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青い春の切符 後編

『先輩今どこですか?』

 二十二時、朝まで仮眠室が使える温泉に、今日の用事を終えた俺はいた。

「温泉だけれど」

『どこのですか?』

「台場」

『今から行きますね』

 後輩はそう言うとブチっと電話を切った。


 二十三時、広間のベンチで缶のサイダーを飲んでいると後輩が姿を現した。

 後輩は薄い桃色系の浴衣を身に纏っていた。

「先輩も浴衣なんですね」

「そりゃあ、個々の館内着が浴衣だし」

「でこれから何します?」

 今の時間帯やっている施設は居酒屋と温泉しかない。

「とりあえず温泉に入ってきたらどうだ?」

「混浴ですか?」

「ここに混浴はない」

 昼間なら足湯の混浴は出来ると思うが、夜間に足湯はやっていない。


 零時丁度、後輩がベンチで暇をつぶしている俺の元に戻ってきた。

 入浴を終えたその姿は妙に艶っぽく感じた。

「じゃ、俺仮眠室で寝るから後輩は女性用の仮眠室行けな」

「いやいや、これから夕飯でしょ」

「いや俺、十八時に夕飯食べたし、それに今の時間だと夜食じゃないか?」

 と断りを入れたつもりだったが、そんなの関係ないですよ、と午前三時まで空いている館内の居酒屋に連れて行かれた。

「先輩それだけでいいんですか?」

「いやだって夕飯食べたし」

 俺はレモンサワー片手に後輩が頼んだたこ焼きを摘まんでいた。

「というか何で居酒屋でカレーライス食べているの?」

「いや居酒屋って言ったらカレーでしょ」

「枝豆やラガーとかだと思うけれど」

 何というか言葉の選択に詰まる。それに浴衣にカレーが零れないか心配だった。

 クリーニング代とか支払わないといけないかもしれないし。

 カレーライスを食べ終えた後輩はポテトフライにメロンフロートを頼んだ。

 ここは本当に居酒屋なのか。まあ子連れ向けのメニューなのかもしれないが、きっと深夜にこのメニューを頼んだのは後輩が初めてかもしれない。

「深夜に高カロリー太るぞ?」

「いえ私太らない体質なので」

 何とも羨ましい体質だった。


 朝八時に仮眠室で目を覚ますと、となりの寝台で後輩が寝ていた。

 男女共同の仮眠室ではなく女性用専用で寝ればいいと思った。それに浴衣がはだけそうになっていて心配になる。

「おい、起きろ。もうすぐ退館時間だぞ」

 後輩を起こしながら、もう少し早く起きれば朝食を食べられたのになと思う。


「日がまぶしいですね」

 午前九時、退館を終えた後輩はもう青い空に照っている陽光を仰いでそう言った。

「今日の予定は?」

「帰るだけですね」

「俺の旅程に付き合うか?」

「しょうがないので付き合ってあげます」


 上野駅に着いた俺たちの一枚の切符には四つのスタンプが付いていた。

「で、始めは何ですか」

「いや始める前に俺たち朝食を食べていないんだけれど」

 後輩に、ご飯かパンか決定権を委ねるとパンになった。

 新幹線改札口前のカフェでモーニングを二つ頼んだ。

「あ、本当に先輩コーヒーブラックで飲んでる」

 コーヒーに砂糖もミルクも入れないでそのまま飲んだだけでそんな反応をされるとは思いもしなかった。

 それに昨日のコーヒーのやり取りは話半分に聞いていたのか。

 モーニングの卵トーストを食べ終えると後輩が言った。

「先輩はデザートどうしますか?」

「いい店を知っているからそれ食べ終えたら行こうか」

 そう言ったら後輩は急いで卵トーストを平らげた。

 急かすつもりではなかったので申し訳ない。

 俺は後輩を駅構内のあんみつ屋に連れて行った。

 お汁粉を頼むと爺臭いと言った後輩はフルーツあんみつを平らげた。チョイスが幼かった、と仕返しばかりと勝手に思った。

「この後はどうするんですか?」

「埼玉に墓参りへ」


 上野駅から大宮駅へ。

 大宮駅から交通系ICカードでニューシャトルに乗り換える。

 学園前と称される駅で降りて徒歩十分のところに墓所はあった。

「なんか新鮮です」

 後輩が言った。

「何が?」

「見ず知らずの人の墓の前で手を合わせている事に」

「確かに、そう言った経験は共同墓地などでしか得ないものだしね」

「この近くに美味しいクレープ屋があるんだ。一緒に参ってくれたお礼に奢るよ」


「完全に閉まっていますね」

 駅前に戻ってきてプレハブのクレープ屋を除いて見ると開店時間は十四時と書かれていた。

「じゃあ帰るか」

「えっ、もう?」

「だってチェーン店で食べるの旅としては味気ないだろ?」

「そんなことないで……すけれど……ね」

 後輩の声は段々と小さくなっていき最後の方は聞こえなかった。


「鈍行か新幹線か」

 上越新幹線の脇下を走る大宮行きのニューシャトルの中で俺は後輩に向けてそう言った。

「なんですか”ruth or dare”みたいに言って」

「いや帰りも七時間近く座っているのが嫌になったというか」

「え、私新幹線代ないですよ?」

「いやいや俺からの提案だしそれくらい出すよ」

「それなら、甘えさせて貰いますかね」


 新幹線の待合室に併設されているカフェで昼食を済ました後に、新幹線へ乗り俺たちの十八切符の旅は終了した。

 分かったことはとにかくお尻が辛い事だった。目的があってもお尻はつらい。今回の経験を経て分かったことは電車旅の場合、乗り換えがある為うかうか寝ていられないという事。

 そして帰りの新幹線の約二時間、流行りの洋楽を後輩から聴かされ続けた。


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