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16/22

16.地味令嬢、怒る

 昨日、エドワード王子は薬屋の店長アレックス様と何を話していたのだろう。

 顔を合わせたものの、王子はアレックス様と話があると言って薬屋に残り、私は帰宅した。

 

 昨日聞いた「飲む魔法」については、「ラクザの守護神」が魅了魔法の使い手を攫おうとした計画に関係があるのではという推測と共にお父様に伝え、今日、報告をしてもらう予定だ。

 

 お父様は、「「ラクザの守護神」の計画の解明に近づいたぞ。アレックス様と偶然に話をしたことがきっかけとはいえ、お手柄のはずだ。これで没落が回避できるかもしれない」と言い、今朝はウキウキとした様子で城へと出発した。今日は、胃痛はしないようだった。


「ルーラ様が何か考え事をしているわ。知的なお姿、素敵ね」

「きっと、また何かの問題を解決するために、お考えなのよ」


 登校して席に着いてそんなことを考えている私の周りで、令嬢達が何かヒソヒソとささやき合っている。だが、考え事で頭が一杯の私には、その声は全く届かなかった。


「あっ! な、何をするのです。エリザ様! い、今、わざと‥‥‥!」


「あら、人聞きの悪い。貴方があちらばかり見ていて、私の足に気が付かなかっただけでしょう。そうよね。皆さん」


 アンナ嬢とエリザ嬢だ。


 エリザ嬢に足をひっかけられて、クッキーが入っていた箱を落とした‥‥‥?

 つまずいた拍子にアンナ嬢が手から落としてしまったと思われる箱に入ったクッキーは、ふたがはずれて飛び出してしまっている。


 そういえば、先日、アンナ嬢は「『愛が止めた戦争』にサインをいただいたお礼にクッキーを作ってきます」と言っていた。それが、あのクッキーだろうか?

 

「せっかく、ルーラ様の為に作ったのに‥‥‥」


 アンナ嬢は、泣きそうな顔をしている。


「ルーラ様は、貴女のお友達だったかしら? 教室では陰気な様子で下ばかり向いてほとんどお話もされないし、「容姿で成り上がったディライト家」の皆さんは社交的でいらっしゃるけど、ルーラ様とはお茶会でお会いしたことがないわ。‥‥‥貴女とお話するような方だったかしらね?」


 そう言うエリザ嬢の視線は、私に向けられている。


 ‥‥‥確かにその通りだ。私は地味で下ばかり向いている。お茶会にも行ったことが無い。

 私はその言葉にうつむいた。


「ほら、ルーラ様は何もおっしゃらないじゃない。皆さん、あんな方が東方の女神に似ていると言われているなんて、おかしいと思いませんこと?」


 エリザ嬢の口調は、勝ち誇ったようだった。


「アンナ様、汚らしいから早くそれを拾って下さらない? クッキーなんて、また買うか作らせれば良いでしょう」

 

 その言葉で、私は顔を上げた。


 私のことは、何を言われても構わない。実際に私は地味だ。そして、容姿の事を言われるのが嫌で下ばかり向いている。


 でも‥‥‥。

 私は、エリザ嬢の今の言葉に今まで感じたことがない感情が沸きあがってくるのを感じていた。

 これは多分、怒りだ。

 

 アンナ嬢は、本を読むことが好きなようで私が持っている本に興味を示してくれた。

 そこで昨日、持っていた数冊の本を貸したのだ。


「ありがとうございます。本は高価なので、なかなか買ってもらえなくて‥‥‥。貴族が貸本屋へ行くのは恥ずかしいとお母様に言われてしまって、新しい本を読めるだけで嬉しいです。『愛が止めた戦争』も、親戚がそんな私の為に送ってくれたものなんです」


 アンナ嬢は、私に何度もお礼を言った。


 アンナ嬢は、トーラス男爵家の方だ。トーラス男爵家の領地は北の土地。その地方は雪深くて大変な場所だと本で読んだことがある。


 我が家には、幸いなことに「容姿で成り上がった」先祖が残してくれたものがたくさんある。爵位、豊かな領地そして財産もだ。


 でも、そうではない貴族も多い。

 そして貴族ならともかく、もし私が平民だったならどうだったのだろう‥‥‥。本なんて、読めたのだろうか?

  

「エリザ様は、クッキーを作る手間を知っていますか?」


 私はエリザ嬢を真っ直ぐに見ると、口を開いた。


「クッキーなんて、我が家の料理人に命じればすぐに作ってくれるわ。‥‥‥何が言いたいのかしら?」


 エリザ嬢が立ち上がり、私を睨みつける。

 私はその視線にはひるまず、ある本の表紙を頭に浮かべた。


『「食べ物を粗末にすると目が潰れる。」

これは、東方に伝わる迷信だ。食べ物は、東方の主食である米に置き換えられることもある。

パンだって初めからパンであるわけではない。小麦から作るのだ。

食べ物を作るのには大変な手間がかかる。だからこそ、大切に扱わなくてはいけない。

大切な食べ物を粗末にすることは、目が潰れるほどの罰が与えられることだと考えた東方の人々の心が、この迷信を生んだ』


 『迷信辞典』の表紙を頭に浮かべ、私は一息に暗唱した。


「エリザ様、これは、東方の迷信です。この迷信に込められた意味がお分かりになりますか?クッキー1枚と言っても、大変な苦労が込められているのです。それを知っていれば、今のようなことはできないはず。デューサ公爵家の領地では、小麦は作っていませんか? 小麦に砂糖、卵、バター、牛乳がどんな苦労で作られているか知っていますか? それらを買うのにはお金がかかること、クッキーを作るのにも時間がかかることは知っていますか?」


「ふん、貧乏男爵家には小麦もバターも貴重ということでしょう?」

 

「お分かりになりませんか‥‥‥。では違うお話を‥‥‥。私、貴族の心も民衆の心も分からず、謀反や革命という名の元に王が斬首刑に科せられた話、国から追い出された話をたくさん知っております。エリザ様がしたことは、その王達と同じです。その話を今からお教えしましょうか?」


 話しながら私の心には、貴族が普通に買う魔法薬を買うお金が無いと言っていたあの男性の姿が浮かんでいた。

 そして、本が買ってもらえないと言っていたアンナ嬢。バターも砂糖も安い物ではない。それなのに私にクッキーを作ってきてくれたのだ。

 

 屋敷に籠っていた私は、今まで本の中での知識としてしか知らないことばかりだった。

 だが、ここ最近、嫌々ではあったが、街へ出たり、人と話すようになり、少しずつ知識が形となって見えてきたような気がしていた。

  

 先祖が築いてきたディライト家の財産や爵位、それを手放す日が近いとなって、気が付いたこともある。

 さっき思った本のこともそうだ。私が平民なら、こんなに本の知識を得ることはできなかったはずなのだ。


 私は薬屋であの男性に会った日から、自分が与えてもらった知識、そして私の唯一の特技である本を暗記すること、それらを何かに役立てることはできないかと思うようになっていた。


 薬屋では、役に立ったのか商売の邪魔をしたのかわからなかったが、昨日聞いた偽物の魔法薬が効いたという男性の言葉に私はほっとしていた。

 

 エリザ嬢には、少しでも今の話は伝わっただろうか‥‥‥?

 そう思い、私はエリザ嬢をじっと見つめた。


「貴女ね‥‥‥」


 エリザ嬢が口を開きかけた時、エドワード王子が教室へと入ってきた。

 エリザ嬢はその姿を見て口をつぐみ、笑顔で王子を迎えた。


 アンナ嬢がクッキーを拾い、私の元へと駆け寄ってきて、礼を言った。

 「お礼なんて言われることはしていません」と言いながら、私は2人の姿を見ていた。


 王子が王となった時、横に立つのはエリザ嬢なの‥‥‥?

 ‥‥‥その光景は、見たくない。

 

 そう思い、私は2人から顔を背けた。






「ルーラ様、聞きましたわ。今日、エリザ様に勝ったのですって? 学園中、噂で持ちきりですわ」


「いえ、あれは勝ったとかそういうものでは‥‥‥」


「学園の令嬢達はやっと、ルーラ様の魅力に気が付いたようですね。私、嬉しいですわ」


「は、はぁ‥‥‥」


 昼休み、私は隠れ家でミリア嬢と話をしている。

 

 突然、ミリア嬢が真顔で言った。


「ルーラ様、ちゃんとお伝えしようと思っていたのですが‥‥‥。私、ルーラ様の親友になれたことを誇りに思います。一生、ルーラ様を支えていきます」


「え‥‥‥? どうされたのですか?」


「昨日遅く、帰宅したお父様より聞きました。ルーラ様は、きっと素晴らしい王妃になりますわ」


「一体、何の事でしょう?」


「えっ、まだ王子から聞いておられないのですか? てっきり、昨日お話されたのかと。あぁ、もう我慢できませんわ。‥‥‥ルーラ様は、エドワード王子の婚約者候補に選ばれたのです。‥‥‥私は、夏休み中からそのことを知っていました」


「はぁっ?」


 私は目を白黒させたまま、しばらく言葉を発することができなかった。


 王子の婚約者候補は、王と王妃、国の重鎮達そして王子自身の推薦で決められる。

 そして、王室の慣例として、10月の王妃主催のお茶会での候補者達の立ち振る舞いや礼儀作法を見て、最終的に決定される。今までの王子達もそうやって婚約者を決めてきた。


「ええっと、それは‥‥‥、私がどなたかの推薦を受けたということでしょうか?」


「全く、エドワード王子もさっさとお話すれば良いものを‥‥‥。あぁ、やっぱり我慢できません。私、王子より先に言ってしまいますわ。‥‥‥ルーラ様は、王妃以外の全員の推薦を受けたのです」


「えっ、でも我が家は没落が近いかと‥‥‥」


「何をおっしゃっているのです? とにかく、私の話をお聞きください。すごいことが起こったのですから」


 ミリア嬢の話によると‥‥‥。


 王妃とエリザ嬢のお母様は元々学園の同級生で親友だそうだ。同じ年の子供が生まれた時から、将来は婚約させようと約束していたらしい。エリザ嬢はその約束のため、ずっと婚約者候補として名があがってきたそうだ。


 文官長であるミリア嬢のお父様、そして宰相であるエヴァン様のお父様は私を真っ先に推薦した。

 そして2人は、王子の婚約者候補を推薦する権利がある各部門の長官達に私を推薦するよう説得してまわったそうだ。


「私の父も、及ばずながらお力にならせていただきましたわ。でも、最も大きな後押しになったのは、前王のお言葉ですわ」


「前王の?」


「えぇ。前王は、騎士団職場見学でのお話を聞き、心を決められたそうです。そして、わざわざ城までお越しになられ、おっしゃったそうです。「行動の稚拙さはこれから学び、正せば良い。すべてを見通す目を持つ聡明なルーラ嬢が王子の婚約者に相応しい」と‥‥‥」


「そんなことを‥‥‥」


 あの事件によって、前王の推薦を受けることになったとは‥‥‥。

 

「お父様曰く、前王のお言葉はかなり強力だったそうです。王をはじめ、ルーラ様以外の令嬢の名を上げていた者もその言葉で、ルーラ様を推薦すると言ったそうです」


 ミリア嬢の言葉を聞いた私は思った。

 じゃあ、王子は‥‥‥?

 私が考え込んでいるとミリア嬢が続けて言った。

 

「そして昨日、婚約者候補を推薦する立場にある最後の1人、賢者アレックス様の署名が入ったルーラ様を推薦するという内容の書面を王子が城へ持ち帰りました。これで、王妃以外はルーラ様を推薦しているということになったのですわ」


 ‥‥‥昨日の王子とアレックス様の会話、あれは私の婚約者候補への推薦のこと?

 会話では、王子がアレックス様に手紙を書いたようだった。

 王子がアレックス様に私の推薦をお願いしたということなの‥‥‥?


「あの、王子はもしかして私を‥‥‥?」


「もう、王子がはっきり言わないせいだわ‥‥‥。それは王子がお伝えすべきことですわ。‥‥‥それはそうと、流石に自分のお気持ちは、もうお分かりですよね?」


 自分の王子への気持ち‥‥‥。

 それを思い、赤面する私にミリア嬢が言った。


「ご自分の気持ちはお分かりになっていたようですね。ふふっ‥‥‥、これでルーラ様と恋の話がたくさんできますわね。ルーラ様、お茶会に着て行くドレスは決めました? 私、手紙にも書いたのですが‥‥‥」


「こ、恋の話‥‥‥」


 その言葉を聞いて、私はますます赤くなった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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