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電脳ウィザードの野望

 ちょ、ちょっと、なんでアリシアが僕のとなりに!?


 アリシアは少し薄目を開けて、そしてすぐに閉じる。

 今アリシアの胸を揉んでいる状況が非常に不味いと気づいた僕は、もう一度布団を被って寝たふりをした。

 背中を向けて、うずくまる。はち切れそうなほどの鼓動がアリシアに聞こえてしまうんじゃないかという不安に襲われる。


「ふぁあああ」


 欠伸。そのままアリシアは、後ろから僕に抱きついてきた。


「……………っ!!!?」


 アリシアの大きな胸が、後ろから思いきり僕の背中に押し付けられているのが、見なくてもわかる。

 鼓動がさらに高なり胸が苦しい。このまま僕は死んでしまうのではなかろうか、という不安に襲われる。


「ふぁぁああぁぁ…………。……。……。え?」


 突如、アリシアの呻きに生気が宿る。

 僕の背中にどんっと衝撃。


「きゃああ!!! な、なんでミロが!?」


 アリシアは大慌てでベッドを飛び出す。

 なんか昨日もこんなラブコメ的てんやわんやした気がするんだけど!?


「こっちの台詞だよ! なんで僕とアリシアが一緒に寝てるの!?」


 パニックに陥る僕ら。大騒ぎしていると、「どうした」とティモンドさんが部屋に入ってきた。


「お父さん!? お父さんなの!? こんなことしたのは!」

「いや、手すら繋がないお前らがあまりにもどかしいんでな? ちょうど工房で二人が寝ていたから、同じベッドにいれといたんだ」


 僕はようやくいまの状況を理解した。


 ここはアリシアの家の二階だ。昨夜、というか今朝、高性能化した電卓を完成させた僕らは、疲労のあまり工房で意識を失った。

 そしてティモンドさんが僕らを二階の部屋に運んできて、一緒のベッドに寝かせたんだ。


 なんてことをしてくれたんだ。心臓に悪すぎる。まだ苦しいほどの鼓動が収まらない。


「早く先に進まんか。若い時間は長くはないぞ。青春せんか! アリシア、どこいくんだ」

「無理! ミロと同じ部屋いられない! だって、だって!」

「ああ、いつぞやの熊のぬいぐるみのときように、ミロくんに抱き着いてしまったのだな。そんなに抱き着きたいなら直接お願いすればいいだろう。ミロくんだって満更ではないはずだ」

「ティモンドさん!? 何言ってるんですか!?」

「まったくお前らは。わしがこれだけ取り計らってやっても手出しせんのか。呆れるわ」

「「呆れるのはあなた(お父さん)です!(だよ!)」」


 僕とアリシアの心の叫びが重なった。





「もう……っ。お父さんったらほんとに……」


 父親への文句を垂れるアリシア。

 ここは村の集会場の一室。パメラさんがいつも子供たちへの授業を行っている教室だ。僕らもここで、パメラさんから読み書き計算を教わった。


 ティモンドさんへの不満という形で僕らは団結。とりあえず、寝起きのときの、あの気まずい雰囲気はどこか遠くへ飛び去ってくれた。


「いよいよ、本格的にパソコンを作っていきたい」


 黒板の前、僕はそう告げる。


 200万Gを超えるこれまでの売り上げ。これは僕の予想を遥かに上回る。今後の活動資金としては十分すぎる。


 そしてこれまで作った計算機構の数々。そしてそれらを統べる装置の数々。これらがあれば、十分パソコンを作っていくことができる。 


 まずはBASICという、僕のいた世界でコンピューターの黎明期に作られた、名前の通りかなり簡素なプログラミング言語をさらに簡易化した言語を作り、これを書けるコンピューターを作りたい。


 計算時間や外部通信、まだまだ問題は山積みだけど、それなりに勝算があるのも確かだ。


「もっと高価な材料……、魔力石だっけ? を使えば、もっと早く計算できる。そうアリシアは言ってたよね?」

「うん。全体に必要なわけじゃなくて、要所要所で使っていけば、それだけでだいぶ早くなると思う」


 僕の元いた世界でも、パソコンやスマホには、一部レアメタルと呼ばれる数々の貴金属が使われていた。概ねあれと似た話だと思えば、まあ間違いないだろうと僕は思う。

 そして今、僕らの手元には、ある程度高価な材料を揃えられるだけの金はある。


 通信についてはもっと簡単だ。電波などの無線はまだ難しいだろうけど、アリシアの過去作品に通信に近い役割を果たす道具はあった。要はこれの応用でいい。


「危険報知器、だっけ」


 確か防具なんかに装備する道具で、近くの仲間に自らの危険を教えるらしい。やってることは、通信そのものだ。


「これを応用すれば、メール――遠くの人とコンピューター上での手紙のやり取りもできそうだね」

「えっと……、その、遠くの人と文字のやり取りする道具は、私も考えて作ってみたことあるんだけど、けっこう文字が狂っちゃったりして、難しいと思う」


 アリシアは恐る恐るといった様子で言う。 


「いや、大丈夫なんだ。アリシア」


 2年ほど前だったね。その制作は僕も見ていたからわかるけど、アリシアはアナログで文面を送ろうとしたから失敗したんだ。 

 僕らの武器はデジタル。デジタルの最大の利点は、ノイズに強いということだ。


「これについては、おいおい解説するよ」


 ともかく、かなり未来の展望を作ることができた。

 僕の電脳革命の構想は、ある一定のところまで道筋が見えたことになる。


 無論、パソコンを作って、簡易的なインターネットを作って、それができたとしても、所詮は通過点でしかない。僕の野望は、もっともっと先のところにある。

 大規模な工業生産や人工知能の制作、都市開発や宇宙開拓だって、この僕らの作るコンピューターがあれば、きっとやっていける。

 けどそれで満足はしない。したくない。


 ここまでは、僕の元居た世界の後追いでしかない。まだ、過去の天才たちの偉業のおこぼれで活躍しているに過ぎない。


 


「僕は、この世界のITの水準を、僕がいた世界のもの以上にする。してみせる」




 それが、僕の野望。

 それが、僕の目指す場所。その最終到達点だ。

 令和の日本と世界。あの世界を上回るレベルのコンピューター技術を、この世界で作り出す。あの世界の住民ができなかったことを、僕はやってみせる。


「電脳ウィザードの革命、ここからが本気だ」


 僕は、「僕がいた世界……?」と頭上にはてなを浮かべるアリシアの前で、決意を込めてそう宣言した。

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