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3.地味令嬢、王子の胃袋を掴む

「あぁ、今日も騒々しい‥‥‥」


 隠れ家でエドワード王子と話して1週間ほどたった朝、教室に入った私は、ため息をついた。


 休み時間の度に、王子と親しくなりたい令嬢やご子息達が、王子めがけてやって来る。

 特に、朝の始業前と昼休みは、授業の合間の休み時間より時間があるせいか、教室にいる人数が授業中の2倍か3倍くらいになっている気がする。

 その様子は、えさに群がるアリのようにも見え、私は休み時間の度に王子に同情している。


 簡単に知り合えてラッキーと思ったが、王子が隠れ家にやって来ることはあの日以来、無かった。


 王子が隠れ家に来てからしばらく、私は、次に王子が隠れ家に来た時の為にあれこれ没落回避の作戦を練っていた。

 もちろん、魔力発動の練習も、ちゃんと続けていた。‥‥‥相変わらず、魔力が発動した気配はなかったけれど。

 

 だが、ここ数日は、そんな没落のプレッシャーから解放されて過ごしている。


 あんなに落ち込んでいたお父様の機嫌が、すこぶる良いのだ。

 

 騎士の面接が始まったものの、「緑色の美丈夫」の後釜で騎士募集が始まったとの話が広がり、数人いた面接済み、面接予定のどちらの者達からも、今回は辞退したいとの申し出があったらしい。

 

 どうやら、城門や城外の警備を見に来るご婦人の数が、騎士募集に応募した若者達にはプレッシャーらしいのだ。「私の全盛期には、外で警備していたら、100人ほどのご婦人たちに囲まれて、自分が警備対象になって、城へ戻ったこともあるからね」とお父様は、自慢げに言っていた。

 

 その話を聞いた時、ここでも容姿に助けられるとは、さすが、「容姿で成り上がった家」だと私は感心した。

 なお、次は、騎士団長自らが貴族のご子息達に直接、騎士にならないかと打診をするそうだが、「少し、時間の猶予ができた」と、お父様は喜んでいた。


 さて、今朝のエドワード王子はというと、隠れ家で私に見せた表情とは違い、満面の笑顔をしている。


 王子は、大人気の小説『アーサーと3人の仲間2巻』を発売日前にプレゼントされて、ご機嫌の様子だ。


 先ほど、いつも王子の傍に下心丸見えの笑顔でやって来る公爵家のご子息が、5日後に発売になる小説『アーサーと3人の仲間2巻』を王子に手渡しているのが見えた。

 どう入手したかはわからないが、おそらく権力と金を使って発売日前に入手したその本を、彼は、王子にプレゼントしたのだ。


 一瞬、迷った顔を見せた王子だったが、すぐにいつもよりもいっそう輝く笑顔で、その本を受け取った。

 

 『アーサーと3人の仲間』は、不吉な予言を受けたことから、生まれてすぐに捨てられ、鍛冶屋の息子として生きていたある国の王子が、自分の出生を知り、祖国を救うために旅に出るというストーリーの少年向け小説だ。


 私はすでに予約済みだが、2巻は予約分だけですでに初版分は完売しているという、貴族だけでなく平民の少年達にも、大人気の小説なのだ。

 私も、前巻がこれから旅に出発というところで終わっており、タイトルに3人の仲間とあるのにまだ仲間が2人しか登場していないことから、続きがかなり気になっており、2巻の発売日を楽しみにしている。

 

 かなり気になる終わり方だったから、ご機嫌とりの賄賂的なものだと分かっていても、先に読めるなら、受け取ってしまうわよね‥‥‥。

 しかし、先に読めるだなんて、貴族…いや、王族の特権ってやつだなと思いながら、嬉しそうに本を開くエドワード王子を羨まし気に眺めていると、私をにらむ視線に気が付いた。


 その視線は、エリザ・デューサ公爵令嬢のものだった。

 彼女は、王子の婚約者候補の1人で、もうすぐ婚約者として内定すると噂がある。艶やかな濃い茶色の髪を持つ華奢で美しい令嬢だ。


 こんな地味女なんて、彼女と同じ土俵に上がることなんてないのにと思ったが、私は慌てて王子から目を逸らして、いつも通り、下を向いた。






 


「邪魔するぞ」


 昼休み、そう声がしたかと思うと、生垣の隙間から、エドワード王子の顔が覗いた。


「エドワード王子!」


 いつも通り、寝転びながら本を読んでいた私は、慌てて起き上がり、髪と制服のスカートを整えた。


 王子は、手に『アーサーと3人の仲間2巻』を持って、そわそわしている。

 きっと、ゆっくり本を読むために、また逃げ出してきたな‥‥本を読みたくて仕方が無いって感じだな、と私は思った。


「‥‥‥今度は、走って逃げてないよ。本をゆっくり読みたいと言って図書館に行ってから、図書館の中で、彼らをまいてきた」


 私の心を見透かしたのか、エドワード王子は少し焦った様子で言った。


「‥‥‥あまり、先日と変わらない気がしますが‥‥‥」


 思わず、私がそう言うと、王子は私を見つめて、照れくさそうに微笑んだ。

 

 言葉を続けようとしたが、その微笑みから目が離せない自分に気が付き、私は、慌てて王子と初めて話した日と同じ不自然な無表情の顔をつくった。






 王子は、『アーサーと3人の仲間2巻』を開き、しばらく夢中で読んでいたが、突然、私に話しかけた。


「ルーラ嬢は、キャラメルを食べたことはあるか?」


 私は、その言葉にピンときた。そして、無意識に『アーサーと3人の仲間1巻』の表紙を心に浮かべる。


『エドガーは、アーサーとジャックに言った。

「旅には、キャラメルを持っていこう。あれは良い携帯食になるよ。」

エドガーの父は、コックだったから、食べ物に詳しい。道に生えている食べられる草を見分けることができるから、彼と旅をすれば、飢えることはないだろう。

彼は、頼りになる旅の仲間だと、アーサーは思った。

エドガーの言葉で、3人は、キャラメル作りを始めた。

用意するものは、牛乳、砂糖、水あめ、そしてバターだ。

キャラメル作りは、単純だが、時間がかかる。そして、キャラメルを煮詰めるのには、忍耐がいる。

今回の旅では、何時間も歩き続けること、根気よく待ち続けることが必要だ。

血気盛んで我慢ができない性分のジャックには、これは調度良い修行になるかもしれない、アーサーはそう思いながら、キャラメルを煮詰めるジャックを見た』


 ‥‥‥しまった、と思った時には遅かった。

気が付いた時には、「アーサーと3人の仲間1巻」のキャラメル作りの文章を暗唱してしまっていた。


「君は、本を暗記しているのか?」


 王子は、手に持っていた本をパタンと閉じて、私に不審そうな目を向ける。


「はい。私も「アーサーと3人の仲間」のファンで。ええっと‥‥‥、読んだ本を暗唱するのは、私の特技なんです。頭の中に本の表紙を思い浮かべると、頭の中に思い浮かべた本の文章が出てきます‥‥‥」


 私の言葉に、王子は、大きく目を見開いた。


「それは、すごい能力だ! なるほど、君の成績が、天才と言われる宰相の次男を押さえて、学年で1番の理由がわかったよ」


 ‥‥‥私の成績?王子が知っているの?


 その疑問を深く考える暇も無く、その後、私は昼休み中、王子の質問攻めにあい、あの本は、この本はと、暗唱をさせられたのだった。


 暗唱を続け、流石に疲れたなと私が思った頃、王子が思い出したように言った。


「ん‥‥‥? 何か、話の途中ではなかったか? ‥‥‥あぁ、そうだ。キャラメルの話だった。私は、キャラメルを食べたことがないんだ。王子たる者、常に人の見本にと言われて、食べさせてもらえないんだ」


 そう言うと、王子は、悲しそうな顔をした。


 『アーサーと3人の仲間』のおかげで、キャラメルは子供達の間で大人気となり、街にはキャラメル屋が何軒もできた。

 ただ、貴族の間では、キャラメルをくちゃくちゃと噛むことが、行儀が悪いとされ、貴族の子供たちにとっては、なかなか食べさせてもらえないお菓子の1つだった。

 

 その後、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、キャラメルの話は途中で終わったが、午後の授業の間中、私は考えていた。


 お父様の機嫌が良いと言っても、没落危機にあることは変わりがない。

 キャラメルは、王子とお近づきになるのに使えるかもしれない。


 私も本を読んで、キャラメルをねだったが、行儀が悪いとお母様に言われてしまった。

 そこで、料理長にお願いして、手伝ってもらいながら、本のレシピ通りにキャラメルを作ったことがあったのだ。






 その夜、私は、再び料理長に手伝いをお願いして、キャラメルを作ることにした。


 エドワード王子の為にと言うと、大騒ぎになりそうだったので、それとなく、アランにキャラメル食べたくない?と聞き、アランにせがまれた体で、お母様と料理長にお願いをした。






「ありがとう‥‥‥。大事に食べるよ」


 私がキャラメルを作ってから2日後、やっと隠れ家にやって来た王子にキャラメルを渡すことができた。 

 作ったのはいいが、私は渡す手段を考えていなかったので、キャラメルを入れた袋をかばんにひそませて、私は、王子が隠れ家に来るのをひたすら待っていた。


 教室で話しかけたりしたら、令嬢達に何をされるかわからないし、‥‥‥ん?王子も教室では、私のほうを見ることもないわよね?


 私がそう考えている間に、王子は、私のかばんの中で少し潰れたキャラメルを口に入れた。


「こんな美味しいものを手作りできるなんて‥‥‥。君は、エドガーみたいだ。僕が旅に出るなら、確実に君を旅に連れて行くよ。頭が良くて、料理もできて、‥‥‥それに、いつも凛としていて素敵だ」


 王子はよっぽどキャラメルが美味しかったのか、とろけるような目をしてそう言った。

 何故か、頬が赤らんでいる気がする。


 王子の言葉の最後は、小声だったので、私には聞こえなかったけれど、誉められたのは間違いない。


 ‥‥‥もしかして、魅了魔法で心を掴むのではなく、王子の胃袋を掴んだ?

 アーサーの親友、エドガーに私を例えたってことは、もしかして、お友達になれたってこと?


 そんなことを考えなら、良い気分で帰宅した私を暗い顔のお父様が、待ち受けていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 流行りの小説見てデルトラクエスト思い出しました 楽しく読ませていただいています
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