第1部 3話 『オーナー漂流物を回収す』
宇宙空間を漂っていたもの。
それはカプセルだった。丁度人一人分がおさまる程の大きさのカプセル。マキシムが見張りをしていた窓から、ゆらゆら漂っているのが見える。
「守様、あれは何なのです?」
「普通に考えりゃ、人が乗ってると思うけどな。宇宙葬なんてのがあれば、遺体の可能性もあるし、退避カプセルなら生きてる人間、或いは何らかの生物が乗ってるんだろう」
何らかの生物……って言うのが恐ろしいところだが。
「んで、大将。どうするつもりなんでぇ」
回収するのか、しないのか。
とどのつまり二択である。
どうするか。
いや、悩む前に確認確認と。
「真田丸。魔法でも何でも構わないが、外に出て呼吸する方法はあるか?」
「ありますな」
ならロープを使って船外活動が出来る。カプセルの回収は可能と判断する。
よし。決めた。
「回収するぞ。真田丸は船外での呼吸方法の準備。で、実際に回収する作業だがそれは俺が……」
「ゴブッ!!」
と、ここで大きく手を挙げたのは、ゴブリンの一匹。
ゴブザである。
因みにゴブリン五匹には既に名前がある。ゴブイ、ゴブツ、ゴブザ、ゴブシ、ゴブゴと言う安易な名前だがゴブリン達は喜んでいた様だから、良いだろう。見分けはつかないので、名札をあげたらこれまた喜んでいた。
ゴブザに負けじと他のゴブリンも手を挙げようとしたのだが、ここはやる気を買う。船外活動はゴブザに任せる事に決めた。
「主」
「どうした、真田丸」
「ビル外での活動。ご自身で行かれるつもりでしたな?」
「危険な役を誰かに押し付けるなんて出来ねぇよ。そういう時は自分で行くべきだろ?」
俺がそう言うと、真田丸は首を横に振った。
「このビルは主がいるからこそ、機能しているのです。ビルと言う言葉の中には無論我々も含みます。今主が危険に飛び込む事こそ、真の危険なのです。わかりますか?」
将棋だったら王の駒を失えば負け。チェスならキングだ。俺は今、そう言う立場だって事か。
「わかった。気をつける」
「ご理解が早くて助かります」
耳に痛い事もしっかり注意か。助かるけど、これは言わせた俺が悪いな。でも、俺自身が何にも出来ないのも困る。
何もしないイコール、成長しないだからな。
第一、担がれてばかりじゃつまらないじゃないか。
どうやったら安全に、やりたい事をやりたい放題やるかなだなぁ。くくく。
要検討の項目に今の考えを叩き込んで、俺はワチ達と一緒に窓の外の活動の様子を見つめるのだった。
「ゴブザに、真田丸なのだ」
『口に何か咥えてやすね』
真田丸め。俺にはダメって言っておきながら、自分は行くんだもんな。後で説教たれてやるとしよう。
ビルの窓から見える光景は心踊るものがあった。生身の姿の、真田丸とゴブザがカプセルに近づいていく。
あれ、方向転換は一体どうやってやってるんだ?
『手でかくと、ちょっとだけ方向が変わるんでやすよ』
何その不思議システム。
「タヌキチ、お前も外に出てたんかい!」
む。
危ない事しやがってとの注意は……いらんな。怪奇ナビゲータヌキだもんな。ちょっとやそっとでは、死にそうにない。俺とワチ以外には見えていない謎生物だし。
二人は口に植物の葉っぱを咥えている様だった。あれに魔法をかけて呼吸をしてるってところだろうか。
真田丸はエルフだけあって、植物関係の魔法が得意だ。食料自給自足化計画においても、植物の成長促進の魔法にどれだけ助けられているかわからない。
マジ、真田丸有能。
それだけに今のこの状況は恐ろしい。何か一つのミスで、彼は命を落としかねないところに身を置いている。
俺はハラハラしながら、事の行方を見守っていた。
そんな心配を他所に、真田丸とゴブザの二人はカプセルに無事に取り付いて、ビルの中に合図を送った。
ビル内ではマキシム以下、残りのゴブ達がロープを引く要員として待機している。二人のロープがピンと張り、カプセルがゆっくりと方向転換していく。
「おぉー上手くいっているのだ」
『中々見応えがありやすね』
予感ってのがあるよ。
そもそもはロープが一本って時点で危ない予感がしたんだ。このおかしな異世界宇宙で、俺がもし外に出るならロープ一本で外に飛び出したりしない。
一つに全てをかけるのは、危ないんだ。
真田丸のロープがその重みに耐えられなくなるのを見届ける間も無く、俺は走り出していた。
「守様!」
ワチの声を背後に俺は、マキシム達の元へと辿り着く。自分自身にロープを結びつけ、初めての宇宙へ向けて走り出す。
「いけねぇ、大将! そんなら儂が」
「マキシム! 問答している時間はない。俺が行く!」
言葉はそれまでだった。
マキシムは、預けたロープの先を握り自分の体に結びつけていく。俺は呼吸を止めてジャンプした。角度的に直接、真田丸に向かう事は出来ない。俺が目指していたのは、今正に目の前にヒラヒラと漂うロープの切れ端であった。
届け。いや、届く!
俺の手は確かにロープを握った。だが、片手でようやくだ。ロープがすり抜けたのは余りにも呆気ない事実だった。
振り返り、真田丸と目が合う。
おい。
マジかよ。
真田丸の体がどんどん離れていく。ゴブザもカプセルから体を離し、手を伸ばすがそれも間に合わない。
命ってのはこんなに呆気ないもんなのか?
誰でもいいから、真田丸を助けてやってくれよ!
心が悲鳴をあげている間に、真田丸は口に咥えていた葉っぱを外してしまった。口の中で何かを言ってるか、俺の耳には届かない。そして真田丸は俺に背を向けた。
「真田丸!」
終わりだってのか……。
次の瞬間だった。
轟音が響き、真田丸が炎の球を生み出したのがわかった。魔法にも反動ってのがあるのか? 真田丸の体が俺の方に向け飛んでくる。
俺は手を伸ばし、真田丸の腕をガッチリと掴んだ。
「馬鹿野郎が!」
「申し訳ございません。我が主よ」
その後カプセルを回収して、俺たちはビルの中に戻った。
ここは命が軽い世界だと言う事を、俺は改めて思い知らされていた。
改善案はいくつか頭に浮かんでいる。ロープは取り敢えず二本にするとか。だが、二本にしたら逆にロープが絡まって危険かもしれない。
真田丸だからこそ、今回の危機は回避出来た。あの火球が魔法だとしたら、他の奴らに覚えさせられないか? そうしたら、船外活動に希望が持てる。
などなど、ああしておけば、こうしておけばと言う思いは強い。
つまりは、想像力って事なんだろう。想像力がなければ、迫り来る死を避けられない。
ここはそう言う場所だ。
と、じっと見つめてくる、いやジロジロと見ている視線に気がついて、俺は気まずくなる。
「守様、怖い顔をしているのです」
ど直球。
言いにくいとかないのかよ……ま、それがワチの良いところか。
俺はまだどこかで、真田丸に対して怒っていたんだろうな。顔色一つ変えていない癖に、真田丸は酷く気まずそうなオーラを出している。俺の怒りが伝わっている所為だ。
「真田丸」
「はい、我が主」
「いいか、一度しか言わねぇぞ。この先、勝手に死ぬんじゃねぇぞ」
「承知致しました」
老エルフは深々と頭を下げて、俺はこの件を終わりにする。
さて、ゴブの一匹は見張りに行っていていないが、この部屋に全員が集まっていた。
一番広い部屋、そうだな、用途としては壁のないぶち抜きフロアで、複数部署を収容できそうな完全なるビジネス部屋である。床だって配線が収納可能なフリーアクセスである。
配線って。
別部屋じゃ野菜育ててるってのに笑える。
その部屋に回収したカプセルを運び込んだのだ。
結構重かったのを付け加えておく。
ビル内の重力は、空気漏れをしない事と合わせてビルの不思議の一つである。三大不思議なら後一つ、七つの不思議なら後五つ必要ってところだ。
『あっしの事は不思議じゃないでやすか』
「空飛ぶタヌキなんぞ、珍しいわけないだろうが」
『え、そうなんでやすか!?』
「当たり前だ」
そう。俺は無駄な会話はしないのである。
「守様、これ押して良いですか?」
そりゃ、ワチは食いつくよな。ゴブ達も期待を込めた目で見つめている。
その光るボタンな。
カプセルの中央、赤く点滅するボタンがあるのだ。押したら、如何にもカプセルが開くぞと言わんばかりのボタンなのである。
俺だって好奇心もあるけど、いくつかパターンが考えられるんだよな。危険な生物が格納されているとか。この場合、間違っても俺は寄生生物に胃袋を食い破られたくはない。
或いは間抜け騙しだ。例えば毒ガスを仕掛けておいて、全員が死に絶えた後に安全にこのビルを制圧する……とかとか。こんなビル欲しいかどうか知らんけど。
もっと単純に、ボタンを押したら誰かを呼び寄せるとか危険な可能性は色々とある。
「真田丸、マキシム、安全に中を確認する方法はないか?」
「大将、この箱の素材すらわからないんだぜ? 俺には無理だな」
「私の方も、都合のいい魔法は無さそうですな」
全員の目が俺に注がれる。
俺が決めなきゃならないわけね。なら、やりたいようにやらせて貰う。
「全員、何が飛び出して来てもいい様に構えていろ。特に、真田丸はトラップを警戒。各自、武器になりそうな物があれば用意しておけよ」
うーん、危機対処能力には不安だらけだな。ポイントがもっとあればと思う瞬間である。
「ボタンを押すぞ」
俺はゆっくりと光るボタンに手を伸ばした。
□現在のオーナー状況
職業:新米ビルオーナー。
オーナーポイント:4200ポイント
配下:幼女1、タヌキ1、老エルフ1、ムキムキドワーフ1、ゴブ5
ビルサイズ:3フロア。小さめ。
備考:拾い物は未鑑定。




