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河童様  作者: なぁ恋
二界の壁
36/70

 

*鈴鳴side*



あまりにも時間が経ち過ぎて、いつの事だったかもう忘れてしまったのだけれど。


当時16歳の私は器量が良かった。

だから比較的裕福な家に嫁ぐ事が出来た。


でも、幸せにはなれなかった。


三年経ち、子宝に恵まれなかったから。

理不尽に離縁され、少ないお金と上等な着物一枚を持たされ実家に向かう。


でも解っていた。


実家でも出戻りは歓迎されない。ましてや子を成せられなかった女だ。

その時代はそれが一番重要だった。


茫然自失と山を漂う。

気付いた時には深い山の中、真夜中になっていた。


死んでも良いと思った。


持たされた着物を羽織る。

深遠の闇が広がる。



恐怖はなく。

ただ、広がるのは絶望。



私は幼い頃、人成らざる者を視る事が出来た。

それは成長と共に無くなってしまったけれど、霊力と言われる力だとは知っていた。

だから実家近くのこの山が怖くてならなかった。


たまに、視えたから。


言い伝えによれば、鬼の棲む山で、随分昔は花嫁として少女の生け贄を差し出していたとか。


鬼。

奴らに喰われるのも良いかもしれない。


もう未来は無い身だから。


ザワザワと生温い風が木々を揺らし、頬を撫でて行く。


「私を“花嫁”にして……」

空に叫ぶ。


すると、何もない闇の奥に灯火が見えた。

 

 

灯火は一つが二つ、三つと増えて行く。


暗闇に燃える焔の群れ。


それはいつの間にか一つの道を左右から挟んで照らしていた。


山の中に真っ直ぐに伸びる道。


私だけの為に用意された道だと理解した。

恐怖よりも嬉しさが先立って道を辿る。


頭からかぶった着物をしっかりと握り進む。

照らす光以外は暗闇だけが永遠に続く道。


あぁああ―――……。


人の声がした。

そう思いたかったのかもしれない。


高く低い声は次第に大きくなる。

声に酔って、めまいがし始めた。強い一陣の生温い風が着物をはためかせ止む。


恐怖が顔を覗かせる。

勇気を振り絞り、一歩足を踏み出した時、何かに入った感覚がした。


足先から全身に痺れを感じて息苦しくなる。

それでも足は止まらない。

足が自分とは別の意思を持って居るみたいに動く。

 

闇へ、闇の中へ。

 

 

 

 

足が止まる。

周りはただの闇。


「「久々の……贄だよぉ―――……」」


沢山の焔が私を取り囲む。

何人もの声が重なって響く。


「「だがぁ……白……」」


「「白無垢」」


「「何故(なにゆえ)に“白無垢”じゃないのだ?」」


羽織っただけの着物を指していると判った。


「“出戻り”だから」

言葉にすると虚しい。


「「贄じゃないのかぁ??」」

「「出戻ったのは何故だ?」」


何故? 考えれば考える程辛くなる。


「子を成せなかったから」

声が震える。

それは恐怖よりも怒りで。


「「主は……ここへ……」」

  .....

「「何を望んでここへ来た?」」


望み?

「“子”が欲しい」

そう口走っていた。


「「承知した」」

「「それは……我らが望み」」


生きとし生けるもの全ての、簡単で単純な望み。


一番子が欲しかったのは私。


生温い風が身体にまとわりつき。着物を宙高く飛ばす。



時間も判らず、風の温かさとは裏腹な冷たい肉の感触だけが、躰にのしかかる。何度も目には映らない者達が私を貪る。


幾つもの“焔”が躰を過ぎ行き、最後の焔が目の前で揺らいで留まる。



「「気に入った。そなたは永劫に我らの“鬼の花嫁”。

“印”として“不老”を与え様。

ただし、これから10年後(のち)に誕生する息子を我らに差し出せ」」


それは約束。

 

 



風が頬を掠め、目覚める。長く柔らかい草が敷き布団の様に身体を支え、着物が掛け布団の様に身体を包んで居た。


夢?


夢の様に儚く、現実感がない。

その場に座り込み、数時間ぼうっと座り込んで居た。

ぐるぐると思い考える事は、


子が欲しかった。


その想いだけは心深くに在る真実で、平らな腹を撫でる。


私は鬼の子を孕んだ。


鬼達は優しかった。

私の主人だった男よりも遥かに優しく、雄々しかった。


確かに腹に居る。

私の子。


そこで気付く。

鬼は10年後に息子が生まれると言っていた。


人間の子なら十月十日で生まれる。

鬼の子は10年かかると言うのだろうか?


それならば学ばなければならない、鬼の子を生むなら、一人で取り上げなければ。


人に知られては、息子の命に関わる事だと判っていた。


人間は時に残酷だ。

迫害する生き物だ。


私がこの子を護らなければ。


その母性で妊婦と出産について学んだ。


腹は平らなままであったが確かに育って居るのは判った。

夜、布団に転がると元気に動き回る息子の胎動を感じられたから。



十年と十ヶ月後の真夜中。

息子は誕生した。

私に痛みは無く、静かな出産だった。


蝋燭の灯火だけが影を作る暗い部屋での誕生。


産声は獣の唸り声の様に低いもので、産湯につけた息子を見ると、色黒の肌以外は、まるで人間の赤子と変わらなかった。

 


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