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1.お父様の命令

 それは、私が、王立高等学園へ入学する前日の夜のことだった。

 

 王立高等学園は、15歳となる年に貴族の子女が入学し、3年間通う学校で、入学の前日に家族で入学を祝うのが、ここエスプランドル王国の習慣だ。


 その日の夕食は、私の入学祝いということで私の好物が並んでいたが、食卓についてすぐのお父様の言葉で、私はたちまち食欲を無くした。


「ルーラ、魅了魔法を第1王子であるエドワード様に使い、心を虜にして婚約者となって欲しいんだ」


 いつも通り優しい口調だったが、それは命令だった。





 私、ルーラ・ディライトは、ディライト侯爵家の長女として生まれた。


 ディライト侯爵家は、貴族社会では、「容姿で成り上がった家」と陰口を叩かれることがある。実際、歴史的にそれは正しい。そして、確かに美男・美女が多い家系である。


 一族には多くの美男・美女がいるが、私以外の我が家の3人だけでも、その容姿に伴う話は尽きない。


 スラリと高い背に薄茶色の髪、涼しげな緑の目というさわやかな容姿のお父様は、「緑色の美丈夫」と呼ばれ、王家と王城の警護・警備を担う騎士団に属している。

 その容姿は、衰えを知らず、40歳近くとなった今でも、城門の警備に立つ際には、騎士団の正装を着たお父様目当てのご婦人たちが詰めかけるという。


 10代の頃、「エスプランドル王国の妖精」という別名を持っていたお母様は、ディライト侯爵家の分家筋の出身だ。金髪に宝石のように大きな青い目で、可憐な顔立ちをしている。

 貴族社会では、お父様と17歳で婚約するまでは、お母様が毎日10人の男性からプロポーズを受けていたとの伝説が、まことしやかにささやかれている。今でも、夜会ではいつも中心にいる華やかな存在だ。

 ちなみに、お母様曰く、プロポーズを受けたのは毎日2人くらいとのことだが、とにかく、一目で守りたいと思わせる可憐な美少女だったことは、間違いない。


 10歳になる弟アランも、母親と同様の金髪と青い目を持つまるで人形のような美少年だ。

 まだ、ほとんど家の外に出ていない年齢にも関わらず、毎日のように貴族の令嬢から、プレゼントや手紙が届いている。親族曰く、「ディライト家の希望」だそうで、婚約者を吟味している最中だ。おそらく、学園に行き始める年齢になれば、母を超える伝説を生むと私は思っている。


 そして、私はというと、東の大陸から嫁いできたという曾おばあ様にそっくりな痩せた体に黒い髪、一重の黒い目を持っている。

 ただ、残念ながら、エキゾチックな美人だったという曾おばあ様より、美人という点を受け継ぐことができなかった。親族からは、その地味な容姿から、「使えない娘」と呼ばれている。

 

 また、社交的で多くのコネクションを持っていたという曾お婆様には全く似ておらず、部屋に閉じこもり、本ばかり読んでいる。

 私は、外に行けば「あれが、地味なディライト家の娘」と上から下までジロジロと見られる為、屋敷からほぼ出ずに生活することにしている。

 そんな私にとって、本を読むことは、外の情報を仕入れることができる唯一の楽しみだった。





「はぁっ? み、魅了魔法ですか?」


 驚いて、素っ頓狂な声を上げる私に、まるで1枚の絵のようにワイングラスを優雅に持ち、お父様は言った。


「ルーラ、侯爵の称号を何故、我が家が賜ることができたのかは、知っているよね?」


「はい。お父様。‥‥‥門外不出の『ディライト家系史』に記載があります」


『エスプランドル歴357年、エスプランドル王国と隣国ランドール王国の間に北の森を巡る領土戦争が勃発した。

エスプランドル歴359年、エスプランドル国王・ジョージの元へランドール国王よりの親書を持った使者が到着した。その親書には、ディライト家4代目当主エドガーの末娘ルイーザと第2王子ユーヤ・ランドールとの婚姻により、和平を結びたいとあった。

ディライト家は、ルイーザを密かに第2王子と接触させており、第2王子の心を射止めたのであった。

同年、2人の婚約発表と共に、和平が結ばれた。

国王は、「ディライト家は、愛で戦争を止めた」と褒め称え、ディライト家は男爵より侯爵へ陞爵した』


「‥‥‥以上です」


 私は、頭に「ディライト家系史」の表紙を浮かべると、そこに書いてあった侯爵への陞爵について文章をすらすらと暗唱した。


 容姿には恵まれなかったが、これは、私の特技である。

 

 幼い頃より、読んだ本の文章をすぐに暗記し、一度暗記してしまえば、本を開かなくても、まるで本を読み上げるかのように頭に浮かべたその本の文章を暗唱することができる。


 お父様は満足そうにうなずき、ワインを口に含み、こう言った。


「では、ルーラ、ディライト家の為に魅了魔法を使うんだ」


「はぁ‥‥‥? 先ほどから、一体、何なのですか?魅了は、確かにあのルイーザが使ったとされる魔法ですが‥‥‥」


 頭の中には、先ほどから、『ディライト家系史』の文章が浮かんでいる。


『なお、この和平は、愛によるものではない。ルイーザは、魅了魔法の使い手で、密かにユーヤ王子に魔法をかけた。

ディライト家4代目当主エドガーは、ルイーザに「ディライト家の為に、自分の容姿と魔法を使い、王子を射止めよ。」と指示をしていた。そして、ルイーザは、戦場を慰安で訪れた踊り子を装って、ユーヤ王子と接触した際にこの魔法を使った』


 我が家に伝わる出来事とは異なり、公には「ルイーザは、ランドール王国の情報を探るために自ら踊り子として敵地に侵入した」ということになっている。


 私は、ただの踊り子が王子と接触できただけでも、側室か愛人くらいにはなれたのではと思うが‥‥‥。

 

 魔法の存在を無しにしても、ルイーザが自分の容姿を100%使って、王子に近づいたのは正しい訳だから、「容姿で成り上がった家」なのは、歴史的事実なのである。


 そもそも、ディライト家そのものが、容姿ではじまったのだ。

 

 ある魔女が美しい容姿を持っていた平民の男に恋をした。その男は、自分が魔女のものになる条件として、この国での貴族の地位と魅了魔法のかけ方を教えることを要求した。

 その男は、魔女の力によって、この国の男爵となった。これが、ディライト家のはじまりと家系史の最初に記載されている。


 ディライト家系史が、門外不出とされているのは、この魔法の存在が理由だ。

 魅了魔法は、対象者の心を虜にしてその人を操る魔法だが、今では失われた魔法で、使える者がいない。


 家系史によると、魅了魔法は、当時から使える者がほとんどいなかった魔法だそうだ。

いろんな本を読んだが、古い魔法書や古い歴史書にも、魅了魔法については、ほとんど記述がなかった。


 使い手が少なかったこと、そもそも、使った者が語りたくなる種類の魔法ではなかったことが、歴史的にこの魔法が表に出ていない原因だと私は思っている


「うん。さすが、ルーラ、よく覚えているね。ルイーザの魅了魔法については、門外不出の我が家系史にのみ残されている秘密だ。その魔法を使う時がきたのだよ」

 

 お父様は、ステーキを切りながら言った。


 私の入学祝いの食事だというのに、先ほどからの訳の分からない話で、本人には全く食欲は湧かない状況だが、隣では、アランが美味しそうにステーキを食べているし、お母様も優雅にパンをほおばっている。


 この話を止めて、ステーキを食べる食欲を取り戻そうと、私は頭の中で魅了についての知識を探した。


「で、でも、魅了魔法は、人の心を虜にする魔法とは、知っていますが‥‥。私、魔力なんて、持ってないですよ? ルイーザの時代は、みんな魔法は普通に使えたものかもしれませんが、500年近く経った今では、魔法は少数の城の魔法使いくらいしか使えないですし‥‥‥」


 魔力が無い者に魔法は使えない。これで、話は終わるだろうと、私は、水の入ったコップに手を伸ばし、一息ついた。


「ルーラ、そんな風に言わないで。きっと、あなたは、魔力があるわよ。東の大陸では、まだ魔法が残っているでしょ。東の大陸から嫁いだ曾おばあ様は、簡単な火と水の魔法が使えたらしいわ。あなたと曾おばあ様は、顔がそっくりだと、おじい様がいつもおっしゃっているから、きっと、魔力も受け継がれているわよ」


 そんなめちゃくちゃな‥‥‥と思い、お母様を見ると、長い睫毛を翳らせて、とても悲しそうな顔をしていた。


「あなたにこのディライト家が、かかっているのよ。やると言ってちょうだい」


「はい。あっ、しまった‥‥‥」


 美しい青い目を悲しげに翳らす母の顔は、娘の私から見ても儚げに見え、私は、話の意味が分からないまま、思わず、「はい」と返事をしてしまった。


「ディライト家の血筋で、王子と近い年齢の娘は、ルーラしかいない。ルーラは、明日からエドワード王子と同じ王立学園に通うのだから、チャンスはたくさんあるはずだよ。容姿は‥‥‥だけど、ルーラは、我が家では珍しく頭が良い。本を暗記するという特技もある。ルーラなら、絶対に魅了を使って、王子の婚約者となってディライト家を救えるよ」

 

 私の返事を聞いたお父様は、期待のこもった目で私を見て、そう言った。 

読んでいただき、ありがとうございました。


※誤字脱字報告をいただき、ありがとうございました。

※(2020.07.05)ルーラの父の1番目の台詞と最後の台詞を変更しました。魅了魔法を使って王子の婚約者になるという目的が、文章内に登場していなかったことが理由です。

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[気になる点] >>>戦場を慰安で訪れた踊り子を装って、 …この書き方だと… 乙女のまま王子妃にはなれないよね… この手の踊り子さんは、白拍子とかと一緒だから…
[一言] お父様、バレたら普通に断頭台行き案件です、お父様(・ω・)
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