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青い春の切符 前編

 空には青さと共に春が訪れたが、まだ地面には白さが残り肌寒い日が続く三月上旬。

 青春十八切符を買った。

 この切符は一人でなら五回、五日分。五人でなら一回、一日分。と一日、一回分五千円以上使えば五回分の使用で、切符一枚分の二倍の価格を消費したことになる。ただ使えるのは鈍行列車のみで特急券などと併用して使うことはできない。特急に乗りかえるなら運賃含めて再度新たに支払わなければならない。


『で、鈍行で東京まで行くけれど誰か同伴する?』と知り合い達と共有しているオープンチャットに問いを投げかけると、一人だけ同伴すると言ってきた。

 青春十八切符は安いために時間を提供しなければならない。

 今の情報化や高速化された人間社会は、お金で速さを買い空き時間が生れる。その事から人は金で時間を買うと言葉で表現されている。

 だからこの切符はお金はないが時間を持て余していると思っている人たち向けなのだ。


「で、先輩は飲み物だけでいいんですか?」

 八時に同行を決めた後輩と合流し二人で駅中のキスヨクにいた。

「ああ、朝食食べてきたからね」

 俺は五百mlのほうじ茶のペットボトルを一本、後輩はエビマヨとツナマヨのおにぎり二つとオレンジジュースのペットボトルを購入した。

「その組み合わせ、合うの?」

 パンにオレンジジュースはよく見る組み合わせだが、米にオレンジジュースは見たことがなかった。

「え、知らないんですか。どこかの県では学校給食で米をオレンジジュースで炊いたご飯が出るんですよ」

 それはみかんジュースでは。しかし原産はおなじだからいいのか? 強いて言えば違いは皮の厚さと香りの強さ。

 そんな話をしながら俺と後輩は改札横の有人窓口にて一枚の件に今日の日付のスタンプを二か所押してもらって改札を抜ける。

 各々お手洗いを済ました後、新潟八時五十五分発長岡行きに乗り込んだ。


 電車に乗り込んだ後、案の定の台詞を後輩は吐いた。

「先輩ほうじ茶分けてください」

 後輩は間接キスを気にせず口を整えていく。

 米とオレンジジュースの加算や乗算の解を導き出すのは簡単ではなかったのだろう。

 そう考えていると電車が貨物列車とすれ違っていく。振動が窓を通して伝わってきた。


 十時八分、電車は定刻通りに長岡駅に着いた。

 空はまだまだ青いが日が照ってきてコートを纏っているのが辛くなってきた。

 水上行きは十時三十四分発と約二十五分、時間がある。

「先輩時間つぶしどうします? スバタやケタンでも行きます?」

 のんきにコーヒやチキンを食べていたら遅刻してしまいそうだ。それに持ち帰りにしてもチキンは列車のマナーには相応しくない。匂いが蔓延しにくい駅弁が如何に考えられているかが感じられる。

「いや今回はキスヨクで昼食選びだ」

「いやいや私さっき朝食食べたばかりなんですけれど」

「順当にいけば水上に着くのが十二時五十二分、水上駅前には目ぼしい飲食店がラーメン屋が一つだけ。そして昼食にラーメンを食べていると電車に乗り遅れる」

「先輩って電車に乗り遅れない方法だけを考えて生きているんですか?」

「そんな事はないと思うぞ……多分」

「なら相手の駅弁を選ぶ、駅弁勝負と行きましょう」


 先に駅弁を見繕ったので改札そばにある酒屋で日本酒やおちょこを見ていると、見繕終えた後輩が寄ってきた。

「日本酒興味あるんですか?」

「ああ、それなりに。さてと行くか」

 電車のボックス席に対面するように乗ると電車は水上に向かって車輪を回した。定刻通りに。

「それで、そちらは何を買ったんだ?」

 これは相手の事をおもんばかることが出来るかという勝負だ。自分が食べたいものを買うのが一番の不正解と言える。

「牛めしです」

 後輩から渡されたのは牛めし弁当(大)だった。

 以前食べたことがあるから知っているが、ボリューム満点で腹を満足させる程の量の男性向きの弁当だ。

 硬めの牛肉に甘辛の味付けが施されている。その硬めの牛肉が咀嚼回数を増やし腹と脳が満足する。

「で先輩が選んだ弁当は何ですか?」

 後輩に弁当を手渡す。

 俺が後輩に買ったのは長岡花火弁当。本当は長岡花火ちらし寿司を買おうとしたのだが、季節外れという事で一番にているこの弁当にした。これも季節外れな気がする。個人的には女性向けのちらし寿司にしたかったのだがないのなら仕方ない。

 この弁当は醤油が滲み込んだコシヒカリに鮭そぼろ、ウニ、カニを花火に例え、その中心イクラが添えられている。他にも卵そぼろや甘酢生姜が添えられており、近いしい配色だが口の中で海産物たちが花を開く。

「今回の勝負は私の負けと認めてあげます」

「え、またやるの?」

 一言でいうと面倒くさかった。そもそも今回のように旅行する機会も作らなければ無い。

 俺は買ったほうじ茶を渡しながら尋ねた。

「今回の飲み物は何を買ったの?」

 後輩は百パーセントのラベルが付いたオレンジジュースをこちらに手渡してきた。渋々と。

 言い訳はこうだ。「まさか相手の飲み物も選ぶとは思っていなかったので」

「それで? 君はまたオレンジジュースを飲むの?」

「ありがたくほうじ茶を頂戴します」

 オレンジジュースは冷えていたが、それを相殺するように車内の暖房が効いていてお腹が辛くなるという事はなかった。

 しかし後輩は熱く感じたようで脱いだコートを小脇に抱えていた。

 そして水上まで二時間二十分の間、仮想の通貨を担保にしポーカーをして過ごした。

 流石に、他の乗客は少ないけれど誰が効いているか分からない状況で”ruth or dare”をする気にはならなかった。あれは個室で遊ぶことに向いている気がする。それこそアメリカの大陸横断列車とかの個室などが相応しい。

 二人して十分も立たずに雪化粧された景色を眺めることに飽きたので、そもそも旅という行為が向いていないのかもしれない。


 水上駅に着くと鉄道に向けてカメラを構える人がいた。

 調べて見ると蒸気機関車が来るとか来ないとか、近くにあるとか。兎に角錯乱した情報しか出てこずもはやどうでも良かった。

 それと駅前にあったのはそば処だった。

 改札の外にある綺麗な方で各々トイレを済ませた後、まだ新前橋行きはこなそうだったのでお土産屋さんを覗く。

 瓶に入れられたラムネを久しぶりにみて高揚した。こんな事、こんな事だけれど気持ちが高ぶってしまった。きっとこれは俺自身がまだまだ子供なのではなく、懐かしさを思い出したからだろう。頭の奥底に眠る記憶。その欠片がきっとラムネを見て反応しただけ。ただそれだけなのだろう。

「先輩それ買うんですか?」

 ラムネを見過ぎていたのかもしれない。この瓶に入っている透き通ったビードロの玉はとても魅力的で心を突き動かす何かがある。

「いいや買わないよ、冷えるし」

「そうですか、なら自販機で缶コーヒーでも。あっ、そういえば先輩がコーヒー飲んでいる所見たことないですね。いつもお茶ばかり、爺ですか?」

「いや違うよ。それに家では無難にコーヒー飲んでいるよ。ただ市販のコーヒーって砂糖が入っていたりブラックと謳いながら人工甘味料を入れているからね。それが苦手なんだ」

「ふーん、人それぞれですね」

 駅構内の自動販売機で温かい緑茶を二本買うと丁度、新前橋の列車が到着した。


 新前橋行きにはボックス席はなく二人隣り合って座った。

 長岡水上間のようにポーカーは出来ない。

 暇つぶし用に持ってきた本でも読もうかと思ったが、隣に後輩がいる状態なので実質一人だけ楽しんでいる状態ではスマートフォンを操作しているのと何ら変哲もない。

 どうしようか、どう行動しようか悩んでいる時、後輩が俺の右耳にイヤホンを差し込んできた。

「これ最近はやりの歌手なんですよ」

 新前橋に着くまでの約五十分間、はやりの歌手の曲を後輩と一緒に聞き続けた。


 新前橋に着いた時にはもう十四時を回っていた。

 ただ列車に乗っていただけなのに四半日を過ぎている。乗っている時は長いなと感じても降りるとあっという間だったと感じられる。その感覚の変わり身はとても不思議に感じられた。

「電車来ませんね」

 定刻になっても高崎行きは来なかった。

 どうやら人身事故があったみたいだ。

 十分後列車は来たが、すぐには出発しなかった。

 この列車もボックス席はなく俺と後輩は隣り合って座る。

 今回も後輩は俺の右耳にイヤホンを突っ込んだ。

 今イヤホンから聞こえてくる曲は流行りのバンドマンらしい。後輩が流行に敏感なのか音楽に精通しているのか、周りの流行に合わせているだけなのか、そこまでは理解はできなかった。理解出来たらそれこそエスパーだろう。

 高崎行きは定刻の二十分遅れで走り出した。

 車内放送によると高崎駅での時刻も全体的に二十分遅れるらしく、乗り換えしようと思っていた電車は待っていてくれるようだ。


 高崎にて横浜行きに乗り換える。横浜行きはボックス席に乗ったが向かい合って座らなかった。

 多分流石に人目が増えたこの状況でトランプのカードゲームをする気にはなれなかったのだろう。

 再度、隣り合って座り後輩はまたも俺の右耳にイヤホンを差し込んできた。

 今回の曲目は流行りの映画で使われた曲らしい。

 一つだけと言わず数曲、心情をなぞるような歌詞の楽曲があり涙が零れそうになった。

 後輩はこの曲をどんな気持ちで聴いているのか気になったので、目を横にすると瞳には後輩の寝顔が映った。


 あの後一時間半心情をなぞられ続けていると電車は東京駅へと付いた。

 俺と後輩は各々の用事を済ますために、一度改札を出てから交通系ICカードで再度改札内に戻った。

 そしてそれぞれが必要とする電車に乗車した。

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