖人から護って居たから。
食事は自然のものを食し、飲み水は三途の川から。
水を汲みに行き村人に見付かる度に体に傷を付けて帰って来た。
それでも母は笑顔を絶やさず、底知れぬ優しさで包んでくれた。
村人に何をされても憎しみの言葉は吐かず、身を持って、人に対しての優しさと、自分に対しての厳しさをも教えてくれた。
元々イザナギの分身の様な者達に、憎しみの念を持つ事はなかったが、解ってもらえない歯痒さで涙が零れる事もあった。
不思議な事に赤子から幼児、子どもに成長するにつれ、あらゆる記憶を有する私が、それとは関係なく学んでいた。
この世界の素晴らしさと母性と優しさと心の強さ。




