2.地味令嬢、王子と知り合う
私が、王立高等学園に入学して、1ヶ月が経った。
気が付けば、もう5月だ。
「あー、しまった。あの時、作戦にのせられなければ‥‥‥。お母様が悲しそうにするから、思わず、返事をしてしまったのよ。さすが、容姿で成り上がったディライト家、名演技だったわ‥‥‥」
今は学園の昼休み中で、私は1人、ぶつぶつと後悔を口にしている。
あれから、毎日のように「魅了魔法は使えるようになったか」「王子とは話せたか」というプレッシャーをお父様とお母様から受けている。
お父様があの夜、私に話した内容は、なかなか切羽詰まったものだった。
「さすがに、没落は困るわよねぇ‥‥‥」
私はつぶやき、お父様の話を思い出しながら、頭を抱えた。
お父様の話によると、なんと、我が家は没落寸前なのだ。
それで、没落回避の方法を考え、我が家に伝わる魅了魔法を使って私がエドワード王子の婚約者になるという計画を立てたそうだ。
「私、あの方の騎士の正装姿がみたいわ」という王の妹君の一言で、お父様は20歳の時に騎士に取り立てられた。しかし、騎士となって約20年、功績をまったく挙げていない状態だった。
そして、今まで、なんとかごまかしてきたが、私の入学祝いの夕食の前日、剣の腕が無いことに加えて、運動神経がゼロということが、遂に騎士団長に露見してしまった。
その日、城内に間者が入り込んでいることがわかった。
お父様は、間者を見つけたのにも関わらず、戦闘になった際に剣を構えることができなかった。
さらに、同僚の攻撃で間者が手負いとなっているのに関わらず、走って逃げだした間者に追いつくことができなかった。異常に遅いその足が原因だった。
「おそらく、新しい騎士が見つかり次第、厄介払いになると思う。間者を逃がしたのがまずかったよ。折をみて、処分が発表されると聞いた。私には、実績もないし、爵位が下がると思うんだ」とあの日、お父様は言っていた。
なお、この件は、王様にも報告され、この1か月間、お父様は訓練場で、ひたすら剣の鍛錬をさせられており、城内だけでなく、城門や王城周辺の警備に立つことも許可されていないそうだ。
昨日は、ワインを飲みながら、「遂に騎士の面接が始まった」と悲しそうにつぶやいていた。
お母様は、この1か月、自分のコネクションを使って、お父様が騎士のままでいられるように有力な貴族数人にお願いをしてきたものの、ことごとく断られ、最後の1人から昨日、断りの手紙を受け取ったそうだ。
お母様は、「昔は、私のお願いならなんでも聞いてくれたのに。年をとってきたせいかしらね」と悲しそうにしていた。
「ったく。どれだけ調べても、魔法なんて使えないし‥‥‥。そもそも、魅了は、対象人物の目をじっと見ないとかけられないのだから、絶対無理だわ」
私は、この1ヶ月、初級魔法の本で、魔力の発動の練習をしてきた。
座って、手に魔力を集中させるというもので、魔力が発動すると掌が温かくなると本には書いてあったが、私の掌が温かくなったことは、まだ1度もない。
学園に入学してみると、王子とは同じクラスだった。
ただ、取り巻きが多く、教室に入ってきても、王子までたどり着くのに一苦労の状態なのだ。
昼休みとなれば、王子と話そうと黒山の人だかりができる。私は早々に王子争奪戦からは、リタイアしてしまった。
「最近、王の末の弟君に赤ちゃんが生まれたと言うし、魅了魔法なんて使えなくても、アランに年の差婚してもらえば、なんとかなるんじゃないんかなぁ?」
王族の娘には、アランと年が近い娘がおらず、駒としては使えないとお父様は言っていたが、アランの容姿なら、年の差婚で大丈夫な気がする。
最悪、没落しても、アランにディライト家の復興をお願いすればいいのでは、と考えながら、私は草の上にごろんと寝ころんだ。
ここは、学園の建物の裏にある生垣の隙間で、誰も知らない私の隠れ家だ。
背の高い生垣のおかげで、中に入ってしまえば、外からは見えない。
裏庭を囲む生垣と裏庭の横にある教員用の宿舎の為の生垣が2重になっている場所で、2つの生垣の間に、私が横になれるくらいのスペースがある。
この場所は、キンキン声の令嬢達から離れて、ゆっくり昼休みを過ごす為に私が見つけた場所だった。
そもそも、初日から、「あれが、ディライト家の顔?」「あんなに痩せていては、ドレスがずり落ちるんじゃない」とか散々な声が聞こえてきて、私は、教室にいることにうんざりとしてしまった。
容姿のことを言われるのが嫌で、家から出ずに暮らしていた私に知り合いがいるはずも無く、令嬢たちの言葉を聞いて、令嬢らしく学園の制服を着たところで、自分の容姿は何も変わっていないのだと再認識した私は、昼休みになると、逃げるようにここに来るようになっていた。
ガサガサッ
草の上で目を閉じていると、突然、眠りを妨げる音がした。
誰かが、垣根の隙間をかき分けて入ってきた‥‥‥?
そう思い慌てて目を開けると、そこには息を切らしたエドワード王子が座り込んでいた。
「う、うぁっ!」
私は、思わず、令嬢らしくない大声を上げてしまった。
「すまない‥‥‥。人がいたのか。悪いが、少し隠れさせてくれ」
王子は、走って来たのか、息を切らしている。
エドワード王子は、金髪に薄い青色の目を持つ整った顔の少年だ。
世間的には美少年で、普通の令嬢なら、ここで王子に見惚れてしまうのだろうが、我が家で美形を見慣れている私は、全く動じず言葉を発する。
「はぁ‥‥‥。どうされたのですか?」
「昼食後、ある令嬢が、髪形の感想を言ってくれというので、お世辞で誉めたら、他の令嬢達も自分の髪形を見てくれと言って、周りを取り囲まれて‥‥‥。いや、恐ろしかった。思わず、ちょっと外へ行くと言って教室を出たんだ」
王子は、苦いものを食べたように顔をしかめながら、言葉を続ける。
「‥‥‥そうしたら、私もご一緒しますとか言って、令嬢やらどこかの子息達が付いて来ようとするものだから、ちょっと走りたい気分だと言って、走って逃げてきた」
きれいな顔の王子がするとは思っていない顔と話をしたので、私は思わず、噴き出してしまった。
教室では、澄ました顔で座っているけど、割と年相応なのね‥‥‥。その顔を見て、私は、王子に対してそれまで持っていなかった親近感を感じた。
「ふふふっ‥‥‥。走って逃げるなんて‥‥‥。王子なんですから、『勉強に集中したいから、お前たち、教室から出ていけ』とか命令すればいいんですよ」
「あ‥‥‥。そうか‥‥‥」
王子は、照れくさそうな顔をする。
「はい。ハンカチどうぞ。それによければ、お水も」
私は、汗だくの王子に渡そうと、枕にしていたかばんから使っていないハンカチを出し、皮の水筒と一緒に王子に渡した。
「あ、水筒、私の飲みかけですけど、いいですか?」
「構わないよ。久しぶりに走って、のどが渇いていたんだ。ありがとう」
そう言って微笑んだエドワード王子は、とても輝いて見えて、私は、その笑顔で自分の心が一杯になってしまったように感じた。
「ここは私の隠れ家ですが、たまに使ってもいいですよ」
突然の感情をごまかすように、王子から目を逸らして私は言った。
きっと、私は今、不自然な無表情をしていると思う。
「君は、面白い令嬢だな。僕に会ってもまったく動じないし、媚びるような作り笑いもしない」
そう言って、王子はまた微笑んだ。
私は、その王子の微笑みから、しばらく目が離せなかった。
王子が去った後、冷静になった私は、王子と知り合いになったことに気付き、小さくガッツポーズをした。
読んでいただき、ありがとうございました。
(2020.07.05)「お父様の話によると、なんと、我が家は没落寸前なのだ。」の後の文章を少しだけ変えました。魅了魔法を王子の婚約者になる為に使うということをわかりやすくするためです。