アリシアの想い
工房にて。僕らはオスカルさんのことについて話をする。
「ミロは、やっぱり、王都に行きたい?」
暫し迷って、僕はうなずく。
またとないチャンスだ。王都に行けば、僕の野望は一気に進むことに疑いようはない。
「だけど、アリシアが辛いなら、僕は断るつもり」
「そんな……。それじゃあミロのやりたいことは」
「この村にいたって、僕のやりたいことはちゃんとできるよ。もちろん、王都に行った方が早いのは間違いないけどね」
だけども、言ってしまえば、王都に行くメリットはそれだけだ。
「けど、僕にはアリシアが健康でいることが大事。毎晩泣いちゃうようなら、事業への悪影響は計り知れないし、なにより僕個人的な問題として、そんなアリシアを見るのは辛い」
アリシアはかわいい。
特に笑顔がかわいい。
泣き顔はあまりかわいくない。
僕にとって大切なのは、そこなんだ。
「だから、僕は友達としても、事業のパートナーとしても、君が笑顔でいられることのほうが大事だと思ってる」
この言葉は、紛れもない本心だった。
「友達……」
アリシアが少し怪訝な顔をする。
なんか不味いこと言っちゃったかな。
「どうかしたの?」
「ううん。なんでもない。私なら大丈夫だから、一緒に王都に行こ?」
僕は迷った。
王都には行きたいけど、アリシアに無理させてまで行く価値はない。
「わかった。だけど、辛くなったらすぐに僕に言ってね? それだけは約束」
「……ありがとう」
アリシアは僕の目を見つめて、頷いた。
~アリシアside~
ミロが帰ったあと、私は販売用の電卓を作る手を止めて、はあと溜め息をついた。
「ミロに心配かけちゃったなあ……」
幼馴染のミロには、私が昔にお婆ちゃんの読み書き計算教室のお泊まり会で泣いちゃったことを知られてる。
さすがにあの頃よりはましになったけど、長い間村を離れるのは不安なのも確か。
ミロと一緒だから大丈夫だと思いたいけど、もしものことがあったらミロにすごく迷惑がかかっちゃう。
ミロはずっとこの村で、多くの村人に虐げられて生きてきた。
ミロ自身が認識しているよりも、ずっとずっとひどいことを言われて、ひどい目を向けられてきた。
苦しむミロに、私はなにもしてあげられなかった。
そんなミロが、初めて気力をもってなにかをやりたいと言った。
あんなにやる気に満ちたミロを見るのははじめてだった。
しかも、
「私を頼ってくれるんだもん……」
『この電脳革命は、僕と君の二人でしかできない。どちらか片方でも欠けたら成立しない』
これはいつぞやのミロの言葉だ。
嬉しかった。
ミロが私を頼ってくれるのが、嬉しかった。
ミロのために私が大いに貢献できることが存在した、という事実が嬉しかった。
ミロの言う話、計算の話はともかく、条件分岐だとかメモリだとか主記憶装置だとか生成規則だとかチューリングマシンだとか、そんな言葉はすごくすごく難しかったけど、ミロの力になれるならと頑張って理解した。
そんな私たちの頑張りは実を結んで、ほんの10日ほどで、王様から高待遇で呼び出されるほどになった。
だけど私のせいで、ミロはこのチャンスに挑むのを躊躇ってる。
それが、悲しくて、悲しくて、私は自分を責める。
「アリシア。まだやっていたのか」
お父さんが工房の扉をあけて、中に入りながら言う。
「母さんから聞いたぞ。ミロくんと二人で王都に行くか迷ってるんだろう?」
「うん……」
「何を迷うことがある。お前の大好きなミロくんと一緒なんだぞ? 怖いものなんてないだろう」
「…………」
私はなにも言い返せなかった。
「お父さん」
「なんだ?」
「もしも、もしもだよ? ミロと一緒に王都に行って、私がどうしても耐えられなかったら、ミロをがっかりさせちゃう」
お父さんはきょとんとした顔で私を見た。
「何を言うか。あのグリエルモさんとカルメンさんの息子なのだぞ? ミロくん自身のことも、アリシアと同じくらいの年月見てきたワシにはわかる。彼は、そんなことでヘソを曲げる男ではない。女のような見た目ではあるがな」
私はつい吹き出してしまう。ミロのとてもかわいい見た目は、私の好きなポイントのひとつだ。
「アリシアのためなら、喜んで村に戻って夢の続きを追うだろう」
「そう、だよね……」
確かにそうだ。ミロはそういう人だと私は思う。
「無論、アリシアが乗り越えて王都でことを成すのが最善だが、そうでなくてもわしと母さんはお前の帰りを歓迎する。いつでも戻ってきていいんだ。だから、心配するな!」
お父さんは私の背中をばんっと叩く。
「お父さん。……ありがとう」
お陰で、迷いが晴れた。
そんな気がした。
私は家を飛び出して、すっかり陽の沈んだ村を駆けた。
運動は苦手だけど、それでも一心不乱に走った。
早くミロに会いたくて。
早くこの言葉を伝えたくて。
「ミロ!」
ミロの家の前。私は精一杯の大声で叫ぶ。
二階の木でできた窓が開いて、私の大好きな人が顔を出す。
「アリシア……。どうしたの?」
ミロの眼下。私は力の限り叫んだ。
「私、もう大丈夫だから! 心配しないで! 一緒に王都行こ! 今からオスカルさんに報告しにいこうよ!」
さっきとは違う、心の底からの叫び。
やっぱり私はミロと一緒に戦いたい。
ミロと一緒に電脳革命を起こしたい。
ミロの見る景色、電脳ウィザードだけが辿り着ける光景を、一緒にみていきたい。
そのための協力は、私はもう惜しまない。
「ミロ! 大好きだよ!」
どさくさ紛れに私は、ほんとの本音を大声で晒した。
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