表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/22

5.地味令嬢、友情を深める

 午後の授業を受けている私、ルーラ・ディライトは、ミリア嬢の一件があった日から1週間ほど経った今日、ディライト家が没落する日が、ヒタヒタと音を立てて近づいていると感じている。


 お父様は、ミリア嬢の婚約者であるユース様が騎士試験を辞退してから、ご機嫌な毎日を送っている。

 相変わらず、騎士としての任務は許可されておらず、剣の鍛錬を行う日々のようだが、「一所懸命、鍛錬を積めば、間者を逃がしたことも許されるかも。」と珍しく容姿を良く見せる以外のことにやる気を出しており、騎士人生20年で初めて、剣ダコを作るほど鍛錬に打ち込んでいるようだ。


 しかし‥‥‥、肝心の魅了魔法の対象(ターゲット)のエドワード王子の様子がおかしいのだ。

 

 友人になったミリア嬢が、2日前から昼休みに私の隠れ家へやって来るようになった。

 思えば、それからだ。我が家の没落が近づき始めたのは‥‥‥。

 

 エドワード王子は、初めてミリア嬢が隠れ家に来た日、挨拶はしたものの、何故かむっとした顔をして、私達から少し離れた場所で、本を広げた。‥‥‥そして、時折、私達のほうをじっと睨むように見ていた。


 そして今日、ミリア嬢が、私にユース様との恋の話を熱く語っていたのだが、突然、エドワード王子がそこに口をはさんだのだ。


「ユース様は、甘いものが苦手なのですが、私の作ったクッキーだけは、食べてくれますの。でも、無理をされている気がして‥‥‥。ルーラ様はどう思います?」


「え‥‥‥、えぇっと‥‥‥」


 恋どころか、人に会うのも苦手な地味令嬢の私に、そんな話を振るとは‥‥。私の口からは、ミリア嬢のご期待に沿えるような言葉は出そうもなく、冷汗が流れ始めた時、鋭い声が聞こえた。


「ミリア嬢、男なら、好きな女性が作ったものなら、なんでも美味しいと感じると思うぞ。僕もそうだ‥‥‥。例えば、キャラメルとか‥‥‥」

 

 その声は、離れた場所で本を読んでいたエドワード王子のもので、何故か目線は、私に注がれていた。王子に見つめられ、私は恥ずかしさのあまり、下を向いた。


「‥‥‥それに、ルーラは、そんな話よりも、もっと高尚な話を好むぞ。なぁ、ルーラ、『アーサー王と3人の仲間』の2巻は、もう読んだか?」


 話を振られた私は、その言葉に違和感を持った。


 王子は、私のような地味令嬢にも微笑みかけてくれるようなお優しい方だったはず‥‥‥。それが、ミリア嬢を否定するような事を言い、ミリア嬢を無視して、話を進めようとしている。

 それに、先日まで、「ルーラ嬢」と呼ばれていた気がするけれど、今、「ルーラ」と呼ばれた気が‥‥‥。

 何かが、おかしい‥‥‥。


「えっ‥‥‥、読みましたけど‥‥‥」


 それにしても、果たして、『アーサー王と3人の仲間』は、高尚な本だっただろうか?

 私が言葉を続けることができずにいると、ミリア嬢が負けじと王子に言った。


「まぁ、エドワード王子、ルーラ様のご友人だとお伺いしましたが、ルーラ様のこと、なにもご存じないのね? ルーラ様も女性です。恋の話もお好きなはずですわ。ねぇ、ルーラ様」


「こ、恋の話をルーラがするのか‥‥‥。誰の話だ‥‥‥。いや、僕のほうが、ルーラのことはよく知っている。君より先にルーラと知り合ったのは僕だ。さあ、ルーラ、僕と『アーサー王と3人の仲間2巻』の話をしよう」


 思えば、このミリア嬢の次の一言が、我が家の没落が近づいた決定打だった気がする。


「あら、ルーラ様の1番の親友は私ですわよ。私が、ルーラ様のことを1番知っていますわ」


 そう言ったミリア嬢とエドワード王子の目線の間には激しい火花が‥‥‥見えた気がした。


 ミリア嬢が言ってくれた「親友」と言う言葉に私は、舞い上がった。まさか、今まで家族以外の人とほとんど話したことが無い自分が、そう呼ばれる日がくるとは思っていなかった。


 しかし、ミリア嬢に、「親友と呼んでくれて嬉しい」と声を掛けようとした瞬間に見たエドワード王子の表情は、我が家の没落を暗示するようなものだった。


 王子は、私が隠れ家で、王子に初めて会った時に見せたしかめ面をしていたのだ。そして、一瞬、私の目線と王子の目線が合ったが、王子は、私から目を逸らした。


 少し前は、キャラメルをあんなに喜んでくれたのに‥‥‥。

 

 王子は、取り巻きから逃れ、静かに過ごす為に隠れ家に来ているのに、ミリア嬢との会話に浮かれた私が、その時間を台無しにしてしまったのだろうか。

 エドワード王子のご機嫌を損ね、隠れ家での接点が無くなれば、魅了魔法を使うことも、お近づきになることもできず我が家の没落が近づく‥‥‥。

 

 私には、午後の授業は一切、耳に入ってこず、お父様とお母様の美しいながらも悲しそうな顔と没落の2文字が浮かんでいた。





 

 翌日、ミリア嬢と隠れ家で話していると、エドワード王子がやって来た。


 私は、王子が来る前に、ミリア嬢に「あまり王子に張り合わないほうが」とやんわり言ってみた。


 しかし、「学園の皆様はお忘れのようですが、この学園では、本来、『爵位に関わらず平等に』がモットーですわ。それにはっきりと意見をお伝えしたほうが、王子様も、社会勉強になられると思います。お父様も、国を治める者は、いろいろな意見を知らなくてはいけない、と日ごろから言っておられます」と言って、ミリア嬢は、にっこりと微笑んだのだった。


 その時にミリア嬢が教えてくれたのだが、なんと、ミリア嬢のお父様、サントス侯爵は、学生時代は常に学年1位の秀才で、王に認められ、文官長の任にある方らしい。国の政治にも、かなり発言力がある立場らしく‥‥‥。

 そんな人の娘と、簡単に友達になれと、我が父はよく言ったものだ‥‥‥と、私は、ミリア嬢にはわからないようにため息をついた。


 そして、王子に魅了を使うより、文官長のコネで、お父様の処分を取りやめにしてもらったほうが、早いのでは‥‥‥とも思ったが、悪いのはお父様だ。文官長が、そんな話を取り次いでくれるとは思えないと、慌てて、その考えを打ち消した。


 



 エドワード王子は、やって来るなり、私に紙の束を手渡そうと差し出した。

 王子は、拗ねたような顔で私を見て言った。


「『アーサー王と旅の仲間3巻』だ‥‥‥。まだ、発売前で、原稿用紙の写しらしいが‥‥‥。一緒に読まないか?」


 おぉ、また、権力を使って、手に入れたのか‥‥‥。王子、思っていたより恐ろしい人かもしれないと思うが、新刊が読めるのは、やはり嬉しい。にやけた顔で、それを受け取ろうとすると、ミリア嬢が、かばんから1冊の本を出し、私の前に差し出した。


「ルーラ様、今日は、『乙女のお菓子作り』を一緒に見ましょう。聡明なルーラ様に、今度、ユース様にプレゼントするお菓子のアドバイスをいただきたいわ」


 一体、どちらの手を取るのが正解なのか‥‥‥、魅了魔法又はお近づきになることを目指す、王子か、それとも親友と言ってくれた文官長を父に持つミリア嬢か‥‥‥。いや、没落回避には、やっぱり王子が一番強力か‥‥‥。


 エドワード王子の紙の束を持つ手とミリア嬢の本を持つ手が、次第に私のほうに迫ってくる。

 その時、揺れ動く私の心に、1冊の本の表紙が浮かんだ。


 その本の名は、『エスプランドル王国ことわざ辞典』だった。


『エスプランドル王国のことわざ、特に古いことわざ・その6。

「1人の魔法使いより3人の魔法使い」‥‥‥、普通の能力の者でも、3人集まれば、素晴らしい能力を発揮することができるという意味を持つ。

その昔、魔法が衰えつつあった時代のこと。ある時、エスプランドル王国は、異国より侵略を受けた。その頃、王国には、北、東、西に住む3人の魔法使いしか残っていなかった。

戦の為に、王に呼ばれた北の魔法使いは言った。

「東と西の魔法使いを呼んでください。1人より3人のほうが、知恵も魔法も、より良いものになるでしょう。」

「1人の魔力の弱い魔法使いも、3人集まれば強力な魔法使いとなる」、これが、このことわざの由来である。』


 しまった‥‥‥、ここは、エドワード王子かミリア嬢をきっぱり選んだほうが良かったのに‥‥‥と思いながら、2人のほうを見ると、2人は、キラキラとした目で私を見ていた。


 なぜ、2人がそんな顔をするのか分からず、私は、2人を見て唖然とした。


「‥‥‥やっぱり、君はすごいよ、ルーラ‥‥‥。僕が悪かった。昼休みに君を独占しようだなんて、思ってしまった‥‥‥。それに、ミリア嬢に君と親しいと思われたくて、君の許可も得ず、ルーラと呼んでしまった。自分が恥ずかしいよ」


「ルーラ様‥‥‥。さすがですわ。親友をとられたくないという私の嫉妬心を見事にお収めに‥‥‥」


 2人は、口々に呟き、晴れやかな笑顔を私に見せた。


「‥‥‥そうか。『アーサー王と3人の仲間』には、お菓子を作る場面が多く出てくる‥‥‥。つまり、ルーラは、ミリア嬢の持ってきた本も利用して、お菓子作りのヒントを見つけたいというわけだな。うん。これは、1人よりも3人でしたほうが、早く済むし、良いアイディアもでそうだ」


「これは、私の持ってきた本だけでは、見いだせない楽しみ方ですわ‥‥‥。まさに、3人いなくては出来ないこと。エドワード王子の持っていらした本は、読んだことがありませんが、お菓子作りなら、私も、お力になれそうですわ」


「よし、では、僕はお菓子が出てくる場面を探すから、2人は、お菓子の本で、作り方のヒントを探してくれ」


 ‥‥‥なんだか、エドワード王子とミリア嬢は、楽しそうだ。

 しかし、王子が私を「ルーラ」と呼んだのは、ミリア嬢への対抗意識?


 何故、こうなったのかよくわからず、疑問も残るが、これは‥‥‥、エドワード王子とも、ミリア嬢とも友情が深まったということで、良しとするとしよう。


 魅了魔法はまだ使えないものの、とりあえず、ディライト家没落は、今日のところは、避けられたようだった。


「あ、確か、3巻には、大きなホットケーキが出てくるとの噂があります。エドワード王子、ホットケーキが登場するか、探してください。」


 私はほっとした気持ちで、2人の会話のなかへ入っていった。

読んでいただき、ありがとうございました。


※(2020.7.3)エドワード王子がルーラを「ルーラ」と呼んでいる理由を付け加えました。2話では、「ルーラ嬢」と呼んでいるのに説明もなしに呼び方が変わっていた為です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ