第1部 4話 『こじ開けない』
俺はボタンを押した。感触はエレベーターなんかのボタンとそうは変わらない。人間が作ったものっぽいよなーと思いながら、事の成り行きを見守る。
あっさりと蓋が開き、中から煙りと共に中から現れたのはえらい美形の子供だった。
おお、人間だ!
「守様、もう安全ですか?」
「安全っぽい」
『つまらないでやすねー』
平和が一番だぞ、タヌキチ。
しかし、どう見ても無害そうな子供である。男の子……だよな。髪は短く刈り上げられているが、顔立ちが綺麗なので判別がしにくい。着ているものから察すると、男だろうと言う事になる。
「真田丸?」
「どうやら意識を失っているだけのようです。おかしな反応も見られません」
「目を覚ましそうなのだ」
横になっていた少年の目が開く。
その目がキョロキョロとさ迷い、やがて俺の視線とぶつかった。
「目は覚めたか? 言葉はわかるか?」
「……」
無口か、それとも言葉がわからないのか。だが、黒目が震えているからな、酷く動揺している事だけはわかる。
「ゴブッ!」
いや、ゴブッじゃねーし。気がつかない間に、ゴブ達がカプセルの周りを囲んでいた。俺達は平気だが、ゴブリンを知らないこの子にしてみれば生きた心地がしなかったのではなかろうか。
「お前ら少し離れてろ」
「ゴブー、ブー!」
ブーイングもゴブリン流である。上司に平気でブーイングとは、俺は随分と部下に恵まれているようだ。
「なぁ、少年。改めて聞くが……」
「え? あ、し、少年?」
言葉は通じるな。日本語じゃないのはわかる。言葉を通じて直接意思を読み取ってる感覚に近い。
ビル七不思議の一つっぽいな。ま、異世界に放り出して、言葉からの学習ってんじゃ話が始まらないからな。サービスかな? でも、平気で宇宙にビルを放り出す位だからな。信用は出来ないが、今は楽なのに越した事はない。
俺は戸惑っている少年に言葉を続ける。
「なんだ。少年じゃ嫌なのか? なら名前を名乗るといい。俺達はその名前でお前を呼んでやるぞ」
少年は逡巡した後、短く自分の名前を呟いた。
「ラシュリー……」
「俺は荒海守だ。宜しくな」
「あの……生き物達は何?」
「ゴブリンだ。いい奴らだぞ」
「そんな生き物知らない……。ここは一体どこなの?」
俺は満面の笑みを浮かべて、こう答えてやったのだった。
「宇宙を漂う素敵ビルの中だぜ」
ラシュリーは目をまん丸にして、超絶ポカンとしてたね。ハハハ。俺達が置かれている状況の理不尽さがわかると言うものだ。
笑えないか。
「ラシュリー、お前はなんでこんなカプセルに乗っていたんだ?」
「……わからない」
おっと真田丸、そんなに露骨に視線を送ってこなくても、俺だってわかる。嘘だな。ラシュリーは自分が何故カプセルに乗っていたかわかっている。その上で隠した。
きな臭い香りってやつだ。
そう、この時既にビルには危険が迫ってきていたのだった。
キビキビとした歩みながら、その人物の表情は足取りと真逆を示すものだった。
苦虫を噛み潰し、オンヤは自分の主人の元に向かっていた。碌な事にならないのはわかっている。だが、足取りが軽いのは、その人物にオンヤが会いたいからだ。
いや、正確には会いたいと思わされるように、洗脳されているからなのだが、オンヤはその事を忘れてしまっている。
叱責を受けるだろうと予測している癖に、その人物に会いに行くのに喜び勇んでいる。
この相反する心理が、オンヤにかける負担は大きかった。だが、その全てをオンヤは自覚出来ない。
「失態だよなぁ。オンヤ」
「申し訳ございません」
椅子に踏ん反り返った相手に、オンヤは膝をついて深く頭を下げた。
宇宙海賊ウェスティン・ラパーザ。世間では『残虐公爵』と言われているが、貴族でもなんでもない。自らそう呼ばれる様に広めたのだ。
全ては宇宙海賊としての悪名を高める為である。
タチが悪い事に、残虐と言う部分には疑いを挟むものがいない所にある。船を丸ごと制圧し、その乗組員全員を虐殺する。それぐらいの事は平気でやる男だった。
立ち上がったウェスティンは、頭を下げたオンヤのその後頭部を躊躇いなく踏み抜いた。床とウェスティンの足に挟まれ、オンヤの顔に苦痛より屈辱の色が浮かぶ。
「クズはいらねぇんだかな。おい、カバラ。俺はクズはどうしてる? なぁ、おい。俺はいつもどうしてるんだっけか?」
「あー、アンタはクズを見たらいつも首を切り離してるよ」
「そうだった、そうだった。クズに頭はいらねぇ、なら首を切り離すのが一番だよな? オンヤよぉ」
ウェスティンは足を少し持ち上げ、それを再度踏み降ろした。オンヤの顔面が硬い床に叩きつけられ、鼻血が逆流し、血の味が口の中に広がる。
俺は何故こうまでされて、ウェスティンに逆らえないのか。オンヤには不思議だった。屈辱感はある。だが、それがウェスティンに対する怒りに結びつかないのだ。
「オンヤ、いいかぁ。ガキの命を早く持って来い。それが俺が今回てめぇに与えてやった仕事なんだよ」
「はい、ウェスティン様。次こそは必ず」
「カバラ、お前はオンヤの手助けをしてやれ」
ウェスティンの後ろに控えていた無愛想な表情の男が、面倒くさそうに頷いた。
「了解。お頭」
この男の名前は、カバラ。ウェスティンが右腕として信頼している、冷酷な男であった。
「無能な部下でも見捨てない。俺はなんて優しい親分だと思わねぇか? オンヤよ」
「はい。ウェスティン様は最高の頭です」
オンヤにはわからなかった。
何故、自分が心からウェスティンに賛辞を送っているのか。
「なら早く行け。次にしくじったら、てめぇの命だけで済むと思うなよ」
……まるで、わからなかった。
さて、ラシュリーを加えて、ビルの生活に大きな変化があっただろうか。
答え、なし。
相変わらず、自給自足の生活を目指して俺たちは忙しかったし、それ以外でも色々と多忙過ぎて、押し黙った少年の口を無理矢理開かせるなんて事にならなかったからだ。
ま、理由はそれだけじゃなかったけどな。
「もっと集中する様に。雑念は魔法力を弱らせると、お教えした筈ですぞ」
「あら、バレた? 了解、師匠。集中集中っと……」
訓練に集中していなかったのを、流石、師匠は見逃さない。俺は誤魔化し笑いを消して、自身の魔法力に意識を集中させる。
え? 師匠は誰かって。決まっている。
「ワチなのでーす!」
両方の親指を立てて、ワチが満面の笑顔で自分自身を指差している。
お前が師匠なわけがあるか!
ゴホン。勿論、師匠とは真田丸の事である。きっかけは言うまでもない。火球の魔法である。船外活動を行うのに、必須と思える魔法の登場に、特別レッスンをお願いしたのは至極当然の流れだった。
訓練時には、各種作業当番と見張り当番以外、暇な奴らは全員参加させている。
前の世界の常識から、魔法なんて使えないだろうと思っていたのだが、使えちゃったんだなーこれが。
それどころか、真田丸の言うところでは筋がいいらしい。
既に小さい火の玉くらいなら、生み出せるのである。エッヘン!
まぁ、真田丸みたいなのは、到底無理だけどな。それでも心踊るよ。何も無いところから、魔法を生み出せるんだからな。
うーん、秘密の鉄道ホームから、魔法学校にすら通えてしまうかもしれん。
ビルオーナー?
何それですよ。
増えない貯金を、ひたすら使い潰していく異世界生活なんかあるかっての。今んとこ、ポイント制度に魅力は全くないんです。
畜生、俺好みの歯応えのある展開じゃねーか。エムではないぞ。昔から、ヌルいゲームだと直ぐにプレイを辞めて、怒りを込めて売っ払ってしまう様な所が俺にはある。
それに近い心情と思ってくれい。
簡単はつまらねーんだ。
さて、話を戻す。当たり前の話だが、魔法力には個人差がある。だから、日々の鍛錬である程度伸ばす事は出来るらしいが、基本的な適正は大事らしい。
真田丸の見立てでは、意外な事にワチは適正が高く、ドワーフであるマキシムは適正が低いとの事だ。
「儂は鍛治が出来りゃーそれでいいのよ。魔法は着火の時に便利になる位で構わん」
「キャハハハ、マキシムは負け惜しみが上手なのだ」
「おいおい、ワチの嬢ちゃん。それはねぇぜ」
マキシムは全然気にしてないから良いけど、人によったらものすごーく傷つくと思うから、確かにやめた方がいいぞ、ワチ。
出来る奴は周りに気を使わなくっちゃな。それでこそ、世の中が回るってもんだろう。
と、足音と人の気配を感じて、俺は振り返る。
ラシュリーが居場所無さげに、佇んでいた。
「どうした?」
「……」
喋らないのはいつもの事だ。けど、ラシュリーは助け出されてから、俺たちの近くから離れた事はないし、俺たちが何をするのにも、ずっと視線を向けていたのを俺は知ってる。
寂しそうな目だった。
そう。だから、俺はラシュリーが口を自分から開くのを待っていたのだ。
小さい子が、いつまでも、自分の殻に閉じこもっていちゃいけねーよ。けど、俺はこじ開けるのは好きじゃねーんだ。
「ゴブッ!!」
おお、なんだよ。突然抱きついて来たのは、ゴブザだった。喜んでる。
ゴブザの手には小さな小さな火が灯っている。ガスを最小に絞ったライターくらい? ゴブ達は軒並み、魔法適正が低いらしく、未だに誰も魔法を発現出来ていなかった。
「やったじゃねーか。ゴブザ!」
「ゴブーゴブー!」
んー。このゴブザ、体が少し大きくなってきてる気がするんだよな。
そう。ゴブザは他の四匹のゴブリンと比べて、体が一回り大きくなっている気がするのだ。
この事から、ポイントで呼び出した生物には、個体差がある事が確定した。少なくとも俺はそう結論付けた。
ガチャみたいに当たり外れがあるって事だ。同じゴブリンでも、ゴブザの様に成長著しいのは当たりと言えるだろう。
ポイント制度、意外に奥が深い。
『そうでやしょー、そうでやしょー』
「ポイントは増えてないんだから、クソゲーはクソゲーだけどな」
『ふふふ、守さん。相変わらずのツンデレでやすね』
いや、どこで覚えてくるんだ、そんな言葉……。
と、思い出して振り返ると、そこにもうラシュリーの姿は無かった。
惜しい!
なんか話してくれそうな気配があったのに! ハァ……次の機会を待つとするか。
と思っていたんだけどねー。
時間なんてものはないようであって、あるようでないもんだな……。
「どうだ、マキシム。敵の様子は」
「大将、敵かどうかまだわからんだろう?」
「バーカ、俺にはわかるんだよ」
そう。俺にはわかるのだ。
でなきゃ、ラシュリーが震える手で俺の足元にしがみついてきたりはしない。
マキシムは俺の視線に気がついて、同じく震えるラシュリーを見た。
マキシムは自分の髭を撫で、ラシュリーの頭を優しく撫でた。彼は、無言で優しくラシュリーに笑いかけていた。いかついおっさんだが、怖いとは少しも思わなかったな。
「そうだな。敵か……。んで、大将どうするつもりなんでぇ」
既にゴブ達を走らせて、電気のついている部屋は消させている。
「取り敢えず、人の気配を感じさせる物もなるべく、回収させているからな。単なる漂流物と思ってやり過ごせたらめっけもんだろう」
「その可能性は低そうだがな」
「全く傷のないビルが、宇宙を漂ってるなんて不自然以外の何物でもないからな」
ボロボロだったらまだ良かったんだが、この不思議ビルの完全性は正気を疑うほどだ。ここまで接近されたら誤魔化しようがない。
「どちらにしろ、こちらからは手を出すべきではありませんな」
「あぁ、それは間違いないだろう」
真田丸の意見に、俺も同意する。
そう。
今、俺たちはビルの中で息を殺して、じっと相手の出方を伺っていた。
一隻の宇宙船が、俺たちのビルに向け航宙を続けていた。
グングン迫ってくるのだ。
恐らく多分間違いなく、狙いはラシュリーだろう。ラシュリーの怯えようから、それ以外には考えられない。
「ワチ軍曹!」
「はい軍隊長! なんでありますか!」
敬礼ビシィ!
流石ワチである。ノリが良い。
「重要な任務を授ける。タヌキチ伍長と共に、ラシュリー二等兵を連れて彼らを守る様に。安全な場所に隠れて、別命あるまで待機。決して姿を現さぬ様に!」
確か、階級って、軍曹の下が伍長であってたよなー。ま、いいか。ノリでいいや。ノリで。
「了解であります、なのです!」
「では、行け」
「アイアイサー!」
楽しそうに跳ねたワチは、怯えるラシュリーの手を取ると、駆け出していく。
『あっしも、行っていいんでやすか?』
「ポイントを使う時は呼び出すから、それまではワチ達についていてやってくれよ」
『あっしは頼りになりやすぜ。危なくなる前に呼び出してくだせいよ』
頼りになるのはポイントであって、タヌキチではないのでは? と思ったが、折角の心意気に水をさす必要もない。
「わかった」
さて、これでワチ達の事はいい。恐らく、管理人室にこもってくれる筈だ。
「我が主よ。ラシュリー殿を彼らに渡すと言う選択肢が選べるのかどうかですが……」
「真田丸」
「承知致しました」
そんな選択肢は、何があろうと選ぶつもりはない。
「お前ら構わないよな?」
振り返るとマキシム以下、ゴブリン達も鼻息荒く頷いている。
勿論、真田丸がラシュリーを見捨てるとは、俺も思っていない。彼は役割として、俺にその質問をしたのだ。
結果、俺たちは全員同じ方向を向いている事がわかった。
新米ビルのオーナーに、老エルフと、強面ドワーフ、後は気の良いゴブリンが五匹。
さて、どうやったら、みんなを守り切れるだろうか……。
□現在のオーナー状況
職業:新米ビルオーナー。
オーナーポイント :4200ポイント
配下:幼女1、タヌキ1。老エルフ1、ムキムキドワーフ1、ゴブ5
ビルサイズ:3フロア。小さめ。
備考:正面に未確認の敵が迫っている。