第1部 9話 『決闘の決着とお風呂のお披露目会』
立ち上がりは静かに始まった。
ジリジリと周りながら、相手の出方を伺っている。
その中でも漂っているのは、お互いのタイプだろう。カバラは攻める気満々であるし、逆にオンヤは相手を誘っている。
「噛み合っている感じはするな」
俺は横に立つアンリエルに話しかける。
「アンリエルはどっちが勝つと思う」
流石アンリエルは戦乙女である。戦闘を見つめる視線は鋭い。
「五分五分だな……」
「マジか?」
俺は素直に驚いた。あの戦闘の際、オンヤは本当に強かった。逆に言えば、カバラにオンヤ程の脅威は感じなかったのだ。
ゴブザの脇腹を刺した時も、背後からアンリエルを襲った時も、自らは矢面に立たず、敵を背後から攻撃をする卑怯者と言う印象しかない。
「オンヤと言う男は精神汚染により、限界を超えた力を引き出されていた。それを抜かせば、より実践的な力を持っているのはあのカバラと言う男だとワタシには思える」
「カバラの方が強いのか?」
「僅かな差だろうがな」
不味い。
オンヤの方が強いって思ってたんだが……更に分が悪くなったのか。
いや、関係ない。
俺はオンヤの意気と意地を買ったんだ。
命をかけて晴らしたい思いがあるんだろう? その思いを見せたい娘がいるんだろう? しくじるんじゃねぇぞ……。
静かな立ち上がりから、ここから戦闘は激化していく。
「オラオラオラ! 亀みたいに首を縮めて殻に閉じ篭ってねぇで、ちったぁ攻撃して来い。間抜けが!」
「黙れ! 俺には俺の戦い方がある」
「黙るか、馬鹿! てめぇは、『俺の戦い方』なんて、上等な事を言っていやがるから、自分の主を失う様な羽目になるんだよ!」
「貴様!」
「そうだ! 来やがれ。俺を殺してみろ! オンヤ!」
挑発を繰り返し、剣を繰り出すカバラに改めて、殺意が芽生える。
それと同時に、オンヤの脳裏に過去の映像がよぎっていた。
それはメイシャを逃し、王妃ラターニャと共に囮をつとめた時のことだ。ラターニャを背後に守りながら剣を振るい、周囲では次々と仲間たちが討たれていく。
群がる敵の奥に、ウェスティン・ラパーザの勝ち誇った、ニヤケた顔を見ていた。見る事は出来ても手の届かぬ敵将に心奪われながらも、直接剣を交えていた男、それがカバラだった。
あの時もこうだった。挑発を繰り返され、繰り出される攻撃に、心が散々に乱れた。
背後にいるラターニャと、命を落としていく仲間達を、少しでも少しでも、助けたくて下した結論が投降だった。
だと、言うのに!
「貴様らはぁっ!」
アンリエルの浄化を受けた際に、封印されていた記憶が蘇って来たのだ。
驚いた人々の顔、何故、何故、何故なのか? 何故、お前は自分を殺すのか? そんな顔をして、友が部下達が死んで行く。
俺は、その時に何も、本当に何も感じていなかった。手にした剣から伝わる手応えが、今もオンヤの記憶にこびりついて離れない。
そして、俺は……ラターニャ様に剣を向けたのだ。
あのお優しかった王妃様は全てをわかっていた。自分が死ぬ事も、それを行うであろうオンヤが操られている事も。
あの方は、いずれオンヤが、その事で自分自身を責め抜く事もわかっていらっしゃったのだ! でなければ、あの様な……あの様な笑顔を最後に自分に向けてくれた訳はないのだ!
自分は今の今まで、それを忘れていた。いや、思い出せずにいたのだ。
今、正に、自分が手を下す直前の王妃の姿が、オンヤの脳裏に鮮やかに映し出されていた。
『いいのですよ、オンヤ。貴方は貴方の成すべき事をしたのです。どうかあの娘を頼みます。メイシャの事を、私は貴方に託します……』
「ううおおぉっっっ!!!」
「どうしたどうした、急に吠えやがって。ワンワンワンっー!」
「カバラっ!!」
オンヤの肩が切り裂かれ血が流れる。だが、その分踏み込んだ一撃が、カバラの懐をえぐる。
流れた血の量は少量だ。
だが、その事実がカバラに与えた影響は大きかった。
「オンヤ、てめぇ……」
低い恫喝から、剣の軌道が変わる。
浮わついて隙の多かった剣運びが、無駄の無い鋭い物に変わっていく。
これだ。オンヤはこれを待っていたのだ。
こうなった状態のカバラは一流の剣士だった。あの時もその片鱗をオンヤは感じていた。
俺はこの状態のこの男に勝つ必要があるのだ。
この男の力、その全てを否定してやる!
激しい後悔がある。あの時、自分は決死の思いでこの男を撃破すべきだった。斬って斬って斬りまくれば、あの憎きウェスティンに傷の一つも残せたのかもしれないのだ。
再びオンヤは引き気味のポジションに移動し、カバラの攻撃をしのいでいく。
「あの時の恨み晴らさせて貰う」
ここだ!
カバラの才を、オンヤが上回った瞬間だった。極度の集中と、失われた人々への思いが、オンヤに力を与えた。少なくとも、オンヤはそうだと信じた。
踏み込んだカバラの動きに、オンヤは上手く剣を合わせることに成功した。カバラの一撃はオンヤの頬を深くえぐったが、オンヤの突きは真っ直ぐに吸い込まれる様にカバラの心臓をえぐったのだった。
「え?」
漏れた吐息の様な、驚きのため息の様な、間の抜けた声が、カバラの発した最後の声となった。
「王妃様……」
オンヤは呟いた。
笑顔のラターニャの姿を思い出せたのは戦闘中だった。何故、自分は今の今まで、王妃の最後の笑顔と、最後の言葉を忘れてしまっていたのか、オンヤにはわからなかった。
カバラを討ち果たしたオンヤはその言葉を取り戻したのだ。
メイシャを頼む。
確かにオンヤはそう、ラターニャに託されていたのだ。
「俺の勝ちだ」
オンヤは高々と右腕を掲げた。
それは失われてしまった人々に捧げる、オンヤに取っては祈りにも似た行為であった。
その後、オンヤは突き入れられた剣を引き抜き、カバラの腰につけられていた重力発生装置を取り除いた。
カバラの体はフワリとビルの外壁から浮き上がり、漂っていく。血の塊が玉になってその周囲を巡る。
そうしてカバラの体は、この宇宙のどこまでも漂っていく筈だった。
決闘はここに決着したのだった。
カッポーーーーン!!
うぉい、漫画音だ。漫画音。
え? 漫画音って何かって? いや俺が個人的にそう呼んでるだけ。漫画とかアニメとか決められた場面で流れる音ってあるじゃん? それを総称して漫画音と名付けているのである。
カッポーーーーン!!
これこれこれ!
風呂の場面とかだと必ず流れる音の奴やー! それが俺のビルの公衆浴場で聞けるとは!!!
感動した。
だがしかし、謎の音である。
何の音なんだろうな?
立ち昇る湯気の向こう、周囲の奥の奥まで見渡すが『ししおどし』なんかないぞ。そもそも露天風呂じゃねぇんだから、鳥獣避けは必要あるまい。
謎である。
素敵な漫画音なのだから、放置で良し。うむうむ。
「こうして、他者と裸で湯に入るのも、中々趣があるものですな」
「ゴブッ!」
真田丸が渋い感想を述べて、それに答えたのはゴブザである。
本日の風呂のお披露目会は全員強制参加であるので、この場には男連中全員が揃っている。
因みに女子達の部は、後にしたので、今は女子チームが見張り等を務めている。
今、この場には俺と、真田丸、ゴブザ、マキシム、オンヤがいる。オンヤは無理矢理引っ張って来たんだが。
聞いて驚け、お前ら! 何とゴブツは女の子だったのだ。ゴブゴブ言いやがって、ちっともわからなかったぜ。
『守さん、あっしの事忘れてないでやすか?』
忘れてた。
でも、お前は多分、好きな方入って大丈夫だぞ。
女子達も怒るまい。
『あっしは、立派なポンポコタヌキでやす』
それ、性別、なんだよ……。
「なんだ、オンヤ暗いぞ。折角今日は勝負に勝ったんだ。もっと、楽しそうな顔しろよ」
っと、俺は手で水鉄砲を作って、オンヤに飛ばす。仏頂面のおっさんは、顔に水がかかって如何にも迷惑そうだ。
「お前は……俺が今、どんな気持ちで……」
「おぉ! 大将。それどうやってやるんでぇ?」
「いいか? こうやって、手を重ねて中に水を入れるんよ」
「人の話を聞け!」
ざばぁっと水飛沫をあげながら、オンヤが立ち上がる。
因みに湯船でタオルは禁止にしているので、股間フリーである。何となく、みんなの視線がオンヤに向かう。
おおーっとため息をついたのは、俺やマキシムである。何故か、ゴブザと真田丸は鼻で笑っている。
マジ?
その様子を見て毒気が抜かれたのか、オンヤはヘナヘナと再度湯船に戻っていく。
「ニシシ」
「貴様と話していると調子が狂うわ」
俺はオンヤに背を向けたが、小さくこう呟いた。
「一区切りはついたんじゃねぇのか?」
「……まあな」
「なら、良かったじゃねぇか」
折角のむさ苦しい野郎だけの集いなのである。こーんな男臭いやり取りが、あってもいいんじゃないかと思うよ。
ワタシの名はアンリエル。
誇り高き戦乙女が一人。
何の因果か知らないが、貧相なマスターに呼び出されて絶賛辟易している真っ最中なのである。あの男は体を鍛えている様にも見えないし、頭も良さそうには見えない。
全く。
優美で優雅で、力のあるこのワタシのマスターには相応しくない。
困ったものだ。
まぁ、この風呂とか言う物とかを思いついたり、周りの者達から信頼されていたりとか、み、み、み、見所がないわけではないがな。
しかし、熱い湯は気持ちがいいのだが、この状況は一体何なのだろうか……。先程から、一人の幼女が真正面からじっーとワタシの胸を見ているのだ。
「おおー」
目をキラキラ輝かせて、そして真っ直ぐに視線を合わせてこう言った。
「大きいのです!」
そうだろうか?
自分では普通だと思うのだが……。
幼い子供に無粋な真似をするのも酷だろう。ワタシはふふんと鼻を鳴らして言ってやる。
「まぁな! ワタシだからな!」
「ラシュリー、凄いですよ。ワチもラシュリーも、将来的にこうなるです?」
「失礼よ、ワチ。あんまりジロジロ見ないの!」
「ゴブッ! ゴブッ!」
……ゴブリンが平泳ぎをしている。
ワタシは苦笑する。
何と呑気で平和な世界である事か。
みな楽しそうである。
これもあの男のお陰なのだろうか? わからない。だが、そうだとしても百歩譲ってもワタシがあの様な軟弱な男を認める事はないだろうがな!
ん、そう言えば、この娘だけは、心から笑っているのを見た事がないな……。
「おい、娘?」
「何? アンリエルさん。ワタシはメイ……ラシュリーよ」
名前を言い間違えるとは、何か複雑な事情があるらしい。
「それはすまぬ。まだワタシは呼び出されて間もないのでな。名前を覚え切れていないのだ、許せ」
「……いいわ。それで何か用かしら?」
「お主、今日の決闘を見て、少しは笑える様になったのか?」
「……何それ」
「あのオンヤと言う男は、今回自身の為に剣を振るったのではないぞ。ならば、誰の為だったのかと言う話だ。届かぬ思いで、剣士が命を賭けるなど酷く悲しいではないか?」
「知らない……わ」
ラシュリーと言う娘の顔に、葛藤が見える。ワタシには、それは良い兆候に見えた。
葛藤があると言う事は、あの決闘が何がしかの影響をこの娘に与えたと言うことだからな。
「あの男はお主の為に戦ったとワタシは思うぞ。少なくとも、それだけは覚えておいて欲しいものじゃな」
「……」
ラシュリーは答えなかった。
だが、ワタシの言葉を、ちゃんと聞いていたのは顔を見ていればわかる。素直そうな良い娘だ。ワタシは自然と笑みが零れる自分に気づいていた。
「アンリエル! おっぱい触ってよいです?」
「ワチ! 色々と台無しだぞ、それは!」
このビルの連中は本当に面白いが、度し難いと思った瞬間だった。
湯冷ましがてら、廊下を歩いていると、風呂帰りのアンリエルとすれ違った。
例のセクシー女教師みたいな格好してました。
すれ違う瞬間、アンリエルは、得意げにふふんと鼻を鳴らして去って行きました。
ちょろいと思ったし、これは良いもんだなぁとしみじみ思いました。
今夜は良く眠れそうです、まる。
◻︎現在のオーナー状況
職業:駆け出しビルオーナー。
オーナーポイント :860ポイント
配下:幼女1、タヌキ1、老エルフ1、ムキムキドワーフ1、ゴブ2(内ゴブリンリーダー1)、ビキニアーマー1。
ビルサイズ:3フロア。小さめ。
備考:アナタは道を決める前に、ひとっ風呂浴びている。