まおばい!(♀魔王様がアルバイトに精を出すまでの物語)
とある方に強制的に送り付けたら「発表すれば?」と言われました。ほんのりファンタジー、ほぼ現代を舞台に何故か魔王様が怒ったり叫んだりツッコミ入れたりします。
…………一千二百年。正確には一千二百、飛んで二年と……百九十五日。
彼女が生まれ落ち、魔界を統一するまでに掛かった日数だ。
千年程掛けて自らの力を蓄えて備えてから、共に成長を遂げた幾人もの兄弟姉妹を葬り去り、そして我が主人の先代魔王を打ち倒し……今の地位に到達したのだが……
「……なぁ、その……おかしくないか?」
「何がでしょうか、魔王様」
傍仕えのニコロに訊ねると、動じる事無く訊ね返して来る。
「だってさぁ……見てみなさいよ、この状況!!」
「……あー、これですか……」
目の前に在るテレビ(先日やっとの思いで手に入れた舶来品)には、人間界に溢れる様々な嗜好品や贅沢品が映し出され、きらびやかな衣装を纏った女性が満面の笑みを浮かべながら、滔々と紹介される物品について惜しみ無い賛辞を送り続けていた。
反して玉座の間を見回せば……テレビ以外は身に余る程の巨大な玉座と、寒々しさすら覚える位に殺風景な石造りの室内に、申し訳程度の調度品。
その玉座の直ぐ脇に、安い作りの合板製テーブルと座椅子が二脚、その上にちょこんと座る魔王とニコロの二人が向かい合わせで腰掛けていて、延長コードが部屋の隅で、時折イビキを鳴らしながら寝返りする小さな体の雷獣(生後三年)の口へと差し込まれ、小さな火花を発しているだけ。
ちなみにアンテナ線は石造りの壁に小さな孔が空いていて、其処から無理矢理に設置した外の八木アンテナへと繋がっている感じである。ニコロが二日間ぶっ通しで努力した賜物だが……説明書も無いまま行ったにしては上出来と言うしかない。
そう思いながら、テーブルの座椅子にもたれ掛かりながら、軽く背伸びをした。
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「申し訳有りませんでした。今度、人間界に赴き、コードを隠蔽する目張りシールを手に入れて参りますので、それまでの辛抱を……」
「いやいやいやいや、そこじゃないでしょ!?」
ややキレかけながら、魔王(♀)は立ち上がると拳を握り締めて、天井を睨みながら迫力満点で吼えた!!
「どーして私が幾年も掛けて魔界を統一したのにぃぃ!!! ……その間にぃ……劣等でッ!! 且つ愚鈍ッ!! おまけに数でしか優る点の無いッ!! 最低な人間種共が……こんなにぃ……ッ!?」
「……お気持ちは察します。確かに我々は《武力》に秀で、《魔力》に優り、そして……種としては長寿で御座います。……しかし、そのせいで『生活環境』への配慮は……若干の隔たりが御座いました……多分、ですが」
「それだけでは無いわよッ!! 共通の通貨すら持たず、互いの足を引っ張り合う事しか考えない馬鹿ばかりだしぃ!! 見てみなさいよ、この差の付き方!! ……あー、ムカつくわぁ、ホント!!」
……魔王(♀)のキレる理由が痛い程に判るニコロは、暫く魔王(♀)がプンスカと怒るに任せつつ、魔界の現状を省みて溜め息を吐く。
魔界の統一までの道程の最中、魔王(♀)の優秀な副官ニコロは、人間への牽制を兼ねて人界へと赴いては具に観察し、その訳を精査していた。
理由は極めて簡単。
魔族達は基本的に強く長命で、各々の主義主張は互いの能力をぶつけ合えば大体事足りてしまうし、面倒で回りくどい話し合い等を好む者は「自らの願望を実現出来ない無能な奴」として弾かれて追放されてしまう。
対して人間達は多数優先でつまらぬ見栄や拘りを排斥し、余計な犠牲を出す戦争よりも外交や交易で平穏無事に問題解決を目指す。戦争は急速に起こらなくなり、人間界はかつて無い繁栄期を迎えていた。
つまり……力の強い魔族は互いに食い争って自らの世界を荒廃させ、逆に力の弱い人間は協力し合い自らの世界を繁栄させ、立場を逆転させていたのだった。
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……やがて、荒れ狂っていた魔王(♀)は静けさを取り戻し、ブツブツと呟きながらも大人しくテレビを見つめていた。
ニコロはそんな魔王(♀)の横顔を眺めつつ、先代魔王から仕え続けてきた我が身と、そしてまだ若き魔王(♀)のこれからを考えて、まだまだ問題は山積していると思い直す。
……彼女は、先代魔王の妾と副官を兼ねた存在だった。無論、ニコロの肉体と頭脳を欲した若き日の先代魔王に勝負を挑まれ、最初は片手で制しては未熟者よと嘲笑っていたのだが……次第に力を付けて成長した先代魔王に遂に負け、進んで我が身を差し出したのだ。力有る者が力無き者を蹂躙するのが魔族の慣習で、其処には複雑な恋愛感情など皆無だった。
だが……時代はやがて、転換期を迎え変化していくだろう。弱き人間が追い立てられて逃げ込んだ世界の端で、魔族に怯えながら暮らしていた時期は過ぎ、強過ぎたが故に孤立し共食いを繰り返し、自ら弱体化し始めた魔族を追い越し、今に至ったのだ。
しかも、現在の魔王(♀)は年こそ立派な成人にも拘らず、政はおろか駆け引きや謀も苦手、おまけに未だに男女の機微にすら疎く、ニコロから見れば【力しか無い脳筋魔王】でしかなかった。
(……私が先代から受け継いだ知識と聡明さは、いつかきっと現当主の貴女に御伝えいたしましょう……ただ、今はまだサナギなのだからきっと必ず……必ず、うん、たぶん何とかなるだろう。)
そう思いながら、ニコロは魔王(♀)を見ると、いつの間に寝入ったのかグースカと小さくイビキを立てて、合板テーブルに顔を押し付けヨダレを垂らしていた。
(……まだまだ力だけに頼る節もありますが、経験が増せばきっと……)
そう思いつつ、魔王(♀)の背中にタオルケットを掛けてやると、突然ガバッと起き上がり、魔王(♀)は一瞬だけ中空を見据えていたが、
「き、筋トレ忘れてたっぽい!!」
そう言うや否や、脱力感の塊のようなスウェットを着たまま、頭の後ろに手を組みテーブルの脇に立ちスクワットを始めるのだった。
……筋力だけで魔界の頂点に到達した魔王(♀)。御年千二百と二歳の彼女は……彼氏居ない歴→年齢、ついでに定職に就いた事も無いガチニート。
「……と、言う訳で、魔王様。やって来ました人間の国!!」
「……おーい?」
「さぁ、これから貴女様の人間世界で初☆生活が始まりますよ~♪」
「おいこら」
「では、早速参りましょう!!」
「って、聞けよマジで!!」
「……はい?」
「【……はい?】じゃねーっての!! まず何で人間の国に来てるんだよ!」
そう言う魔王(♀)は全身を【魔導の糸】でぐるぐる巻きにされたまま、器用にピョンピョンと跳ねながら傍らのニコロに言葉を荒げつつ問い質すのだが、
「……えっ? だって魔王様が『人間の世界と我々の魔界はどーしてこうも格差が広がったのか』と仰有いましたので、不肖ニコロ、僭越ながら飲み物に睡眠薬を投与して寝込んだ隙を狙って……連れて来たんですよ?」
まるで《自分から来たいって言っていたのに今更かよ……》と言いたげに、栗色の毛先を玩びながら答えるのみ。
「……じゃあ、何で簀巻き状態なんだよ!! これじゃ人間の国に来ても何も出来ないだろーが!!」
「……えっ? だって魔王様は『私は寝る時に身体に何か纏ってると熟睡出来ないんだ』とか女優じみた事を仰有いましたので、不肖ニコロ、僭越ながらぐるぐる巻きにして……運搬を手配したんですよ?」
そう答えるニコロの視線の先には【天地無用】と【割れ物注意】と銘打たれた札が貼り付けられたアムゾンの段ボールが開封されたまま捨てられていた。
「……うーん、やはり【精密部品在中】の方が快適に届けられたのでしょうか?」
「知るかそんなこと!! 何で私は荷物扱い確定なんだよ!!」
「まぁまぁ落ち着いて下さいませ。現にこうして無事に到着出来た訳ですし、それでヨシとしません?」
「しないっての!!」
どうやら自分が裸のままで荷造りされたのを今更ながら自覚したのか、身体の各所の肌(の縄)触りを確かめて納得したらしく、諦めた風に溜め息を吐きながら、
「……はぁ。まぁ細かい事は置いといて……これ、外してくんない?」
「……えっ? 魔王様、全裸で往来のど真ん中に降臨するおつもりなんですか!? 流石は魔王様!! 人間の常識なんて我関せずって訳なんですね!!」
「いやバカやめろコラ判ってボケとるだろマジで怒るかんな?」
「……ええぇ……冗談だったのにマジ切れとか意味判らないんですが……」
「おい」
そんなやり取りを道端で繰り広げつつ(荷物(魔王(♀))を集配所留めにした為)、
「まぁ、仰有る事は理解しておりますよ? やっぱり人間の国に訪れたならば、それなりの服装を着こなしてみたい……みたいな?」
そう言うニコロは如何にも『あ、一応それなりに仕事は出来るタイプなんですよ?』とでも言いたげなタイトなビジネススーツ(スカート派)である。
「……そーゆー格好はいいから、裸のままはイヤなだけなんだけど……」
そう呟く魔王(♀)に向かって、ニコロは残念そうにしつつ魔導を展開。身を拘束していた【魔導の糸】を変換して服装品へと変化させていく。
「……素直に最初からそーしなさいよ……全くもう」
黄色いチューブトップのキャミとタイトジーンズ。そしてやや厚底のスニーカーといった出で立ちの魔王(♀)は、くるりと廻り自らの姿を確認しつつ、
「……こ、これが人間の世界じゃ普通なのか? 《すぇっと》は外着にしてはいけないのか?」
「……まぁ、ダメじゃ有りませんが、人間の常識からすると自宅から一キロ圏内までが限界で、そこから一歩でもはみ出すと《やんきー》若しくは《サンダル部族》と称されるそうです」
「《サンダル部族》って強そうだな……」
「ただしキティちゃ○系のみしか装備出来ない呪いが定着しますが?」
「……やめとくわ」
そう言うと魔王(♀)は差し出されたリボンで髪を纏めて結わい付け、ポニテ魔王(♀)に変身した。能力に変化は無いが。
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「ところで、その魔王様って呼び方……何とかならんの?」
「あ、やはり気にしてましたか?」
二人は一先ずこれからの行動を決める為、近くのセルフレジタイプの何とか言う喫茶店(無論魔界には無い)に入り、何とかフラペチーノのトールだか何だかを購い、ずびびと啜りながら話していた。
片や燃え立つような鮮やかな赤い髪をポニーテールにした、涼やかな目元と長い睫毛に縁取られた大きな眼が印象的な美少女風で、
片や黒の伊達眼鏡に負けない凛々しく結い上げた黒髪と、赤い唇が悩ましい蠱惑的な魅力を肢体から容赦無く放射する無敵のキャリアウーマン風。
そんな二人が周囲の視線を集めつつ、作戦会議を繰り広げていたのだが……遂にニコロは肝心な事を切り出したのである。
「それではこれから魔王様の事は《真央》とお呼びして構いませんか?」
「……ニコロ、アンタって奴は……まぁ、別にいいけど……」
「でしたら、これからは私の事は《ニコ》と御呼びくださいませ」
「ん? 別に呼び方なんて気にする必要あるの?」
「ええ、一応此方ではそう名乗っておりますので、既成事実と準えておくのが最善かと思いますから」
言いながらハンドバッグを開き、小さなパスケースを取り出して真央に見せる。そこにはやや硬い表情で写されたスーツ姿のニコロと、許可区分に【大特】と明記された免許証が差し込まれていた。
「……何で大特(大型特殊車両)免許なの?」
「うーん、何と言うか……ギャップ萌え狙い?」
「普通免許取れよ……」
ずび、とマンゴー何とかを飲み終わりつつ呆れる真央だったが……一応普通免許も取ってありましたとさ。
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「……で、ここが人間世界でのセーフハウスって訳か……あ、冷蔵庫ある!」
「もう、勝手に開けないでくださいよ……ほら、直ぐ閉めないと冷気が逃げます!!」
ついつい開けてみる真央を、普通に窘めるニコ。因みに彼女の免許証上の名前は『埜々藻 弐子』である。
「……で、私はこれからどーしたらいいんだ? 華々しくテレビで活躍するアイドルか何かに成る……みたいな展開になるのか!?」
妙にキラキラな瞳で詰め寄る真央に、馬鹿を仰有いますなと言いたげなニコは片手を左右に振りつつ、
「何をどう拗らせたらそー言う短絡的な発想になるんですか? 見た目は確かに類い稀な美貌と容姿でいらっしゃいますが、そんなのこちら側には掃いて捨てる程居ますからね? (美容整形込みで)」
「……語尾に悪意が紛れてるけど、まーね……さっき街中を歩いて見たけど、確かに珍しくは無いのかも……ねぇ」
残念そうに呟く真央だが、そんな彼女にニコは任せなさいと言いたげに胸を張り、
「フッ……私は真央様の頼れる腹心ですよ? 安心安全且つ人間世界を満喫しつつ現地生活と現金収入を余裕で確保出来る方法は、たっぷりご用意してあります!!」
「うわぁ……ヒトを簀巻きにして拉致配送する鬼畜が言うと、此れ程信用度の低い言葉は無いわぁ……」
ドヤ顔のニコに、不安げな真央。果たして真央の運命は……そして、彼女(元魔王(♀))は正体をばらす事無く無事に魔界へと帰る事が出来るのか?
「魔界に帰る方法? 電車乗り継げば二時間ちょっとで帰れますけど?」
「……地味に近いんじゃね?」
結果次第で連載化しよーかなー?