第1部 8話 『初の設備設置と決闘志願』
オーナーポイントの使用可能欄で、こんな物を発見した。
それは、ビル設備欄の中にある『公衆浴場設置 2000ポイント』である。
発見した時に、一目で、これだと思ったんだよな。これこそ、俺の求めていた、みんなの為になるポイントの使い方であるし、今後の俺の計画の事を考えても非常に都合が良い項目であった。
しかし、ビル経営で公衆浴場ってあるか? テナント経営とかも意識してるのか?
謎である。
それにしても、ゴブリンの棍棒60ポイントに対して、公衆浴場2000ポイントか……。
ここで、前々から疑問に思っていたポイント制度について、少しだけ考察を述べたいと思う。
ゴブリン100ポイントに対して、棍棒60ポイントはどう考えてもおかしい。
ゴブリンの価値とは……ですよ。
また、結構頻繁に使用する事になったロープは8ポイントであるし、カレーライスはなんと13ポイントである。
いいですか! そこの貴方。ちょっと今日のカレーを我慢すれば、いずれ素敵なゴブリンちゃんが買えちゃうんです。
なーんて、怪しい通販番組みたいな事になってしまうわけだ。
ここで一つの仮説が成り立つ。
ビル関連の設備や施設、呼び出せる人物など、ポイントでしか入手出来ない物こそ、適正なポイント価格が設定されているのではないだろうか。
つまり、単純に言って物や食べ物など、他で手に入るものをポイントで入手すると損をする。それもかなり大きい幅で損をするのではないだろうか? と言う仮説である。
この仮説が正しいとすると、導き出される結論は一つ。
それはポイント入手の難しさ、である。
実はラシュリーがビルにやって来てから、ある日、それまでビタイチ増えていなかったポイントが、1ポイントだけ増えた事がある。
たかが1ポイント、されど1ポイントである。ラシュリーがビルを利用した扱いと見なされた事は容易に察する事が出来た。
が、それから数日。待てど暮らせどポイントは一向に増えない。
利用ポイントとは、実は来店ポイントの様なものなのかもしれないと気がついた。来客がビルに来て、ビルを利用してやっと1ポイントなのだ。
そうだとすると、次にこの人物からポイントを得られるのは、翌日なのか、一週間後なのか、一ヶ月、はたまた一年後なのか? 何にしろ待たなければならないと推測される。
その期間の更新がなされるまで、その人物からポイントは加算されないのだろう。
少なくとも俺は既に十日以上、ラシュリーと一緒にいる筈だが、ポイントはそれでも増えていない。この時点で更新タイミングは翌日だったり、一週間だったり、その辺りの区切りの線は消える。
一人からたった1ポイント、それも一ヶ月或いは数ヶ月、はたまた年単位更新だとすると、ポイントの価値は天井知らずに高まる。カレーライスに13ポイントも払っている場合ではないのである。
「タヌキチ、改めて聞くが、ポイントってどーやったら増えるんだ?」
『タヌキチも、ビルを使ったら増える、ってぇくらいしか情報を持ってないでやすねぇ』
使えねータヌキなのである。
そう。
自身の推察やら無能ダヌキの発言や何やらを考えて、俺はこれからは、人材獲得やビルの成長にだけ、ポイントを使う様に方針転換を図りたいと思っていたのだ。
そう言う意味で言うと、今回の2000ポイントを風呂に使うのは決して無駄じゃあない。
ビル設備だからな! しかも、裏の狙いも勿論あるのだ。
深慮遠謀なのだよ。フハハハ!
因みに休日は終了し、今日はその翌日でバリバリ平日ブラックである。休みは休みで、キッチリ休むのだ。当然である。ゆくゆくは俺のビルはホワイト企業になる予定なのだから。
「てな訳で、行くぞ。タヌキチ! 出でよ、公衆浴場!」
『ぽーん!』
タヌキチの奴もだいぶ、ノリが良くなって来たなぁ。掛け声と共に、空中で一回転するくらいはして見せるのである。楽しそうで、大変結構。
すると設置場所に予定していた、大部屋の外観が一気に変化した。
暖簾が下がっており、『男』、『女』の文字が見える。
『混浴』無し! がっかりである!
いずれ家族風呂とかポイントで出来ないかなーなんて、下衆な考えに捕らわれかけるが意識を元に戻す。
そもそも俺がオーナーなんだから、暖簾を『混浴』に書き換えれば済む話だが、今はやらない。
今はやらないのだ。
とは言え、全員が利用出来る大きな風呂の完成である。これでもうワチの管理人室に併設された、ちんまい風呂を利用しなくていいのはありがたい。
でかい風呂にみんな好きなだけ入れるのだ。くー、俺ってば、いい事しちゃうじゃんねー! ナイス、オーナー!!
と、喜びを噛み締めていたのだが、ふと背後に人の気配がして振り返ると、そこにはオンヤが立っていた。
「少し、話をしたいのだが、いいだろうか?」
「構わない。つまらない話だったら、つまんねーってはっきり言っちゃうけど、それでも良ければな!」
思いっきり挑発モードの俺に、オンヤは少しだけ顔を歪めた。全体的に渋すぎる、苦悩が似合い過ぎる顔立ちなので、少しの間気がつかなかったが、ひょっとしたら今こいつ苦笑したのかな?
「無茶苦茶な奴だな、お前は」
「俺は無茶苦茶じゃない。言いたい事を、言いたい様に言ってるだけだ」
「それが無茶苦茶なんだ」
オンヤはここで表情を改めた。
鋭い眼光が肌に刺さる。
「頼みがある」
オンヤの頼み事、その内容を俺は聞いた。
それはいささか以上、完全に血生臭い物だったが、結果として、俺はこの頼みを聞き届ける事にするのだった。
「エアーマスクオン、重力制御オン」
前に進む……か。
今のオンヤには眩しすぎる言葉だった。
自分のした事を恐れ、主人とは言え、年端もいかない少女の視線を恐れた自分に、果たして前に進む事が出来るのか、オンヤにはわからない。
自分の手は血塗れだ。
あの青年に怒鳴りつけられ、自分がどうすべきなのか考えた。考えはぐるぐると巡るが、未だに答えは見つかっていない。
永遠に見つからないのではないかとも思う。
重力制御に導かれ、体に加重を感じると、外壁が近づいてくる。
やはり不思議なビルだな、こいつは。
そうしてオンヤはここにやって来た時と同様に、外壁に着地した。
自分がこれからどうしていけばいいのか、どうやって償っていけばいいのか、それはわからない。
だが、今自分が前に進む。進めるのだと仮定した場合、どうしても決着をつけておかなければならない事がある。
着地した先で、未だ手足を拘束されている人物がオンヤを待っていた。
エアーマスクの下でも、顔を歪めて嫌らしく笑っているのは想像がついた。
視線がオンヤに絡みついて来る。
「待ってたぜぇ、オンヤ」
「カバラ……」
そう。
不思議なビルの外壁で、オンヤを待ち構えていたのは、宇宙海賊ウェスティン・ラパーザの右腕たるカバラであった。
カバラを拘束しているロープを握っているのは、アンリエルである。ビキニアーマーを装備して完全臨戦態勢だ。
今、俺が持っている戦力で、カバラに確実に勝てるのは正直、アンリエルだけだ。だから、この人選は当然であった。
オンヤの頼みとは、何だったのか?
それはカバラとの一騎打ちであった。負けた者の死を代償とする、命を賭けた決闘である。
正直言って、純粋な利益的な意味で言えば、この決闘、行わせる意味はない。むしろ収支で言えばマイナスになる可能性が高いと俺は見ている。
カバラにはウェスティンに対して、人質としての価値がある。いや、正確にはあるだろう、だ。
ウェスティンはカバラを上回る残忍な男らしいからな。平気でカバラを見捨てる可能性も高そうだ。ウェスティンがどう出るかはわからないが、オンヤが勝てばカバラは死に、人質云々の話が無くなる事だけは間違いない。
オンヤが勝てばまだいい。収支はプラスにならずとも、マイナスになる事はないだろう。人質の話が消えるだけだ。
問題は、オンヤが負ける。つまり、カバラが勝利した場合だ。
この決闘の話を持ちかけると、カバラは自分が勝利した場合は、無条件で自身を解放する事を要求して来た。受けなければ、自分は決闘など希望しない。首でもなんでも、切り落とせばいいとまで言った。
オンヤが望んだ決闘を自分にさせるなら、自分の要求を聞け。そう言う脅しを平気でかけて来る男なのだ。
いずれはラシュリーを支えてくれると、密かに期待しているオンヤを失い、人質として価値があるカバラには逃げれられる。
まんまと逃げおおせたカバラはウェスティンを連れて来るだろう。それは間違いない。
オンヤが負ければ、俺には、最悪の二文字が突きつけられる事になる。
約束破りをして、再びカバラを拘束する……などと言う後味の悪過ぎる選択肢を選ばないといけないかも知れない。だが、それをしなければ、俺はみんなをとんでもないピンチに追い込む事になる。
嫌な二択だ。
はっきり言って、今の時点で俺はこの件をどうするか決めていない。だから、総合的に見た場合、分の悪い決闘であると言えるのだ。
だが、俺はやらせる事を選んだ。
例え、危険であっても、この事がオンヤ・ザグレブと言う男を立ち直らせるきっかけになるに違いない。そう思ったからこそ、俺はこの決闘を許したのだ。
オンヤが勝つかはどうかは信じるのみである。
「このエアーマスクってのも、重力制御ってのも便利なもんだな」
オンヤから予備品を借り受け、俺とアンリエルはエアーマスクと重力制御の恩恵を受けていた。
これがあれば、ビル外活動し放題である。
笑いかける俺とは対照的に、アンリエルは眉を寄せていた。
「いいのか? マスター。この様な決闘をさせて」
「いいも悪いもねぇだろ。その男は俺と約束したんだぜぇ。勝てば解放しますっ。オンヤの野郎を地獄に送って下さいってなぁ」
無論、そんな事は言っていない。
「黙れ、下郎。ワタシとマスターの会話の間に勝手に入るな!」
なーんて、アンリエルは凛々しく叫ぶが、本当に俺との間に何もなくなったら、喋れないくせにぃとか思う。
言わないけど。
カバラは無視である。無視無視。
「オンヤ、準備はいいか?」
オンヤはしっかりと頷く。
俺は彼に歩み寄ると、没収していた彼の剣を返してやる。
「メイシャ様は見ているのか?」
「離れて見てるよ。あの娘にはこの戦いを見届ける権利がある。俺がそう判断した」
「そうか……」
オンヤはそれ以上何も言わなかったし、俺も聞く事は無かった。
俺は所定の位置に着くと同時に、アンリエルに合図を送った。アンリエルは若干顔を赤らめ……てんじゃねぇよ。と心の中で突っ込みを入れたが、やる事はちゃんと果たしてくれた様だ。
カバラの手足を縛っていたロープを切り、こちらも没収していた剣を差し出す。
「お前を先に斬ってやってもいいんだぜぇ」
「お前には永久に無理だ」
「いけすかねぇ女だな!」
カバラはそれ以上絡む事はなく、受け取った剣を大人しく腰に収めた。
準備は整った。
「始めっ!」
俺は手を振り下ろし叫び、オンヤ対カバラの決闘が始まったのだった。
□現在のオーナー状況
職業:駆け出しビルオーナー。
オーナーポイント :860ポイント
配下:幼女1、タヌキ1、老エルフ1、ムキムキドワーフ1、ゴブ2(内ゴブリンリーダー1)、ビキニアーマー1。
ビルサイズ:3フロア。小さめ。
備考:守はまだ、駆け出しになった事に気づいていない。