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七話 決意

 目を開けて、最初に飛び込んできたのは梁だった。


 梁……?


 うちはマンションだし、こんな梁のある天井は、家族の中でもおじいちゃんの家以外で見たことない。


 昨日は何をしてたんだっけ……?

 おじいちゃん家に泊まった記憶はないけど……


 寝起きで混乱した頭を捻って考える。


「あ、起きた? 大丈夫?」


 と、同時に女性の声が聞こえた。


「レンもここまで思いっきり殴らなくても良かったのにね……大丈夫?」


 声がした方向を見ると、学園のマドンナ――柊さんが座っている。

 夢かな、それにしては良い夢だなぁ。柊さんと話す事なんて、現実には一回もなかった。あ、それより、早く返事をしないと。

 寝たままで返事するのも行儀が悪いと思い、身体を起こそうとして腹部に激痛が走る。思いがけない痛みに、つい声が漏れてしまった。


「ホントに大丈夫……? お腹まだ痛い?」


 心配そうに覗きこんでくる柊さんに、手を挙げて無事をアピールする。

 痛みで少しずつ今までの事を思い出してきた。たしか、気付いたら異世界で、ベニグモさんに会って……なんやかんやで竜崎に殴られた、んだと思うけど……


「ここは……?」


「ベニグモさんの屋敷の一部屋よ。」


「ベニグモさん……? それって……」


 おかしくないだろうか?

 たしか気を失う前はそのベニグモさんに殺されそうになってたと思う。


「やり方はどうかと思うけど……一応、レンに感謝しときなさい。あいつ、必死になって志賀くんの事を守ってたから」


 竜崎が、僕を……守る?


「ど、どういうこと? その竜崎におもいっきり殴られたと思うんだけど……」


「その後よ。ベニグモさんは、あの後も志賀くんを処刑しようとしてたの。それを必死に止めたのがレンってわけ。意見は違うけど、仲間なんだ。俺がどうにか説得するから……って」


「説得って……それで、その竜崎はどこにいるの?」


「今はベニグモさんと面談中。個人面談だってさ。次はあたしの番で、最後に志賀くん」


「僕も?」


「一応、レンの言い分が通ったの。もう一度話をしましょうって……あいつとしては、仲間って響きは大事なものみたいよ? もちろん、あたしにとっても」


 そう言うと、柊さんは長い髪をかきあげ鋭い目付きでこちらを見た。


「志賀くん、どうしてあんな無茶な真似したのよ? あなたはあの人達が危ない人間だって思っていたんでしょ?」


「そうだけど……」


「ならどうして? 危険な人間に、どうして真っ向から反抗したの?」


 何でって言われても……不思議な事だろうか?

 誰だって、ヤバい連中と関わりになりたくないはずだ。できることなら、まったくの他人でいたい。

 もちろん、もう一つ、悪事に手を貸さないっていう自分の中のルールがあるけど……それは今、彼女に伝えなくても良いことだろう。


「ヤバそうな人間だから、かな? そんな組織に無理に従うのは良くないと、そう思ったんだ」


 その言葉に、柊さんは大きくため息をつくと小さく絞り出した。


「そうだけど……志賀くんもわかってたならやり方が他にあったでしょ……」


 そうかもしれないけど……あれ?

 志賀くん()

 もしかして……


「柊さんも、あの人達がヤバそうって思ってたの?」


「そりゃね。いきなり人を拐おうとする連中よ? 全部鵜呑みにして信用できるわけないじゃない。でも、だからって言うこと全てに反論してたらさっきの志賀くんみたいになるでしょ? 折を見て抜け出そうと思ってたんだけど……」


 そこまで言うと、柊さんは唇を噛み締めて言葉を切った。その目は悩ましげに僕を見据えている。


「も、もしかして僕のせいで失敗した……?」


「ううん。志賀くんが悪いわけじゃなくてね……よく考えてみて。あたし達に嘘をつく必要はないのよ――だって、あたし達が彼女の敵になったとしても、彼女にはそう大きな問題にならないでしょう? あたし達は何も知らない、わからない。どうやって戦う相手になるの?」


 確かにその通りだと思う。竜崎はともかく、僕は彼女の脅威になれるだけの何も持ってない。


「そうなると、彼女の言葉は真実。この国は抗いようがない貧富の差が拡がっていて、王様の圧政があるって事になると思うのよね」


 ほぅっ、と長いため息をついて、柊さんは壁に体を預けた。今日一日で色々あって疲れたのだろう。けど、その眼にはまだしっかりと光が灯っている。


「だから、あたしは彼女に味方する事にしたの。だって、スラムがここにあるのは事実だし、そのスラムをどうにかしようとしてるのもたぶん事実。王様が変わる前は上手くいってたみたいだし、あまりに大きすぎる貧富の差は、不幸しか生まないでしょう?」


 そう語る彼女の眼は先程同様、爛々と輝いていた。心なしか、表情もいつもより活気に溢れて見える。籠の中に閉じ込められていた鳥が、ようやく大空に解放されたような満ち足りた表情だ。


 ああ、これが物語の主役とモブの違いか。

 身体的なスペック云々じゃない。心の在り方が違いすぎる。彼女には、はっきりとした信念があるようだ。自分の進む道を、自由に突き進む意思が見てとれる。


 比べて、僕はどうだった……?

 たしか、二人に付いていけばそれでいい。

 そう考えていなかったか?

 まんま、モブそのものじゃないか。

 しかも、そのすぐ後には二人が味方しようとする人間に敵対しようとする。考えがブレブレ過ぎだ……


「志賀くん……? 聞いてる?」


「あっ!? ご、ごめん。ぼっとしてた……なんて?」


 柊さんの言葉に現実に引き戻される。彼女の方を見れば、どうもベニグモさんの手下らしい人が近寄って来ていた。


「だから、次はあたしの番。レンは帰ってこないみたいね……ここに一人になっちゃうけど、その間によく考えをまとめて?」


 やり方は色々あるはずだから、と薄く笑って彼女はこの部屋を後にした。


 そして、僕は再び自分の世界に入っていく。

 彼女はよく考えろと言った。楯突くにしても、やり方があるだろう、と。

 冷静になって考えれば、たしかにその通りだ。北風と太陽じゃないけど、意固地になって我を通せば余計に反発を招く。ある程度は相手の立場も考えなければならなかった。

 一つ反省をして頭を切り替える。


 そもそも、この世界は二人が主役だ。僕は、同郷のよしみで舞台に上がっているだけにすぎない。きっと二人が同情をしたから、今、僕はここに居られる。だって、主人公の望みをある程度叶えるのが物語なんだから。本来ならさっきのでこの世界から退場していたんだと思う。

 当然だけど、僕だってまだ死にたくはない。まだ読み終わっていないマンガだってあるし、異性とも付き合ってみたい。可能ならば、元の世界に戻りたいんだ。

 そのために必要なのは……黒猫(ケット・シー)と呼ばれたあの猫の情報。あの猫が僕達の異世界転移になんらかの関わりがあるのは、十分有り得る話だと思う。


 そう考えていると、妙な違和感に捕らわれた。


 そう。おかしな話だ。黒猫(ケット・シー)が異世界転移に関わっている話を信じるくせに、王国が僕達を磨り潰すなんて話は信じない。


「ふふっ、くふっ」


 思わず自嘲気味に笑い声が漏れた。

 ホントに、滑稽だ。自分の都合の良いところだけ切り取って考えるなんて。一度飛び出た笑いは止まらない。今は、笑い続けよう。その方が、自分の馬鹿さ加減がよく分かる。


「ふふふ……ふぅ」


 ひとしきり笑って落ち着いてきた。

 この世界に選ばれていなくて、本来ならここで退場する運命だったとしても、今はこうして猶予がもらえている。もう自分は死んでいた、と開き直ってベニグモさんと話してみても言いかもしれない。

 自分の居た世界に戻るための人手を貸してくれる。それも衣食住込みで。提案した相手を考えなければ、随分魅力的な提案だ。

 あとは、彼女が僕を入れることに納得してくれるかどうか。僕には竜崎のような腕力も、柊さんみたいな知性や技術もない。自分の持っている切札(カード)はほとんどないと言ってもいい。なら、もう腹をくくるしかないじゃないか。


 悪事に手を貸さない。


 どれだけその自分の主義(イズム)に反しても、まだ僕は世界から退場したくない。

 モブだろうがなんだろうが、意地汚く生き残って、元の世界に帰ってやる!


 決心を固めた丁度その時、スッと襖が開いてベニグモさんの手下らしい人が再び部屋に入ってきた。


「おい、今度はおまえだ」


 よし、どれだけ上手くいくか自信はないけど……駄目だったらきっと否応なくこの世界からは退場だ。ここ一番、腹をくくってやってみよう!

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