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*鈴鳴side*
あまりにも時間が経ち過ぎて、いつの事だったかもう忘れてしまったのだけれど。
当時16歳の私は器量が良かった。
だから比較的裕福な家に嫁ぐ事が出来た。
でも、幸せにはなれなかった。
三年経ち、子宝に恵まれなかったから。
理不尽に離縁され、少ないお金と上等な着物一枚を持たされ実家に向かう。
でも解っていた。
実家でも出戻りは歓迎されない。ましてや子を成せられなかった女だ。
その時代はそれが一番重要だった。
茫然自失と山を漂う。
気付いた時には深い山の中、真夜中になっていた。
死んでも良いと思った。
持たされた着物を羽織る。
深遠の闇が広がる。
恐怖はなく。
ただ、広がるのは絶望。
私は幼い頃、人成らざる者を視る事が出来た。
それは成長と共に無くなってしまったけれど、霊力と言われる力だとは知っていた。
だから実家近くのこの山が怖くてならなかった。
たまに、視えたから。
言い伝えによれば、鬼の棲む山で、随分昔は花嫁として少女の生け贄を差し出していたとか。
鬼。
奴らに喰われるのも良いかもしれない。
もう未来は無い身だから。
ザワザワと生温い風が木々を揺らし、頬を撫でて行く。
「私を“花嫁”にして……」
空に叫ぶ。
すると、何もない闇の奥に灯火が見えた。
灯火は一つが二つ、三つと増えて行く。
暗闇に燃える焔の群れ。
それはいつの間にか一つの道を左右から挟んで照らしていた。
山の中に真っ直ぐに伸びる道。
私だけの為に用意された道だと理解した。
恐怖よりも嬉しさが先立って道を辿る。
頭からかぶった着物をしっかりと握り進む。
照らす光以外は暗闇だけが永遠に続く道。
あぁああ―――……。
人の声がした。
そう思いたかったのかもしれない。
高く低い声は次第に大きくなる。
声に酔って、めまいがし始めた。強い一陣の生温い風が着物をはためかせ止む。
恐怖が顔を覗かせる。
勇気を振り絞り、一歩足を踏み出した時、何かに入った感覚がした。
足先から全身に痺れを感じて息苦しくなる。
それでも足は止まらない。
足が自分とは別の意思を持って居るみたいに動く。
闇へ、闇の中へ。
足が止まる。
周りはただの闇。
「「久々の……贄だよぉ―――……」」
沢山の焔が私を取り囲む。
何人もの声が重なって響く。
「「だがぁ……白……」」
「「白無垢」」
「「何故に“白無垢”じゃないのだ?」」
羽織っただけの着物を指していると判った。
「“出戻り”だから」
言葉にすると虚しい。
「「贄じゃないのかぁ??」」
「「出戻ったのは何故だ?」」
何故? 考えれば考える程辛くなる。
「子を成せなかったから」
声が震える。
それは恐怖よりも怒りで。
「「主は……ここへ……」」
.....
「「何を望んでここへ来た?」」
望み?
「“子”が欲しい」
そう口走っていた。
「「承知した」」
「「それは……我らが望み」」
生きとし生けるもの全ての、簡単で単純な望み。
一番子が欲しかったのは私。
生温い風が身体にまとわりつき。着物を宙高く飛ばす。
時間も判らず、風の温かさとは裏腹な冷たい肉の感触だけが、躰にのしかかる。何度も目には映らない者達が私を貪る。
幾つもの“焔”が躰を過ぎ行き、最後の焔が目の前で揺らいで留まる。
「「気に入った。そなたは永劫に我らの“鬼の花嫁”。
“印”として“不老”を与え様。
ただし、これから10年後に誕生する息子を我らに差し出せ」」
それは約束。
風が頬を掠め、目覚める。長く柔らかい草が敷き布団の様に身体を支え、着物が掛け布団の様に身体を包んで居た。
夢?
夢の様に儚く、現実感がない。
その場に座り込み、数時間ぼうっと座り込んで居た。
ぐるぐると思い考える事は、
子が欲しかった。
その想いだけは心深くに在る真実で、平らな腹を撫でる。
私は鬼の子を孕んだ。
鬼達は優しかった。
私の主人だった男よりも遥かに優しく、雄々しかった。
確かに腹に居る。
私の子。
そこで気付く。
鬼は10年後に息子が生まれると言っていた。
人間の子なら十月十日で生まれる。
鬼の子は10年かかると言うのだろうか?
それならば学ばなければならない、鬼の子を生むなら、一人で取り上げなければ。
人に知られては、息子の命に関わる事だと判っていた。
人間は時に残酷だ。
迫害する生き物だ。
私がこの子を護らなければ。
その母性で妊婦と出産について学んだ。
腹は平らなままであったが確かに育って居るのは判った。
夜、布団に転がると元気に動き回る息子の胎動を感じられたから。
十年と十ヶ月後の真夜中。
息子は誕生した。
私に痛みは無く、静かな出産だった。
蝋燭の灯火だけが影を作る暗い部屋での誕生。
産声は獣の唸り声の様に低いもので、産湯につけた息子を見ると、色黒の肌以外は、まるで人間の赤子と変わらなかった。




