4.地味令嬢、友達ができる
エドワード王子にキャラメルを渡し、迎えの馬車で家に着いた私は、ウキウキとした気持ちで、玄関ホールへ入った。
「お、お父様?」
玄関ホールの中央では、この世の終わりのような暗い顔をしたお父様が、座り込んでいた。
「ルーラ、いよいよまずいことになった。騎士候補の調整がついたらしい。ついに、没落だよ」
少し前まで、上機嫌だったはずのお父様が、沈んだ声で話し始めた。
「トワイト侯爵家の次男だ‥‥‥。丁度、今年で18歳、成人したばかりだ。彼が、騎士の試験を受けても良いと団長に返事をしたらしいんだ。‥‥‥そこで、ルーラにお願いがある」
お父様は、立ち上がって、私の手を握って言った。
緑の瞳が、心なしか潤んでいるように感じる。
「私は、なにを‥‥‥?」
「ルーラ、トワイト侯爵家の次男、ユース君の婚約者であるミリア・サントス侯爵令嬢と友人になって欲しいんだ。彼女は、ルーラの1つ上だから、同じ学園に通っているはずだよ」
「え?お友達‥‥‥ですか?」
「お父様が、その騎士候補に立候補したユース様に辞退を頼めばいいのでは?婚約者に頼むというのも妙ではないでしょうか?」
制服から着替え、夕食を食べながら、私はお父様に尋ねた。
お父様は、私に、騎士候補のユース様の婚約者であるミリア・サントス侯爵令嬢と友人となり、彼女にユース様が騎士候補を辞退するように頼んで欲しいと言ったのだ。
没落の危機が近づいたせいか、先ほどから、お母様もアランも口を開かず、黙々と食べている。昨日までとは違う、暗い食卓だ。
「まだ、ルーラは、ディライト家の力の使い方をわかってないね。ユース君が女性なら、私が直接頼むよ。‥‥‥そういうことが、わからないから、魅了魔法がなかなか使えないのでは?」
ため息をついたお父様の緑の目が悲し気に私を見た。
「な、なるほど‥‥‥」
魅了魔法のことを持ち出され、私は、額から汗が噴き出すのを感じた。
魅了魔法が、早く成功していれば、こんなことにはならなかったはずだ。
「わかりました。ミリア・サントス侯爵令嬢‥‥‥、同じクラスではないようですが、明日にでも、話しかけてみます」
魅了魔法とは別にまた1つ、私にお父様より命令が下されたのだった。
「あぁ、憂鬱だな‥‥‥」
教室から出るのもジロジロと見られて嫌だが、知らない令嬢に話しかけるのも、嫌だな‥‥‥と思いながら、私は昼休みに教室を出た。
友達なんていない私は、何を話して良いかは分からなかったけれど、没落回避の為、とりあえずミリア・サントス侯爵令嬢の教室に向かうことにした。
ミリア嬢は、私の1学年上で、その教室は、私の教室の1階上だった。
「あんたの婚約、何で決まったのよ?」
「そうよ、ロザリア様が、ユース様をお慕いしていたのを知っていたでしょ?」
「い、いえ…‥、私は、そんなことは‥‥‥彼とは、幼馴染なのです」
「あなたみたいな地味な女が‥‥‥」
階段を上る途中、なにやら揉めている声が聞こえた。
階段を少し上ると、踊り場で、3人の令嬢に茶色い髪の小柄な令嬢が囲まれているのが見えた。
マズイところに来てしまった。いじめか、令嬢によくある、三角関係とか‥‥‥?
地味な女‥‥‥。多分、私のほうが地味だと思うけれど、巻き込まれたらどうしよう。
そんなことを思いながら、下を向いて通り過ぎようとしたが、その時、バン、と音が聞こえた。
茶色の髪の令嬢は、頬を押さえて下を向いている。
足元には、学園の皮製の手提げかばんが落ちている。
かばんを顔に投げられた‥‥‥?
そう思った瞬間、ある本の表紙が私の頭に浮かび、私の口は勝手に動いていた。
『‥‥‥騎士団法15条、正式な決闘の条件について―エスプランドル歴600年改訂。
騎士の決闘は、正式な申し込み方法によって、王に認められたものとなる。
本来、手袋を投げることがその申し込み方法であったが、長い手袋をする騎士が多くなった昨今では手袋を投げることが困難なため、ここに改訂する。
騎士が、手に持っているものを投げる行為を、正式な決闘の申し込みとする。
かばん、衣服などでも構わない。
なお、騎士で無い者が決闘を申し込んだ場合、その行為をもって、騎士団長に問い、その理由が騎士の精神に乗っ取ったものであれば、正式な決闘だと認められる』
頭に浮かんだ本は、『エスプランドル王国騎士団法』だった。
しまった‥‥‥。またやってしまったと思った時には、令嬢達の視線は、私に向けられていた。
「なによ、あなた、私達が、決闘を申し込んだというの」
「私たちは、騎士ではないのよ」
心の中で自分の特技を恨むが、口から出てしまったものは、仕方が無い。ここで逃げれば、茶色い髪の令嬢も、またひどい目にあうかもしれない。
私は、ガタガタとして思うようにならない足をなんとか令嬢達のほうへ向け、震える声で言った。
「き、騎士でない者が、物を人に投げた場合も、決闘となることもあります。わ、私のお父様は、騎士ですから、騎士団長様にこれが、決闘になるか聞いてもらいましょうか? そうなった場合、あなたたちは、その真ん中にいるご令嬢を侮辱していたようですから、その侮辱を正当化するために決闘を申し込んだということになりますよね」
「なんですって!」
令嬢の1人が大声をあげる。
「貴族の令嬢が、自分たちが人の侮辱をしたことを正当化する為に決闘するだなんて、恥ずかしいですね。それを聞いた、男性は、どう思いますか? 婚約者なんて、見つからないかもしれないですね」
「‥‥‥ふ、ふん、変ないちゃもんをつけないで頂戴。私達、決闘だなんて恐ろしいものは、いたしませんわ」
「そ、そうよ‥‥‥」
令嬢たちは口々にそう言い、逃げるように走って行った。
怖かった‥‥‥。私は、その場にへなへなと座り込んだ。
「ありがとうございました。私、ミリア・サントスと申します。婚約の発表をしてから、毎日のようにああやって、嫌がらせをされておりました。本当にありがとうございます」
ミリア・サントス侯爵令嬢‥‥‥。こんなところで会ってしまった。
私は下を向いた。
特技もバレてしまったし、友人になってくださいなんて、言える状況にない。
お父様の悲しそうな顔と没落の2文字が私の頭の中に浮かんだ。
「あ、あの、ルーラ・ディライト様‥‥‥ですよね?実は、私、前から、いつも凛としておられて、すてきな方だな、と思っておりました。これを機会に、お友達になってください」
その言葉に、私は驚いてミリア嬢を見たが、声を出すことはできなかった。
「ルーラ、ミリア嬢とお友達になったんだね?」
「は、はぁ‥‥‥。一応‥‥‥。」
翌日の夜、帰宅したお父様に呼ばれ、居間へ行くと、お父様は、ご機嫌な様子でワインを飲んでいた。
「ユース君が、騎士の試験を断ってきたんだよ。なんでも、『ディライト侯爵のお嬢様は、大変勇敢だ。父上であるディライト侯爵も、きっと大変優秀な方だろうから、自分には、その後釜は務まりません。』と言っていたそうだよ」
どうやら、魅了魔法はまだ使えないものの、私は、今回のお父様の命令をなんとかこなし、我が家の没落までには、少しだけ時間の猶予ができたようだった。
読んでいただき、ありがとうございました。