7.弟アラン、ディライト家の没落危機を救う?
北の城門の幽霊の件から数日後のある夜のこと。
この数日間、お父様は、何度私が違うと言っても、「ルーラが魅了魔法を使えるようになった。魔法を使って王子の婚約者に選ばれる日も近いから、私ももうすぐ騎士に復帰だ」とウキウキとしている。
夕食時もそんな様子で私に話しかけてくるので、私は早々に夕食を切り上げ、自室で本を読んでいた。
私がそろそろ寝る時間だと思った時、アランが私の部屋の扉をたたいた。
部屋に入ってきたアランは、何か言いたそうにもじもじとしている。
「どうしたの、アラン? 何かあったの?」
「お姉様、何を話せば女の子を笑顔にできるかを教えてください」
アランは、顔を赤らめながらそう言った。
「わ、私にそんなことを‥‥‥」
黒髪と一重の黒い目の地味な私とは違い、お母様ゆずりの金髪と青い目を持っているアランは、まだ10歳でありながら、手紙やプレゼントが貴族の令嬢から届くこともあるエスプランドル王国でも有名な美少年だ。
そんなアランが、屋敷からほとんど出ることの無い私に、女の子との会話について尋ねるなんて‥‥‥。
「もしかして、好きな子ができたの?恋の相談なら、私より、お父様かお母様にしたほうが良いと思うわ」
「好きな子だなんて‥‥‥、まだ、はっきりとはわかりません。それに、お父様とお母様に同じ質問をしたのですが、『恋を成就させたいのなら、相手を笑顔にするような話をするより、何も話さないことが一番良い方法だ。何も話さず、じっと相手を見つめれば、相手から好きと言ってもらえて、相手に何でも言うことを聞いてもらえる』と言うのです。お母様は、上目遣いがより効果的と言っていましたが‥‥‥」
「‥‥‥」
私は呆れて言葉がでなかった。
確かに、2人はそのテクニックでディライト侯爵家を維持してきたのかもしれない。
でも、10歳のアランには、そんなテクニックはまだ早すぎる。
「わ、わかったわ。私がアドバイスしましょう。一体、どこで出会った女の子なの?」
学園入学前のアランは、家庭教師について、教養や基礎的な学問、剣術を学んでいる。
家族ぐるみで仲が良い貴族同士なら、その子供達も親のお茶会や食事会に同席をして交流を持つことがある。今は婚約しているミリア嬢とユース様も、元々は親同士の仲が良く、互いの屋敷が近いこともあって、幼い頃によく遊んだ幼馴染だと言っていた。
そういった場合を除いて、子供同士の交流が本格的に始まるのは、15歳で学園に入学してからとなる。
この国では、幼い頃に婚約者を決めてしまう場合もあるが、おおよそ学園に入学する少し前から卒業する頃、13歳から17歳までに婚約者を決めることが多い。
貴族の中では、学園で出会って結婚したという夫婦も多いから、身分さえ合えば、恋愛結婚に寛容なお国柄だといえるかもしれない。
まだ学園に通っていない10歳のアランには、女の子との出会いの場は無いはずだ。
それにアランについては、容姿で成り上がる「ディライト家の希望」として、良い家柄の令嬢と婚約させるべく親族総出で相手を探している状況だ。アランに近づく女の子がいれば、お母様も知っていて、何かもう手を打っているはず‥‥‥。
「はい。その女の子は、ここ最近、お母様が通っているドレス店で働いているのです‥‥‥」
お母様は、その店へアランを伴って度々訪れているそうだ。「将来、女性のドレスを上手に誉めるには、今からいろいろなドレスを見ておかないと」と、お母様は言っているらしい。
アランの話によると、その女の子はソフィアという名前で、アランと同じ10歳らしい。貴族相手のそのドレス店で、来店した客にお茶を出す仕事をしているそうだ。
その女の子は、将来はドレスを作りたいと話しているそうだから、お針子の仕事に就く前なのだろうか?
平民の貧しい家の子供は、10歳あたりから奉公に出て住み込みで働き始めることや親の仕事を手伝って働くということは、よくあることだ。
「お母様が、ドレスのデザインをしている女性と話をしている間に、ソフィアちゃんが僕にお茶を出してくれるので、いつも2人で話すのです。笑顔が素敵な明るい女の子で、話をするのがとても楽しいのです。ですが、今日、話の途中で笑ってくれなくなって‥‥‥。店を出る際も、見送りに出て来てくれなかったのです」
アランは、自分の話がつまらなかった為、ソフィアちゃんの機嫌をそこねてしまい、笑顔を見せてくれなかったのだと考えているようだった。
「それで、何をお話したのかしら?」
「ソフィアちゃんは、本が好きだというので、お姉様の話をしました。お姉様は、いつも本を読んでいて、たくさんの本の内容を暗記していると‥‥‥」
「うーん。確かに女の子の気をひくような話ではないけれど‥‥‥」
もしかして、地味な小姑がいることに気が付き、アランが嫌になったのか‥‥‥。私が考えていると、アランが口を開いた。
「そういえば、今日は花の話をしました。どの花が好きかという話になり、ソフィアちゃんは、薔薇の花が好きだと言っていました。それで、お父様が女性は薔薇の花を贈ると喜ぶと言っていたのを思い出して‥‥‥、僕は大人になったら、黄色い薔薇をソフィアちゃんへ贈ると言ったのです。ソフィアちゃんは、今日は黄色のワンピースを着ていて、とっても似合っていたので、ソフィアちゃんにぴったりの色だと思ったから‥‥‥」
お父様、余計なことをアランに教えましたね‥‥‥。私は、小さくため息をついた。
「アラン、これは、大人になってからの為に覚えておいたほうがいいかもしれないわ。花には、花言葉といって、意味があるのよ」
私はそう言うと、『花言葉辞典』の表紙を思い浮かべて、一息に言った。
『花言葉に注意するべき花がいくつかある。
まずは黄色い薔薇。薔薇と聞けば、愛にまつわる花言葉を思い浮かべるが、色によって花言葉が違うので注意が必要だ。
赤い薔薇は「愛」や「あなたを愛しています」だが、黄色い薔薇は、「愛情の薄れ」という花言葉がある。』
「愛情の薄れ‥‥‥」
アランは、青い目を瞬かせた。
「もし、ソフィアちゃんがアランに好意を持っていて、黄色い薔薇の花言葉を知っていたとしたら、自分に贈られるのは黄色い薔薇だと思って、悲しくなってしまったのかもしれないわ」
「薔薇の花言葉にあてはめるとしたら‥‥‥、僕は、ソフィアちゃんに赤い薔薇をあげたいです。お姉様、僕はどうすれば…‥‥。僕は、まだ薔薇の花束を持ってソフィアちゃんに渡すことはできません」
アランは、頬を赤らめながらそう言った。
「そうね‥‥‥」
アランの年だと薔薇の花束を買いに行くことも難しいだろうし、何よりお母様や親族に知られたら、平民のソフィアちゃんはアランに相応しくないと、2人の仲を引き裂こうと画策するかもしれない。
「じゃあ、今度、そのお店へ行った際にソフィアちゃんにこれをこっそり渡すのはどうかしら?」
私は、乾燥させた赤い薔薇の花びらを貼り付けたしおりをアランに渡した。
「これは?」
「アランも、つい最近読んだはずよ。『アーサー王と3人の仲間3巻』に出てきたしおりを真似して作ってみたの。アランには、まだ文章が難しいから、覚えていないかしら?」
そのしおりは、『アーサー王と3人の仲間』が好きなエドワード王子にプレゼントしたら喜ぶかと思い作ったものだった。
きょとんとした顔をしているアランの為に、私は、最近発売されたばかりの『アーサー王と3人の仲間3巻』の文章を暗唱した。
『アーサーは、リリアンにしおりを渡した。それは、乾燥させた赤い薔薇の花びらを貼り付けたものだった。
「すべて解決したら、今度は、本当の薔薇を持って、君を迎えに来る。本を読む度にこのしおりを見て、僕を思い出して欲しい」
アーサーは、リリアンの目を真っ直ぐに見つめて言った。』
「あぁ‥‥‥。確かに赤い薔薇の花びらのしおりが物語に出てきました。僕、アーサーと同じようにソフィアちゃんに渡してみます。やっぱり、お姉様はすごいです。相談してよかったです」
アランは、しおりを持って、美しい顔に満面の笑みを浮かべながら私の部屋から出て行った。
数日後、お母様に連れられてドレス店へ行ったアランは、私にこう言った。
「アーサーと同じように『大きくなったら、薔薇の花びらではなくて、本物の赤い薔薇をソフィアちゃんにあげる』と言ってこっそりとしおりを渡しました。ソフィアちゃんは、とても可愛く笑ってくれました」
私は、恋愛経験の無い自分のアイディアが、アランの初恋の為に役立ったことに一安心した。
アランからしおりを渡せたという報告を聞いた数日後の夕食時、お父様とお母様はこんな会話をしていた。
「君がよく行っているドレスのお店は、騎士団長のアレックス様の長女、ローレン様の嫁ぎ先で、ローレン様ご自身がドレスのデザインをされているようだよ」
「あら、そうなんですの?確かあそこは、フラン商店の経営では?アレックス様と言えば、公爵の爵位を持つお方。そんな方の長女が、商家に嫁いでいたのですか?」
「うん。どうやら、フラン商店の長男とローレン様は恋仲になって、アレックス様の反対を押し切って、家出をして結婚したらしい。怒ったアレックス様は、ローレン様を勘当して、フラン商店も公爵家を怒らせた長男を勘当したから、2人は地方へ逃げるように行って、そこで小さな服屋を営んでいたらしいよ」
お父様の話では、1年ほど前にその地方を騎士団の仕事で訪れたアレックス団長が、偶然、その服屋へと立ち寄り、ローレン様が地方で生んだ孫娘と会ったことで、アレックス団長とローレン様は和解したそうだ。
その後、フラン商店も長男を許した為、家族3人で王都へ戻ってきた。そして、フラン商店の援助で、ドレス店を開いたそうだ。そのドレス店は、店を開いて半年ほどで、ローレン様のドレスのデザインが評判となって、お母様も通っているように貴族社会でも人気の店になっている。
10歳となる孫娘も、母親であるローレン様のようにドレスを作るのが夢で、平民の学校に通いながら、店の手伝いをしているらしい。
「団長は孫が可愛いらしく、頻繁に会いに行っているそうだ。数日前にその孫娘が、団長に『将来、赤い薔薇の花をもらう約束をした男の子がいる』と嬉しそうに話したらしい」
お父様のその言葉に、私とアランは目を合わせた。
数日前にアランとした話に似ている気がする‥‥‥。ソフィアちゃんが、騎士団の団長の孫娘‥‥‥?
「まぁ、もう赤い薔薇をもらう約束だなんて‥‥‥。ロマンチックですけど、心配ですわね。そんなませたことをするなんて。店先にたまにいる女の子がお孫さんだと思います。確か10歳だと聞いたかと。そのお孫さんより、少し年上の男の子でしょうか?」
「団長は、どこの家の息子に唾をつけられたのだと心配しておられた。それで、その約束をした男の子を探しているそうだ。君はあの店の常連だから‥‥‥、もし、お孫さんより少し年上の男の子を連れて店に通っているご婦人がいれば、どこの家の方か、教えて欲しい」
「わかりましたわ。今のところ、心当たりは、ありませんけど‥‥‥」
ディライト家の没落回避の為に、団長の孫娘であるソフィアちゃんとアランが婚約するという手段は、使えるかもしれない‥‥‥。
でも、アランが抱いているのは、純粋な恋心だ。私はまだそれを知らないが‥‥‥。姉としては、アランの初恋をもっと育ててあげたい‥‥‥。
ここはひとつ、私が魅了魔法を使えるよう、もっと頑張ろう。
私はそう決意して、アランに余計なことを言わないよう、目配せをした。
お読みいただきありがとうございました。




