第1部 5話 『低きに流れていく戦闘』
宇宙船から飛び出したオンヤは、宇宙を漂う不思議なビルの外壁に取り付いた。
ガラス製の自動ドアが勝手に開いたのには驚いたし、建物内部に入り込んだ所で、空気があったのには更に驚いた。空気漏れすらないのだ。
「エアーマスクオフ、重力制御オフだ」
オンヤとカバラは、口を覆っていたエアーマスクと、外壁に取り付いた際に発動していた重力制御機能を停止させた。
「ほぉー、こいつは思ったよりめっけもんかも知れねぇな」
カバラは笑っているが、オンヤには余りに常識外過ぎて逆に恐ろしかった。傷一つないビルが、空気も逃さずに宇宙空間に存在している。しかも重力制御まで行われているだと……。
「やはり、外から艦砲射撃で破壊してしまった方が良かったのではないか?」
「あ? だから言っただろうが、あのガキがここにいるかどうかわからねぇんだから、吹っ飛ばすわけにはいかねぇだろうが」
恫喝するカバラの言葉に、オンヤは嘘の匂いを嗅ぎ取っていた。
ウェスティンの命令は『ガキの命を持ってこい』だけであった筈だ。
ならば、艦砲射撃で粗方吹き飛ばした後、命の痕跡を探すと言う方策も取れない事はなかった筈である。
退避カプセルの追跡に、時間はかかったものの『あの娘』は、確かにここにいる。
ならば、威嚇射撃を行い、その後に制圧する……それがセオリーだと思うのだが、カバラはそれをしなかった。その攻撃の際にあの娘が死んでしまっても、それはそれで全く問題はなかった筈である。
何かは、わからないがオンヤにとって気に入らない目的があるらしい。
砲撃で娘が死んでしまってはいけない何かが……。
だが、ここまで読めていても、オンヤは逆らう事が出来ない。ウェスティンから、カバラには絶対服従を命じられているからだ。
苛立ちから目を背ける様に、オンヤはビルの内部に視線を向けた。
内部も驚く程、綺麗な物だった。
傷一つない。
どこかのスペースコロニーが破壊された時に投げ出された建物だと言うなら、納得もする。だが、こいつはどうだ。まるで、宇宙空間に突然建造されたかの様じゃないか。
オンヤの背筋に殺気が走った。
いつのまにか、真正面に一人の男が立っていたからだ。
さてさてさて!
手筈通りとは言え、やっちまったぞ。
出ちまったぞ。
もう、後には引けない。こうなったら、水が低い所に流れていく様に、石が坂道を転げ落ちる様に物事は進んで行く筈だ。
俺は無防備な姿を奴らの前に晒していた。
奴らとは二人組の男達の事だ。
渋いいぶし銀の様なおっさんと、ネチッこそうな目つきをした男だ。
只者じゃない香りがプンプンする。暴力が当たり前の世界で生きている人間達だと言うのがわかる。
『オッス! オラ、ビルオーナー。
悪いオーナーじゃないよ! ぷるぷる』
なーんて、通用しないだろうな。笑える。
「どこの誰なのかは知らないが、お前達は不法侵入をしている。手荒な真似はしたくない。直ぐに立ち去れ」
馬鹿な事を考えていても言うべき事はしっかり言う。緊張と緩和ってやつな。
「不法侵入たぁ笑える」
「若いの。悪い事は言わない。抵抗は無意味だ。ここに少年の様な格好をした女の子が来なかっただろうか?」
こいつら、見た目通りの性格してんなー……って、待て待て待て。少年の様な格好をした女の子って、十中八九ラシュリーの事だよな?
女の子だったんかーい!
まぁ、今はいいや。
「知らん! とっとと帰りやがれ!」
おっさんは兎も角、もう一人の奴の性格が気に入らない。これぐらいは言わせて貰う。ここは俺のビルだかんな!
「話なんかしねぇで、最初っからこうしておきゃー良かったんだよ」
そう言って、おっさんじゃない、性格の悪い方が腰に下げた剣を引き抜いた。
お、銃じゃないんだ? しかも、ライトセ◯バーでもない。へー。
「カバラ! 何も事を荒だてなくても……」
「うるせぇ、オンヤ! 俺たちゃ宇宙海賊なんだぞ。事を荒だててこそじゃねぇか!」
「しかし……」
ふむ。
性格悪い方イコール、カバラ。馬鹿。
まともそうなおっさんイコール、オンヤと。そして彼らは宇宙海賊なのか。意外に情報って手に入るもんだなー。
っと!
「真田丸!」
俺は鋭く叫んで横に飛んだ。
囮役は十分だ。奇襲攻撃の開始である。
「むっ!」
「何だ!?」
けけけ。慌ててる、慌ててる!
真田丸の魔法により、辺りには急激に霧が立ち込める。濃霧に近いカーテンの出現に、奴らの視界は完全に閉ざされた。
「カバラ!」
「うるせぇ、わかってる! 『遠距離防御』」
「遠距離防御!」
二人の男が叫ぶ。うぉ、なんだそれ!
飛来した真田丸の火球の軌道が逸れる。逸れた火球が、壁に直撃し炎が吹き上がる。やべぇ、火ついちまうんじゃないか?
煙が上がるが、戦闘は止められない。
畜生、奴ら、遠距離攻撃に対抗する手段を持っていやがる!
「全員気をつけろ、遠距離攻撃を妨害する手段を持ってるぞ!」
霧の向こうの真田丸達に向けて、俺は注意を飛ばす。
直接戦闘に参加するより、戦闘状況を見極める。それが俺に振り分けられた役割だった。王将だし、ポイントを使用しての援軍を呼べるのも俺だけ。当然に思える、が! 真田丸は言わなかったが、最大の理由は、俺がまだ戦力に数えられないからなのだろう。
足手まといってわけだ。
これが悔しくなくて、一体、なんなんだろうな?
霧の中から、ゴブリン達が飛び出して行く。それぞれ、ポイントで新たにゲットした棍棒を手にしている。トゲトゲ付きの凶悪なやつだ。頭を殴られたら昏倒ではすまないだろう。
先に剣を抜いたカバラだけでなく、オンヤも同じく剣を抜き、ゴブリン達を迎え撃つ構えである。
わかってねぇーな!
魔法の訓練と同時に、俺たちがどれだけ戦闘訓練をやったのかをな!
真田丸の幻術魔法に、ゴブリン達が連携する。寄せては返す、虚実入り混じった攻撃の波に、対応出来るなら見せて貰おうじゃないの。
「一体何なんだこいつら!」
「集中しろ! 奇妙な連中だが、中々やるぞ」
「うるせぇ!」
斬ったゴブリンが霧の中に消える。カバラは明らかに苛立っている。幻影かと思いガードが甘くなった所に、現実の棍棒が振り下ろされる。必死に剣で受け止めるが、体勢が整っていないのは明らかだ。
押している。
確かに押しているんだけれど、何だ? この胸騒ぎは……。
それが、現実となるまで、時間はかからなかった。
「あぁ! うぜぇ、うぜぇ! うっぜぇっ!!」
切っ掛けは突然叫び出したカバラだった。
「オンヤぁ! てめぇ、手を抜いてんじゃねぇ!」
「な! 俺は手を抜いてなど……」
「抜いてんだよ。てめぇは自覚出来ねーだけでな」
額に汗を浮かべながら、それでもカバラはニヤリと笑った。
「『限界突破』だ。オンヤぁ!」
その瞬間であった。
オンヤと言う男の瞳が、白く濁ったのは。
「ギャッ!」
「グェッ!」
「ゲゲッ!」
悲鳴が三つ立て続けに上がった。真っ二つにされたゴブリン達の体が宙に舞う。血煙が霧に混じって、赤に染まる。
お、おい。う、嘘だろ? こんなに呆気なく、命が……。
「ウォォオオオオ!!」
一匹のゴブリンの慟哭がビル内に響き渡る。ゴブザだ。
仲間の死に怒りの咆哮を上げる。肉体が爆発的な進化を遂げていた。倒れた仲間の棍棒を拾い上げ走る。
盛り上がった筋肉が彼が限界を突破した事を示していた。
右手と左手、握った二本の棍棒を力任せに振り回している。オンヤはそれをいとも簡単に体を捻って交わしている。交わしながら振るう剣撃は、強烈な一撃とはならないまでも、確実にゴブザの体を切り裂いていく。
ゴブザの目は怒りに染まり、自分の体などどうでもいいみたいだった。
「幻影が効かない!?」
真田丸の慌てた声を聞いたのは、これが初めてだったかもしれない。幻影の魔術は発動している。だが、オンヤと言う男はまるで、幻影に惑わされないのだ。
「ウヒヒヒ! 無駄無駄、無駄なんだよぉ。限界突破したオンヤは、ただの戦闘マシーンなんだ。感情も何もねぇ。敵を殺す事だけプログラミングされた殺戮機械なんだからな!」
「グガァ!!」
怒りのブースト攻撃を続けるゴブザだが、傍目にも無理をしているのが丸わかりだった。猛攻の様に見えるが、オンヤは攻撃を冷静に受け止めており、反撃の気配を漂わせている。
だが結果として、ゴブザにとどめを刺したのはオンヤではなかった。横合いから伸びた切っ先がゴブザの脇腹を貫いて、彼は床に崩れ落ちたのだった。
にやけ笑いのカバラの顔を、どれ程殴り飛ばしたかったかわからない。
「ゴブザ!」
「雑魚が! 調子に乗りやがって!」
「大将! 伏せろ」
マキシムの声に俺は床に体を投げ出した。
その上をマキシムが投じた手斧が飛んでいく。グルグルと回転し、凄まじい勢いでオンヤに迫る。
だが……。
手斧は一度見えない障壁の妨害を受け、勢いを削がれた所をオンヤに狙い撃たれた。
跳ね上がった剣が手斧を弾き飛ばし、手斧は天井に突き刺さった。
それだけでオンヤの動きは止まらない。腰に手が伸び、何かを掴み取り投げる。
くぐもった悲鳴が、次の魔法の準備をしていた真田丸、そして全力で手斧を放り、体勢を崩していたマキシムの口から漏れる。
二人の体にオンヤの投げたナイフ、或いはそれに準じる刃物が突き刺さっていた。
唯一動けるゴブツは必死にゴブザの体を引っ張って、安全な場所に逃げようとしていた。
俺にしてみれば一瞬だった。
正に一瞬の間に俺たちの戦力は総崩れとなったのだ。
ドンと鈍い音がして、頭上からスプリンクラーのシャワーが降り注いできた。真田丸の魔法で起きた火の手の所為だ。
流れる水に赤い血が混じる。
「だ、ダメなのです!」
「オンヤぁ!!」
おい、この声って!
振り返ると、手を引っ張り制止するワチを物ともせず、ラシュリーが必死の形相で、オンヤを睨みつけていた。
最悪だ。
存在を隠していたラシュリー達がここにいる。
「なぁーんだ。やっぱり居たんじゃーないの」
カバラの粘着質な視線が、ラシュリーを捉えている。
「何故だ! オンヤ。命を狙われていたワタシを、お前は、一度は助けてくれたのでは無かったのか? その次にあった時、お前は友を殺し、仲間を殺し、今またここの人達を殺そうとしている。一体、何故なんだ!」
「……簡単だろう」
「何だと?」
「この男は仲間の命と引き換えに、ウェスティンに魂を売り渡したんだ。見せたかったぜぇ。魂を売り渡したこいつが、自ら助命を願い出ていた仲間達を斬り殺す様をなぁ」
「貴様ぁぁぁ!!!」
ラシュリーとカバラの会話を聞いていたが、理解が追いつかない。
オンヤとラシュリーが知り合いで、助け、助けられた事があったが、いつのまにか命を狙い狙われる関係になった? そしてオンヤと言う男は、ウェスティンと言うやつに何かをされて、仲間を自分の手で殺めてしまった?
いや、間違いなく確かな事が一つある。
カバラって野郎は、クソ野郎って事だ。
ラシュリーに近寄ったカバラは、ラシュリーのその細い首に手をかけて、彼女の体を吊り上げた。
「な、何をする!」
「やめるのです! このこの……あっ!」
ワチが蹴り飛ばされる。呼吸の出来なくなったラシュリーの顔が、見る見る朱に染まっていく。
「さぁ、オンヤ。このガキを殺せ。かつての自分の主人を惨たらしく殺す様を、俺に見せてくれよぉ」
てめぇ!
怒りの余り、その時自分がどう動いたのか良く覚えていない。体が勝手に動いていたと言うのは、完全に正しい表現だった。
肩からカバラにぶつかって、ラシュリーの体を抱えて床を転がる。体を起こして、見上げるとそこには白く濁った目の男が、剣を高々と掲げていた。
振り下ろされる!
恐怖で心臓が、破裂しそうな鼓動を刻む。一瞬で、俺もラシュリーも真っ二つにされるだろう。
俺は、ラシュリーの頭を抱き抱え叫んだ。
二人がいるなら、タヌキチ。てめぇもどっかにいるんだろう! なら、頼む。こいつを聞き届けてくれ。
「タヌキチ! 使うぜ。『初回ガチャ』だ。今! ここでだ!」
オンヤの剣が振り下ろされる。
その時、閃光が走った。
視界が光で埋め尽くされ、余りの眩しさに俺は目をつぶってしまっていた。
◻︎現在のオーナー状況
職業:新米ビルオーナー。
オーナーポイント :980ポイント
配下:幼女1、タヌキ1、老エルフ1、ムキムキドワーフ1、他更新中……。
ビルサイズ:3フロア。小さめ。
備考:前衛部隊は全滅だ……。