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極悪令嬢は極楽を目指す  作者: 三下S
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魔法を使いたい!

 

 家庭教師の先生がついにやって来たと聞き、今か今かと心待ちにして自分の部屋で待っていた。


 ある程度のことはお父様の執事であるバディスから聞いている。口と性格と態度は悪いが、とてつもなく優秀なのだという。


 どんな鬼コーチがやってくるのだろうと私はワクワクしていた。殺伐とした日本の社会を一応は生き抜いていた私だ。厳しい授業もばっちこいである。


 お父様はとても心配していたが、人格だけはまともなやつとバディスが報告していたので、お父様がバディスの言葉を信頼した形になる。

 やはり五本指には特別な信頼関係があるようだ。


 しばらく待っていると、約束していた時間ぴったりに扉が開いて、男が現れた。

 髭面で、本当に必要最低限の清潔感だけがある。

 黒い髪に青い眼をしていた。深い海のような私と同じ青色だ。


「ようお嬢さん。あんたがヴィオラ様だって?」

「はい、よろしくお願いします」

「4歳でその物言いって⋯⋯気持ち悪ッ!中に大人でも入ってんじゃねーの」


 早速口が悪い。

 そしてちゃっかり正解しているし。


「おっとその顔は本当にこいつで大丈夫なんだろうかっつー顔だな。その点に関しては安心しろ。俺だって生活には困っているからな、与えられた賃金分は働く。あー、名前はジャックだ。よろしくな」


 椅子にどかっと座り込み、そのまま脚を組んだ。


 そういえば、予備校の時の先生もこんな感じだった気がする。頭がおかしい人ほど教え方が上手い傾向にあるように思った。


「だいたいお嬢さんが何を勉強したいかはバディスを通して聞いている。えっと、まずは三心についてだな。聞いたことあるか?」

「いえ、ないです」


 このような形で雑談から授業に入っていった。まるで予備校講師だ。


「そうか、聞いたことねーか。じゃあ今日は初歩の初歩だ。両手を出せ」


 言われた通り、私は両手を突き出す。

 するとジャックは私の両手を円になるように持った。


「眼を瞑れ、いいな?」

「えっと、はい」


 恐る恐る眼を瞑ると、ほのかに両手の先から何かがやってくる気配がした。なんとなく、充電されている気分だ。それはだんだんと大きくなっていき、ついには体全体が揺れているような奇妙な感覚が身体を襲う。


 眼をつぶっているのに、眼を回しているような状態だ。体の平衡感覚が狂っている。


 20秒ぐらい経ってからジャックの手が離れた。


「どうだった?」

「なんだか酔いました」


 まだ目がクラクラする。


「まあ最初だからな、慣れてないうちは酔うだろう」

「さっきのは一体何なんですか?」

「俺たち人間の中には心線と呼ばれる一本の線が通っている。それはある一定の周期で揺れているんだ」


 言いながらジャックは黒板に星型を書いた。


「頭、両手、両足、これらに心線は流れている」


 まるで動脈と静脈のようだ。


 私がわかっていない顔をしたからだろう。ジャックは自分の靴紐をほどいて外し、その紐の端と端を両手で持ち、詳しく説明を始めた。


「さっき嬢ちゃんがクラクラしたのは、俺の心線と嬢ちゃんの心線を繋げたからだ。だから揺れた」

「ジャックさんの心線はずっと揺れているのですか?」

「ああ、そうだ。ずっと揺れてる。なんならさっきのは少し抑えたぐらいだ」


 そして、なんらかの技術でジャックは紐をくねくねとさせた。

 これが私の最初にみる魔術だった。


「これが普通の俺の状態」


 次にジャックは靴紐を、ほんのわずかにくねくねしている状態へと変えた。


「これが嬢ちゃんの状態だ」

「これをジャックさんの状態に近づけると私も魔術が使えるようになるのですか?」

「ああそうだ。微量だがはっきりと曲線を描いてる。いい魔術師になれるはずだ」


 同じことをカレンにも言われたが、どういうことなのだろうか。


「私は才能があるということですか?」

「ああ、青い瞳を持つ者は魔術師の才がある。一方で赤い瞳を持つ者は闘術師の才だな。そんで持って黄色の目をした者は聖術師の才がある」

「お父様は紫ですよ」

「その場合は青と赤の混合だから、魔術師と闘術師の才があるってこった。だが混合は数が多いし、やれることが限られてる。もしも眼の色を選べって言われたら、俺は単色にするね」


 なるほど、光の三原色というやつか。


「えっと、じゃあ三つの才能がある人は透明になるんですか?」

「よくわかったな。そうだ、透明だ。人類史上ではまだ二十例しか発見の報告しかなされていない。そんで持って、まぁこれはおとぎ話だが、瞳が透明の者が現れるとその時代に災厄が訪れるという伝承が残っていたりする」


 迷信だろうがな、とジャックは言って、あくびをした。

 そしておもむろにチョークを取り、黒板に人の絵を書き始めた。


「よし、話を本題に戻そう。瞳の色は心線の形を示す。闘心線、赤い瞳を持つ者はその心線は常に張っている状態だ」


 ジャックは描いた人の体の中に一本の横線を付け足した。


「これをさらに引っ張ることにより、体全体に闘気っていう、エネルギーが分泌される。それが体の中を循環して筋肉の強化や皮膚の硬化ができるようになる」


 赤い瞳の人というと、バディスとカレンだろう。

 カレンが力持ちなのは闘術師だったからか。納得がいった。


 なんとなく難しい話になってきたので、必死に耳を傾ける。この世界の地球と全く違う技術の話だ。興味を持たないわけがない。

 要は、全身を通っている心線からどこか強化したいところを定めて、引っ張ると闘気が分泌されるということか。


「魔心線はさっき少しやったが、ずっと波のように揺れている。空気中から魔素を取り込んで、手のひらに集めたりな」


 そう言って、私に手のひらを見せるとたちまち発光し始めた。


「すごい」

「ありがとよ。魔術は時間と労力を割けばほとんどできないことはない。まあ、魔術に関しては明日きっちりやるか」

「はい!」

「次は聖術師。黄色の瞳の連中だが、奴らの心線は螺旋を描く。螺旋ってわかるか?」

「はい」


 DNAとか二重螺旋構造だったっけ。

 少し感心したように、ジャックは私の顔を見つめた。


「螺旋なんて言葉よく知ってんな。螺旋状に動く心線が聖気ってのを生み出して同じように聖術を使えるようにしている。自身や他人を治癒できる。詳しいことは俺も知らん。ここまでで質問はあるか?」

「私は絶対に闘術と聖術は使えないのですか?」

「使えないことはない。だが弱い。それならば魔術一本で頑張った方がいい」


 ノートに勉強したことを適当にまとめていくとどうしても知らない単語が出てくるので、その都度ジャックに書き方を教えてもらった。

 久しぶりに勉強することが楽しいと感じた。中学高校と勉強が嫌いだったのに、勉強に夢中になる日が来ようとは。


「それで⋯⋯っと、もうこんな時間か。明日は魔術の使い方について教えてやる」

「はい!よろしくお願いします!」


 いつのまにか夕方になっていた。

 部屋の隅にある机には、おやつの時間にカレンが持ってきたのであろうホットケーキが置いてあった。


「それじゃ、また明日だな」


 ジャックが靴紐をつけながらそういうと、彼の背後から声がかかった。お父様だ。


「そのことなんだが、ジャックくん。これからうちの住み込みで働いてはもらえないだろうか」

「おや、フェクタヴィア男爵にそう言われますと私としても光栄ですが、よろしいのですか?」


 急に口調が変わった。きっちりと人によって言葉を使い分けているのがなんとなく気にくわない。


「ああ、構わない。娘がこんなにも熱中しているのだ。ゆくゆくは娘の五本指になってもらいたいぐらいだ」

「それは⋯⋯、考えておきましょうか」


 ジャックは一度私に会釈した。いい笑顔だが、何か企んでいる顔のようにも見える。

 彼はバディスに連れられて部屋を案内されていた。仲がいいらしく、互いに肩を叩きながら何か話していた。


「もうじき夕食だ。ヴィオラ、今日はどんなことをお勉強したんだい?」

「三心についてお勉強しました」

「もう三心について勉強しているのか!普通は7歳で教わるものだが⋯⋯。まあいいか」


 私はお父様に肩車をしてもらい、食堂まで向かった。



 ■     □     ■     □     ■



 夕食の時間

 改めて家族の顔を見ると、みんな目の色が違うことに気がついた。

 遺伝ではないのかもしれない。自分の持つ青い眼は『綺麗だ』と褒められたことは多々あったが、『将来は期待できる』とも『心配だ』とも言われていないので、目によっての優劣は基本的にはないのではないのだろうか。


「どうしましたか?私の眼をじっとみて」

「いえ、お母様の眼は明るい緑色で綺麗だなと思いまして」

「そうかしら?うふふ、嬉しいことを言ってくれますね」


 お母様は口元を手で隠して上品に笑った。


「お母様は魔術と聖術が使えるのですか?」

「ええ、そうね。でもほんの初歩だけです。私たち貴族は戦争おいては守られる立場ですからね。戦うような立場ではありません」


 何かもやっとしたものを感じたが、顔を見てもお母様はニコニコと笑うだけだ。

 これが貴族の考え方で、世の中にはびこる世間一般の考えなのだろうか。お父様の方を見ると、若干表情を強張らせているように見えた。


「私戦えるようになりたいです」

「そうね、最低限自衛の手段を持つことは悪いことじゃないものね」


 どうも現代日本に生きていた私とは価値観の相違があるようだ。


「そうですかねぇ、主人が強ければ強いほどいいと思いますがねぇ」


 食堂の扉を開けて現れたのは、必要最低限のマナーだけを守っている私の家庭教師だった。


「どうも、奥様。私はヴィオラお嬢様の家庭教師をしております。ジャックという者です」


 彼はそう言って恭しく頭を下げる。


「そう、これからよろしくお願いしますね。それで、あなたは何が言いたいのかしら?女性の貴族は力が無くても十分生きていけます。そのための五本指ですよ」

「ならば、五本指にも相当な負担がかかるとはあなたはお思いにはならないのですか?」


 意地悪な笑みを浮かべている。これが態度が悪いという所以なのだろう。

 しかし、お母様の方は心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。


「こんな当たり前のことを聞かれるとは思いもしませんでした。私は貴族なのです。五本指をどう使おうがあなたにとっては関係ないでしょう?あなたにそんなことを言われる筋合いはありませんね」


 まさか、お母様がこんな考え方を持っていたとは。

 そうなると、認識を大きく改めなくてはいけない。貴族の立ち位置と


「五本指をどう使おうがあなたにとっては関係ない⋯⋯か」


 ポツリと呟いた言葉は、私にしか聞こえないぐらい小さい声だった。

 次の瞬間、パンパンと大きく二回手が叩かれて、何事かと音の発生源へと視線を向ける。

 そこにはいつもの柔和な笑みを浮かべているお父様がいた。


「さ、今日はジャックくんの歓迎の気持ちも込めて美味しい料料理を作ってもらっているんだ。楽しんでくれないと困る」


 空気をあえて読まずに、お父様はそう言った。


 夕食が終わると、私はそっとお父様の書斎へ入り、頭を下げた。


「ジャック先生を雇ってくださり、ありがとうございます」

「なに、娘のワガママぐらいいくらでも聞いてやるさ」


 最初に思った。

 口も態度も性格も悪い人間を娘の家庭教に据えるだろうかと。しかし、それはお父様の考えあってのことなのだろう。


 明日は魔術の基本的な練習らしい。

 早めに寝ておけと言われていたので、私は昂る気持ちを抑えて自分のベッドへ潜り込んだ。


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