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六話 不和

「協力……?」


 訝しげに尋ねる柊さんに対して、ベニグモさんは大仰に手を広げて答える。


「そうさ。ここにいる間は、粗末だけど衣食住の確保を約束しよう。それと、アタシのシマの連中に猫を探す手伝いをさせようじゃないか。大体、行き先もわからないんだろう? この国から出ていってる事だって有り得る。伝手は、多いにこしたことはないんじゃないかい?」


 確かに衣食住の確保はかなり魅力的だ。

 今着ている学生服じゃ、目立ちすぎて余計な衝突が生まれる。これはついさっき経験したばかりだ。

 それに、この世界の食事情――安全な食料が日本と同じとも限らない。どれくらいで帰れるかわからないけど、補給を受けられるのはありがたい事だと思う。

 何より、スラムなんていう悪立地ながらも、いくらかは雨風が凌げる場所を提供してくれようって言うのは大きい。僕達は、いや少なくとも僕は野宿なんてした事がない。慣れない土地で、安全に眠れる場所が確保されるだけでもかなり大きなメリットだと思う。

 要するに、ベニグモさんの提案を受ければ、この世界のライフラインにある程度の目処が立つ事になる。でも、これだけ美味しい話なんだから、何か裏がありそうなんだよね……


 そう考えていると、続きを促す様に竜崎が片目を瞑って返事をした。


「ま、ありがてぇ話だわな……んで、俺らは何をするんだ?」


 そう。協力と言うからには、僕達にも何かしなきゃ行けないことがあるはずだ。それが何なのか……こういう人の言い分って無茶な事を言われる気がしてならない。

 ベニグモさんは一拍ほど置いて、一際大きく煙を吐き出し答えた。


「……今、このスラムは縄張り争いが激しくてね……ウチのシマと敵対してる連中がいるんだよ。そいつらと戦うのに力を貸して欲しい」


 ほら、やっぱり。そんなの無理に決まってるでしょ……案の定、柊さんから否定的な意見が飛び出す。


「あたし達はただの学生よ? 戦う力なんてあると思うのかしら?」


 うんうん、そうだよね。ただの学生が、急に対人戦なんて出きるわけない。しかも、ただの喧嘩じゃなく、縄張り争いしてるスラムの抗争。どう考えても、結構本格的なやつだ。そんなのが出来るなら、それはきっと異世界チートだと思う。

 だというのに、ベニグモさんは冷めた顔をして煙管を吹かしている。どうも、彼女はそう思っていないようだ。


「ハン、大方そこの金髪だろうけどね、既に余所の連中をぶっ飛ばしたって話じゃないか。逆に、戦えないと思えるかい?」


「それは蓮だけでしょう? あたし達は……」


 違う……という言葉は紡がれず、代わりに鈍い衝撃音が響いた。


「ごちゃごちゃうるさいねっ!? アタシが聞きたいのは協力するか、しないか。どうすんだい!?」


 さっきのはどうやら、ベニグモさんが手に持った煙管で近くにあった机を打ち付けた音のようだ。

 彼女の目は大きく釣り上がり、額には青筋が浮かんで見える。

 はっきり言ってめちゃくちゃ怖い。

 のに、まるで般若みたい……と、どこか他人事の感想を浮かべた僕がいるのも感じる。

 訳もわからずこっちに来てから、現実離れしすぎて感覚が麻痺してきているのだろうか。


 竜崎は変わらずだらけた様子だし、柊さんも怯む事なくベニグモさんを見据えている。

 三人ともが怯えた様子を見せなかったのが良かったのか、ベニグモさんは毒気が抜かれたように呟いた。


「ま、アタシもそれなりに若いモンの面倒はみてる。いきなり無茶させるような真似はしないさ。出来ることから、やってくれればいい」


「……例えば?」


「ここはスラムだからね。貧しい上に戦う力も持ってない連中が多いのさ。教えようにもアタシらは我流だ。見様見真似で覚えてもらうのが殆ど……けどアンタはそれなりに経験がありそうだ。ある程度、みんなに戦い方を教えてくれりゃいい」


「それくらいなら……やれるけど……」


 突然ハードルが下げられた要求に、柊さんは戸惑っているみたいだ。

 僕としては、この人達は何となく信用できないし、断りたいけど……


「……どうする? 悪い話じゃなさそうだけどよ」


 やっぱり竜崎はそうでもないみたいだった。考えてみれば、竜崎は自分の力を当てにされてるんだから、悪い話には感じないよね。困るのは、力のない僕たちな訳で。

 竜崎には、困った顔をしながら柊さんが答える。


「もう一つ聞かせてほしいわ。ここを治めてる王様がいるんでしょう? 何故介入してこないの? スラムの抗争なんて……いわゆる富裕層に飛び火したら……」


 その言葉に、ベニグモさんはニヤリと笑うと煙管に口を含む。そして、大きく煙を吐き出すとこう言った。


「この国は腐ってるんだよ。このスラムから富裕層――貴族共が住む地区の間に、平民が多く住む中間層がある。先に被害に遭うのはその連中だからね。貴族以外がどうなろうと、関係ないのさ」


「でもよ、それじゃその間の連中は不満だらけなんじゃねえの?」


「そりゃね。ただ、愚王だとしてもその力は本物なんだ。何度魔物が攻めてきても、負け戦は一つも無い。税さえ納めれば、魔物に怯えず安全に暮らせる。そう自分達に言い聞かせて暮らしてる奴が多いだろうよ。もっとも、その税が理不尽すぎるのが問題なんだがね」


 あ、また気になるワードが……魔物?

 同じことを思ったのだろう。柊さんは口に出して尋ねている。


「魔物……そんなのがいるの……?」


「ああ、アンタらは見たことが無いのか。何処で生まれてんだか、時々沸いて出ては征伐されてるよ」


「征伐ってことは弱いのか?」


「何の訓練もしてない一般人には脅威だろうね。その辺は、腐ってても王国軍って事さ」


「成る程、税金を払って安全に暮らしていくか、払えなくてスラムに落ちるか、か。あん? そうすっと、スラムは守ってもらえんのか? 税払ってねぇんだろ?」


「その辺は話すと長くなるからねぇ……はっきり言って、説明するのが面倒臭い」


 ずっ、と前のめりになって聞いていた柊さんの肘が曲がるのが見えた。竜崎も口が開きっぱなしだ。たぶん、僕も間抜けな顔をしてると思う。今まで散々丁寧に説明してくれていたから、てっきりここも詳しく話してくれると思ったのに。

 僕らを見回してベニグモさんは小さく鼻を鳴らすと、さらに続ける。


「まあ、端折って言えば、今の王になる前は、スラムがあることで大なり小なり、王国にもメリットがあったのさ。それが代替わりして、スラムの中で抗争を生んでる。今までのスラムを求める派閥と、現王にすり寄ろうとする派閥」


「あなた達は、どっちなの?」


「どちらかと言えば、今までのスラムを守りつつ、現王を失脚させたがってる派閥ってとこだね」


「それは……」


「そう、革命さ。勿論、最終段階として、だけどね。まずはスラムの統一が優先だね。アンタら、どうすんだい?」


 革命……それが異世界に来た理由なんだろうか?

 僕たちが異世界に来たのに理由があるとして……それがこの国を正す事だとするなら、何となく話の辻褄は合うような気がする。

 だけど、本当にそれでいいのかな?

 スラムがある以上、重税があるのも事実なんだろうけど……やろうとしていることは、現代日本でいうテロと同じ気がする……


「俺は別にいいぜ。猫を探すより楽しそうだ」


「クーデターの片棒を担ぐとは思わなかったわ……でも、貴女の話が本当なら、貴女に味方するのが正しいとあたしは思う」


 そう考えているうちに、二人は早々と結論を出してしまった。これはマズイ。もう少し考えて貰わないと……


「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな、この人が嘘を付いてない保証なんてないじゃないか!?」


「へえ? 仁と義を重んじるアタシが、嘘を付いてるって言いたいのかい?」


 初めて、ベニグモさんと目が合う。鋭い目つきに尻餅をつきそうになる。それをぐっと堪えて自分の意見を出した。


「確かにスラムがあって、抗争も起きてるかもしれない。でも、王国が腐ってるなんて、この人の意見でしょ!? どうして、この人の言うことが信用できるのさ!?」


「おやおや、随分信用がないね……まだ何もしてないだろうに」


 よく言うよ。さっきの金髪がしようとしたことは忘れてない。


「貴女の部下は僕達を拐おうとしたじゃないか!? それに、革命って……どう考えても反社会組織のやることでしょ!?」


「ハッ! まあ、アタシは構わないよ。そこの金髪は十分腕に覚えがあるみたいだ。嬢ちゃんの方は器量だけじゃなく、この国の状況を知ろうとする賢しい頭をしている。アンタみたいに、隠れて人の胸を見てるだけのエロガキは必要ない。アタシが嘘を付いてるって言いたいなら、王宮にでも行ってみると良いさ」


 かぁっと顔が熱くなるのが分かった。

 別に胸ばかり見てたわけじゃ無い。部屋に入った瞬間、目に飛び込んできただけでずっと見てたわけじゃ……

 言葉に詰まった僕を、心底蔑む目で柊さんが見ている。何か、言い返さなきゃ……


「行ったら、どうなるんだ?」


 どうにか言い返そうとしていた僕を遮って、竜崎が落ち着いた声色で尋ねた。

 正直、二の句もなかった僕には頼もしい助け舟が来たと思えた。視線の事についても、気にせず流してくれているのは尚更ありがたい。

 その様子を見て、ベニグモさんも声を荒げることなく返してくる。


「事実がはっきりわかるだろうよ。もっとも、アンタらが使い物にならなくなるまで、キッチリとすり潰されて終わるだろうね。ケット・シーを探す自由なんざ、ありゃしないさ」


 嘘だと、思う……

 僕たちをここから出させないための方便だと、なのに……


「なあ、こいつの方が筋通ってるんじゃねーか?」


「……どのくらい協力すれば良いの?」


 二人は信じ切ってしまったようだ。協力に対して、かなり前向きに検討を始めている。


「アンタらはわかってるみたいだね。まあ、少なくともスラムの抗争に一段落するまで、かな」


「どうして……どうしてわかってくれないの……? この人達は、関わっちゃいけない人達なのに……」


「なんだ、まだ居たのかい? 早く王宮に行けば良いのに……いや、アンタはこの場所を覚えちまったね……変に告げ口されても困る。ここで、死んでおくかい」


 不意に、ベニグモさんの背中の空気が凍る。

 さっきまでの威圧感とは別の、圧倒的に自分の身が矮小だと知らされる感覚。

 何をしても敵わない、そう言った絶対的強者を前にして、とにかく逃げるしかないと思わされるイメージ。

 自然と身体が後ろに倒れる前に、ゴンッと腹部に鈍い衝撃を感じた。


「悪いな」


「どう……して……」


 そうして視界が黒く染まっていく中で、僕が最後に見たのは、さっきまで頼もしく思えた金髪頭だった。

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