革命宣言
それに気づいたのと、記憶の復活。どちらが先だったのかは思い出せない。
だけど、この閃きと記憶が戻ることがセットだったのは、確信を持って言える。
普段は仮説を立てたらすぐ試したくなる僕だけど、今すぐそれを試す作業に乗り出そうという気分にはなれなかった。
なにせ「前世の記憶」なんていう大きな大きなものが僕の脳内にぶち込まれたばかりなんだ。その衝撃は、あまりにも大きい。
ちょっと、ココロを落ちつける時間がほしい。僕はそう思った。
ようやく落ち着いた僕は、一旦アリシアと別れ、自らの家に帰る
そういえば、この世界って太陽や月のような天体があるけど、宇宙の全体像はどうなってるんだろうね。
この異世界特有の天文学も、どこかで研究されてるのかもしれない。それだって、コンピューターがあれば大きく進むのは間違いない。
「ミロ。おかえり」
僕のこの世界での母親、カルメンが出迎える。
この世界での父親ほどじゃないけど有名な魔術師で、女性にしてはかなり荒々しい性格。美人魔術師として名が高く、今の容姿も「少し老け顔の二十歳」と言われたら信じてしまいそうな、若々しい顔だ。なお実際の年は40手前。
普段はこの時間、母親は働きに出てるんだけど、今日はたまたま休みだった。
「ただいま……」
僕はこの世界での母親に告げる。
「どうした。いつもの明るい顔が真っ暗だぞ」
居間のテーブルに座る母さんは言う。あんなことがあったあとで、僕はとてもではないけど笑顔を見せられなかった。
「母さん」
「んー? どうした。ミロ」
「僕は、母さんの息子だよね」
「なに言ってんだ。当たり前だろ。なんだ? また孤児とか言われたのか?」
母さんの言う通り、僕は何度も「あの二人の子供ではないのではないか」と、心ない言葉を投げ掛けられてきた。
あれだけ優秀な魔術師夫婦の子供があの体たらくというのは、ミロは実子でない証だ。そんな風に言われ続けてきた。
けど、そうじゃない。今の僕の言葉は、そうではないんだ。
「もしも、もしもだよ。僕が生まれる前に、全く違う人だったとしても?」
あまりにもあからさますぎる質問。母さんは目を丸くする。
「よくわからんが、それでもだ。ミロとして生まれたお前がお前なら、今のお前は紛れもなくあたしとグリエルモの息子だ」
「そう、だよね。そう思っていいんだよね」
母さんはにっこり笑ってそういった。
「あたりめーだ。だからそんな不安そうな顔をすんな」
その言葉で、ようやく僕の心は晴れる。
前の世界の両親には申し訳ない話だ。僕は心のなかでごめんなさいを唱えた。
僕は階段を登って二階に上がり、父さんの使っていた部屋へと向かう。
僕は母さんと二人で、アリシアの家とは反対側の村外れに暮らしている。家は二人で使うには大きすぎて手に余るけど、父さんとの思い出の家を手放すことは考えてないようだった。
父さん。
伝説のウィザード・グリエルモ。
僕のこの世界での父親は、そう呼ばれていた。
グリエルモが入ればこの戦は勝ったも同然。
グリエルモさえいればクエストはクリアできる。
一人で龍退治などお手のもの。魔王だってひとひねり。
かつて僕 は、グリエルモの息子として多くの大人たちから期待を背負ってきた。僕も、父さんのようなすごいウィザードになりたくて、日々研鑽を重ねてきた。
無理だった。
こんなサラブレッドのような出自なのに、魔力は凡人未満。とてもじゃないけど戦闘なんてできない。
それが明るみに出ていくうちに、僕の周りからは、一人二人三人と、次々人が去っていく。それだけならまだいいけど、ひどい暴力や暴言をぶつけられることもあった。
そうして僕の周りに残って、庇ってくれたのは、母さんとアリシア一家と、その他一部の大人だけ。
「いつか成り上がってやるんだ、そんな野望も、忘れちゃってたよね」
なにしろ魔法に関しては何をやってもダメなのだ。ウィザードになりたいという気力など消え失せる。
だけど、ひょっとしたら、
「それは……、違ったのかもしれない」
僕がウィザードになる道、それはまだ残されていたのかもしれない。
僕は父さんの使っていた部屋に入る。
何年も前から変わらない部屋。最近では、掃除をしに来た母さんしかこの部屋には入ってない。
父さんの死後、掲げられた、有名な画家の描いた父さんの肖像画を見上げる。
その画は僕の背丈ほど大きい。広野に立つ一人の美丈夫が、杖を掲げて光を放つ。
神々しさすら感じる父さんの生きた証。それを胸に僕は生きてきた。
7年前の、ことだった。
父さんはいつもと同じくクエストに行くと言って、いつものと同じく朝御飯を食べて、いつもと同じく家を出た。
そして、
いつもと違って帰りはしなかった。
仲間を庇って、のことだったそうだ。
父さん一人でも倒せたような龍殺しのクエスト。それに助っ人として参加して、友を守るために死んだらしい。
死体は残らず、あったのはボロボロになった父さんの幼馴染みたちからの報告だった。
「俺のせいだ」、そのうち一人がいっていた。
だけど、僕と母さんは、とてもじゃないけどその人を責めることなどできなかった。
父さんが守ろうとした人を責めることなどできなかった。
この人たちは、自分達の生活も楽じゃないのに、今でも多額の資金援助をし続けてくれてる。母さんは自分も稼げてるからいいんだと言うけど、こうしないと罪悪感で狂いそうだからと返された。
「父さん」
僕は肖像画に向けて語る。
「僕は、この世界で最強の『ウィザード』になる」
決意を語る。
「父さんとは違う形で、僕は僕の力を成したい」
想いを語る。
ウィザード。
その言葉の意味は、「男の魔法使い」
だけど、僕の元いた世界では、別の意味もある。
卓越した技能を持つコンピューター技術者。
特に世界のITを押し進める開拓者につけられる称号だ。
その存在に僕は憧れ続けていた。
父さんのようなウィザードになりたかった僕。なれなかった僕。
一生なれないと思ってた。諦めてた。
だけど、その考えは違ったんだ。
かつて望んでいた形とは違うけど、僕だって最強の『ウィザード』になれるって、そう気がついたんだ。
よくよく考えると、ややこしいね。広く使われてるウィザードと意味が違う。なにか区別をつけたいところだ。
電脳ウィザード。
僕の頭のなかに、そんな言葉が浮かびあがった。
「かっこいい響きだ」
僕は自画自賛する。
電脳とは、中国語でのコンピューターの呼称。この異世界でコンピューターを作ろうとしている僕が目指すものとして、ふさわしい。
「僕は電脳ウィザードになる!」
父さんの肖像、その真前。僕は高らかにそう宣言した。