(戦場で)生き残りたい!
馬車は順調に戦場への道のりを進んでいた。
グリドが指差した方へと向かって呟く。
「あれが戦場だ」
山々が囲む盆地の草原に王国軍が陣取っているのが見えた。
今いる丘からだと王国軍の様子がはっきりわかる。
ところどころ上がっている黒煙はなんの煙なのだろうか。この世界で銃をまだ見ていないため魔術だろうか。
王国軍は統率が取れていないのか、烏合の集となっている。怠けている者と武器を手入れしている者とでかなりの温度差があるように感じるのだ。
「ひどいな。あれじゃ山賊と変わらん」
元々冒険者だった者たちが目先の金目当てに参戦するために、こんなことが起こるのだとグリドが嘆く。
「ここからは慎重に進む。帝国軍の斥候がここまで来ていてもおかしくない。警戒しておけ」
辺りに注意を配りつつ、できるだけ退路を確保しながら陣地へと目指す。ただでさえ荷馬車という物資を運んでいると思われても仕方がない乗り物に乗っているので、常に辺りを警戒して進んでいく。
一応森に接しながら移動しているため、草原からこちらは見えないはずだ。
程よく戦場から離れた位置、茂みと森に隠れるような場所で立ち止まり、グリドが言った。
「よし、ひとまずここでテントを張ろう」
「戦場には行かないのですか?」
「当たり前だ。嬢ちゃんたちを残して行けるわけがない」
「⋯⋯そうですか」
すごくまともな大人の意見だ。
周囲の人々がおかしかったせいで私の感覚が麻痺している。
ヴァイオラの性格がひどいだけで五本指のカレンたちはまともなはずだが、主人の命令を絶対遵守している辺りはもっと自分の意見を持って欲しいものだ。
グリドたちは今回の戦争が終わるまで、私とソフィアの面倒を見てくれることになった。
といっても、彼らも仕事があるので三日に一度ぐらいテントの様子を確認してくれるだけだが、それだけでもとても心強い。
「さすがに見捨てておけない」
「ああ、強盗に家族を殺されたなんて、可哀想すぎるしな⋯⋯」
セルビとバカムも切なそうな表情を浮かべてそう言った。
強盗に襲われたというのも建前なのだが、彼らは根っからの善人らしく勝手に信じている。
申し訳ないとも思うが嘘は貫くしかない。
ソフィアの目を見られた時、彼らがどんな反応をするのかわからない。世間的にどんな受け止められ方をするのかは気になるが、そこまでしてソフィアを危険に晒す必要性を感じない。
そもそも現状の問題は、何日目でお父様に出会えるかどうかだ。
お父様が戦場に来るとしてもそれは明日か明後日以降の可能性が高い。私たちの方が先行しているからだ。
それにお父様がどう判断するかで私たちの運命も変わってくる。
ヴァイオラと意見を一致させていれば、私たちを五本指に捜索させていることだろう。
意見が一致していなかった場合も、私たちの確保を第一に優先するだろうから五本指に捜索させることだろう。
だがどの場合も私たちが戦場にいるという回答に行き着くかどうかが肝になってくる。
戦場にいる時点で私たちは危険だ。いつこのテントが見つかるかもわからない。見つかればフェクタヴィア家に返される可能性が高いが、帰ればヴァイオラの思う壺だ。できればそれは避けた方がいい。
お父様の五本指であるカミルかバディスと出会い、お父様に内密に会わせてもらうのが理想だろうか。
それとも戦場にいると思われるお父様の他の五本指に接触するか?いや、不確定要素の方が強い。それに情報がどれだけ行き渡っているのかもわからない。
この世界では情報の伝達手段は馬しかないらしいし、やめた方がいいか。
悩んでいる私の背後からバカムの声がした。
「嬢ちゃん、何をそんなに悩んでいるんだ?恋の悩みかー?」
「え?あ、いえ⋯⋯。どうやったら強くなれるかな、と考えておりました」
私は息をするように嘘をついた。最近では慣れたものだ。
「ふむふむ、そりゃ誰かに教えてもらうのがいいだろ」
あっけらかんと彼はそう言った。
「俺も最近はアグドさんっつーバカ強い人に教えてもらってな、前よりかとんでもなく強くなった。やっぱり教えてもらうって大事だぜ?」
「そうですよね、私も教えてくれる人がいればいいんですけど」
「変な体質してるって言ってたね」
会話にセルビが加わり、私の強化計画について彼女もまた話し始めた。
「相性ってあるから。ヴィオラは特殊だから、なかなか見つけるのしんどいかも」
「やはりそうですか」
「あ、帝国の魔女ならできるんじゃねーの?」
「本当バカだよね、最近覚えたばかりの言葉を使う子どもみたい」
この四人と共にいるとよく知らない言葉が耳に入ってくる。
「帝国の魔女って誰ですか?」
「魔術師のヴィオラちゃんなら知ってると思ってたけど。うーん説明するにしても情報過多だ。何から話せばいいかな?リーン」
セルビが問いかけるとリーンが振り向いた。
「帝国の五本指の一人ってことぐらいじゃない?さすがにそれはわかるわよね?」
ん?国にも五本指があるのか?
質問したいがさすがに質問しすぎだ。あまりバカだとも思われたくないし。まあ推測するに国が保有する五人の強大な戦力ってことだろう。
うん、そういうことにしておこう。
「ええ、存じ上げております」
「あとは、災厄の魔女、不老の怪物、殲滅の女神、魔術と結婚した女とか呼ばれることがあるわね」
「最後の初耳なんだけど」
「あら、そう?」
とりあえずすごい奴らしい。それが今回の戦争の総大将なんて、勝ち目があるのだろうか?
すると私の心を読んだかのようにリーンが言った。
「心配しなくても、私たちにも王国の五本指がいるわ」
「ああ!かの有名な英雄、ドルマン=レ=カラット様がな!」
「その方はそんなに有名なのですか?」
「⋯⋯え?」
あ、これ一般教養レベルで知られている奴だ。
この空気、クラスメイトと話していて有名な女優を知らないと言った時の空気と酷似している。
「アハハ、すみません。色々あって私、まだこの世界のことをあんまり知らないのです」
「⋯⋯そっか、まあまだ若いし知らないことの方が多いか」
「なら、この俺が教えてやろう!まずドルマン様はカラット家当主の弟だ!」
「カラット家⋯⋯」
バカムの説明によると、カラット家は王国が始まった時にその中枢を支えていた家の一つだそうだ。
特筆すべきは、その他を寄せ付けない圧倒的な武力。そして聡明で優秀な者が多い。
その証拠に、今の王国の五本指のうち三人はカラット家から輩出しているという具合だ。
今回の戦争にも王国の要として参戦しており、正直なところ彼が負ければ国が滅ぶレベルだという。
「今回の戦争は間違いなく激しくなる。嬢ちゃんたちも本当に気をつけた方がいい」
「あ、グリド。アグドさん帰ってきた?」
近くを軽く見回りしていたグリドにセルビが問いかけた。
「いや、まだだ。何かトラブルでもあったのかもしれない」
「そっか。⋯⋯開戦に間に合うといいけど」
今の所、今回の戦争は両者どちらもグダグダしているらしい。
王国は例のカラット家の方がまだ到着していないということ。
そして帝国の魔女の方もまだ見たという人物はいないらしい。
「ひとまず、飯にしよう。アグドさんもすぐに追いつくだろう」
「そのアグドさんという方は皆さんのお仲間なんですか?」
「ああ、まあそんなところだ」
やけに言葉を濁す。
隠しごとがある私が言うのもなんだが、何か隠しごとでもあるのだろうか?
「それにしても今回の戦争でカラット家と帝国の魔女との戦いが見れるとは、感激だね」
「あんたは野次馬じゃないんだから、ちゃんと戦いなよ」
「わかってるって、じゃないと死ぬからな!」
朗らかな声でバカムがそう言う。
これから始めるのは殺し合いなのか。
現代日本に生きていた私からすれば忌避感しかないが、これがこの世界の一般的には当たり前のことで、経済を回しているものの一つになっている。
もしかしたら今は隣でヘラヘラしているバカムも、明日には死んでいるかもしれないのだ。
こんなの価値観が違うに決まっている。
ヴァイオラの考えは気にくわないが、そういう考えがあることは私も理解しておくべきだった。
たとえ私が正しくなかったとしても、絶対にソフィアとともにこの世界を生き抜いてみせる。
そう決意を新たにしていると、バカムがふと気がついたように言った。
「そういえばもう一人の嬢ちゃんはどこ行った?」