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極悪令嬢は極楽を目指す  作者: 三下S
16/24

逃げ切りたい!

 

 朝がやって来た。

 私は御者をやっていたため、眠ることはできず、さらには長時間の魔力の行使により体力が限界だった。


「お姉様、ここはどこですか?」

「⋯⋯わからないわ」


 ソフィアが目を覚まし、馬車の揺れから自身が屋敷にいないことを悟る。

 今は川沿いを走っている最中だ。


「⋯⋯今屋敷に戻るのは危険なの。わかる?」

「どうして危険なのですか?」


 正直にソフィアに話してもいいものか。

 少し考えて、やはりやめておこうと思った。自分の母親が自分を殺そうとしているなんてトラウマものだ。その感情はこれからの旅で絶対に邪魔になる。


「野盗が屋敷を襲ったの。それでお父様とお母様が逃がしてくれた」

「本当ですか!?」


 これはこれでトラウマだろうか⋯⋯。選択を誤っただろうか。まあ兎にも角にも、これで旅の口実はできた。追っ手からの逃亡であるということにして、さっさとこの領地から離れなくてはならない。


 しかし、道がわからない。

 もう少しこのあたりの道を知っておくべきだった。学校以外の道を通らないせいで、もう道に迷っている。この先がもしも雪山とかであれば詰みだ。屋敷からの追っ手がくるのも時間の問題だろう。

 本当はソフィアに道を聞きたいが、そのソフィアの目は今見えない状態だ。


「お姉様、大丈夫ですか?息遣いが荒いです」

「大丈夫。ソフィアを守るためなら、お姉ちゃんはなんでもするからね」


 とりあえずは道なりに進むしかない。


 馬はどれぐらいで休ませればいいのだろうか、それもわからない。

 何もかもが初めてだ。どうにかしなくては。


 そんな時、ちょうど前方に人影が現れた。

 腰に武器、身なりからして山賊とか?いや、あの服はどこかで見たことがある。軍人だろうか?


 ここでも選択だ。彼らは味方か敵か。それすらも自分で決断しなくてはならない。


「そこの馬車!止まってくれ!」


 演技か?背後には誰かいる?囲まれていたりしてはいないだろうか?山賊ならばありえなくもない。


「お姉様、止まらないのですか?」

「もしも野盗であれば、私たちに勝ち目がありません」


 魔術も今出せるかどうかが不安なところだ。

 怒りによる魔術式構築は消耗が激しい。もっと他の魔術公式も見つけなくてはならないが、今そんな時間があるわけがない。


 どうしようか考えていると、再びソフィアの声がした。


「でも、この声は間違いなく助けを求めている声だと思います」

「⋯⋯わかりました。ソフィアを信じます。ソフィア、あなたは絶対に目を開けないでください」

「どうしてですか?」

「今のあなたの目は人を驚かせるかもしれないからです」


 ここだけは本当のことを言おう。

 ソフィアが息を飲む音がしたが、聞こえないふりをした。


 徐々にスピードを落とし、彼らの前で止まる。

 女性二人に男性二人がそこにいた。四人全員の顔色が真っ青だ。


「すまねぇ、街まで一緒に行っても構わないか?どうやら俺たち毒草を食っちまったみたいで」

「いいですよ。けれど道に迷ってしまったのです。案内してもらっても?」

「ああ、もちろんだ」


 彼ら全員が乗り込んだところで、馬を進めようとした瞬間、意識が遠のきそうになった。

 10歳ではこれが限界なのだろうか。


 もっと張りつめていなくてはならないのに。

 まだこの連中が本当に良いやつなのかどうかも怪しい。私の中ではまだグレーゾーンなのに。


「そこを右に曲がってくれ」

「⋯⋯はい」

「嬢ちゃん?大丈夫か?なんなら代わろうか?」

「ハァ、ハァ、大丈夫です」


 もう一度しっかり手綱を握る。

 大丈夫。ここでへたばるわけにはいかない。もっと考えなくては。


 第一、本当にこいつらは安全なのか?荷台で唸る連中の声がするのを聞くと、野盗ではない気もするのだが、如何せん頭で考えることができない。


「本当に大丈夫か?俺はそこまで毒草を食ってないから大丈夫だ。良いから俺に代わって休め」

「あなたは、良い人、ですか?」

「ったりめーだ!俺たちは⋯⋯、いや、なんでもねぇ」


 めちゃくちゃ気になる。

 しかし、これ以上私の意識は保たなかった。



 ■     □     ■     □     ■ 



 体全体が重い。

 例えるならば、全身筋肉痛でなおかつ重力が二倍になっているような感じだ。


 そうだ、逃げなくてはいけないのに!


 バッと起き上がると、そこは真っ白な天井が視界に入る。まるで死ぬ前によく見た病院の。


「え、もしかして今までの全部夢?」

「なにを言っている?」


 近くにいたのは私が道中で拾った若者たちだった。

 その隣にはソフィアもいて、私の手をギュッと握っていた。

 その中の一人が私に近づいて声をあげる。


「やっと目覚めたか!にしても、助けてくれてありがとうな。グリドがあの毒草食べたいっつーから食って見たらもう腹ギュルッギュルよ!」

「おい!元はと言えばお前が絶対食えるとか言い出したせいだろうが!」


 声をあげたのがグリドなのだろう。とても仲が良いようだ。


「で、あなたたちは何者なんですか?」


 もう山賊とは思えないが、彼らの素性が怪しすぎる。まだ警戒が解けたわけじゃない。

 私の問いにグリドが答えた。


「俺たちは今行われている戦争に参加しに来た兵士だ」

「兵士?」


 彼らの服装はバラバラで、とても軍隊に属しているようには見えない。

 私の視線に気がついたのか、グリドが補足した。


「俺らは元々冒険者という小遣い稼ぎをやっていたのだが、最近新兵募集の張り紙をみて志願したのだ。この時期に入隊した者は自前の武器で戦争に参加しなくてはならなくてな。困ったものだよ」

「そうそう、ただでさえお金ないのにねー」

「でもよ、俺らもう公務員ってやつだぜ!」

「いつ死ぬかわかったもんじゃないけどね」


 こんな世界があると私は知らなかった。

 兵士?冒険者?全て初めて聞くワードだ。もしかして私は世間知らずなのではないか?


 グリドが話し終わると、私の方をみて尋ねる。


「俺たちはそういうわけだ。嬢ちゃんたちは?」

「私たちのことは聞かないでもらえると助かります」

「⋯⋯そうか、わかった。だが、一応忠告しておくが、荷馬車の紋章が取った方が良い。あれじゃ、中に貴族が入っているってすぐわかる」

「ッ!うぅ、そこまで気が回りませんでした⋯⋯」


 夜逃げして来たので、紋章のことなどすっかり忘れていた。


「お姉様、私たちは野盗から逃げて来たのではないのですか?兵士さんがいるのであれば、討伐してもらいにいきましょう!」


 そんな中、ソフィアが気づいてはいけないことに気づいてしまった。私の優しい嘘が矛盾を産むことになる。


「なに?野盗?まさかガリオンか?」

「ガリオン?」

「ああ、なんでも貴族しか狙わない天下の大悪党だと。背丈が馬ぐらいあって丸太みてぇな腕をしてるって噂だぜ」


 まさかピンポイントでそんな輩がいるとは思わなかった。意外と嘘なんてバレないものなのかもしれない。


「わかりません。私は野盗の姿をみていないので」

「もしも本当にガリオンだったのなら、軍隊が一ついるだろうな」


 まあ違うのだが。

 しかし、これからどうしたものか。


 ヴァイオラは私たちを追うだろうか。いや、追うな。確実にソフィアを殺す刺客を寄越すだろう。貴族のプライド至上主義者だ。


 ならばどうするべきだ?この街にしばらく滞在するのは危険か。もしかするともうこっちに人が来ている可能性も否めない。


「グリドさんたちはこれから戦場へと向かうんですよね?」

「ああ、そのつもりだが」

「ならば私たちも連れていってもらえませんか?」

「⋯⋯聞こう」

「まずグリドさんたちは移動手段を手に入れることができます。そして私たちは心強い護衛を手に入れることができます」


 交渉だ。ここで会ったのも何かの縁。どのルートが一番生還率が高いかを計算するべきだ。

 ならば、今の状況を利用するべきだ。


「それはいいが、戦場だぞ?嬢ちゃんたちがいく場所じゃない」

「戦場にはお父様がいるはずです。そこで一度合流したいのです」

「なるほど、そういうことなら一緒に行くとしよう。私たちにとっても悪い話ではないしな」


 お父様に会いに行くのはいいアイデアだろう。お父様は最初からソフィアを殺すのは反対のはずだ。


 いくらヴァイオラの尻に敷かれているとはいえ、会いに行けばなんとかしてくれるのではないだろうか。


 それに少女二人で戦場に行くというのはヴァイオラの意表を突けるはずだ。

 危険なことには間違いないが、危険な道を選ばない限り道はない。


 ひとまず、荷馬車の紋章を取り外してそれから地図を買った。


 現在の街はフェクタヴィアの屋敷から西にある。

 そこからさらに西南へと向かうと件の戦場地域へと突入する。もう五年近く小競り合いをしている区域だ。


 今私たちがいるファン=スタシア王国とジリルガルド帝国との国境が近くでドンパチやっているので、もしもお父様との接触に失敗すれば国外へ逃亡することも不可能ではない。


 だが逃亡したあとはどうする?

 そこから生活の基盤を築けるだろうか?

 目の見えないソフィアの二人ぶんの生活費を稼ぎ、なおかつソフィアの治療代も貯めなくてはならない。


 今あるお金も微々たるものではないが、このままでは間違いなく無くなる。


「兵士、冒険者か⋯⋯」


 たった今聞いたばかりの仕事に、私は興味を覚えた。


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