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極悪令嬢は極楽を目指す  作者: 三下S
13/24

殴りたい。

 

 悲鳴の声はソフィアのものだとすぐにわかった。

 灯りが消えていた屋敷に再び明かりが灯される。


 屋敷の中で混乱が生じているのがわかる。


「お母様!お母様!目が見えないのです!ああ、ああ!」


 ソフィアの声が納屋にまで漏れている。

 失明したのか?


 そんなことを考えながら、私も急いで彼女の元へと向かおうと思い、閉じ込められていることを思い出した。


「どうしよう」


 ひとまず適当に樽の中に入っていた槍を手に取り、扉に突き立ててみるがまるで効果がない。私の筋力では無理だ。


「落ち着いてやろう」


 私は魔術はできないが、闘術なら少しは鍛えた。

 大きく深呼吸して心線を落ち着かせる。腕周りの心線をゆっくりと引っ張っていく。ここでやたらと時間がかかるのが才能のない私の欠点だ。


 わずかな闘気が私の腕の中で発生する。

 そのまま、槍を横殴りに扉へと叩きつけると見事に木片が吹き飛んだ。


「少しでも練習しててよかった」


 扉を振り返ると、小さな裂け目ができていた。

 あまり闘術は練習していなかったが、土壇場で使える程度には成長しているようだ。


 急いで屋敷の中に入り、ちょうど目の前にいたジルミに話しかけた。


「ソフィアの声が聞こえたけれど、彼女は今どこにいるの!?」


 ジルミが驚いた目で私を見つめた。


「どうやってあの納屋から⋯⋯」

「いいから早く答えて!」

「⋯⋯ヴァイオラ様の部屋にいる」


 ソフィアは大丈夫だろうか。本当に目が見えなくなってしまったのだろうか。それならば、今は不安で仕方がないはずだ。


「ソフィア!」


 ヴァイオラの自室へと飛び込むと、ソフィアはヴァイオラの腰に捕まって泣いていた。部屋の中にはお父様もいる。仕事を遅くまでやって帰ってきたのだろう。心配そうにソフィアを見守っていた。


 ヴァイオラが背中をさすっているのが見える。そして、ソフィアが落ち着いたのを見計らって、彼女はソフィアに目を開けるように言った。


「ソフィア、ゆっくり目を開けて見なさい」


 ろうそくの灯りでヴァイオラとソフィアの影が揺れる。


「はい⋯⋯」


 涙で赤く腫れた目をゆっくりとソフィアは開いた。


「⋯⋯ッ!」


 ヴァイオラの息を飲む声が聞こえた。

 お父様も困惑した顔をした。


 彼女の薄紅色の目は、色素がなくなり白目だけになっていた。


 何もないのだ。黒目だけがどこかに消えたように無くなっている。


「嘘でしょう⋯⋯?」


 ヴァイオラが立ち上がり、胸に手を当てた。


「どうしたのですか?お母様?ソフィアはずっとこのままなのですか?」


 不安そうなソフィアの声が、部屋に響く。

 その問いに返すことのできる人物はこの部屋にはいない。おそらく医者ですら答えることはできないのではないだろうか。


「キャメル、屋敷にいる聖術師を全員集めてください」

「かしこまりました」

「大丈夫です。ソフィア、きっとあなたの目は回復しますよ」


 聖術は治癒に優れた術だ。しかし、この場合は本当に効くのかどうか疑わしい。

 聖術は外科的な怪我を治すものであって、今回のような目の病気であれば、治らないことの方がほとんどであると聞いたことがある。


 我が家にいる聖術が使える者は、ヴァイオラを除くとジルミとカミルとキャメルしかいない。一度ヴァイオラは部屋から出てソフィアから離れると二人に尋ねた。


「どうですか?治せると思いますか?」


 ヴァイオラの問いにジルミが即答する。


「無理ですね。パッと見た感じ、あれは心線が原因の病でしょう。聖術は心線までは治すことができませんので」

「姉の意見に同意です。それにあのような病は聞いたことがありません。発症例の少ない病であれば、なおのこと治すのは難しいでしょう」


 カミルはジルミの弟だったのか、余計なことをこんな状況で知った。


 しかし、治らない可能性の方が高いのか。

 前世で目が白くなる病気といえば、祖父が白内障で手術したが、白内障のような白色ではなかったし、だいたいの白内障は老化が原因と聞いたことがある。


 そして、最後にキャメルが言った。


「無礼を承知で申しますが、あれはこの時代に不幸をもたらす目ではありませんか?」

「⋯⋯どういうことでしょう?」

「王都では有名な話ですが、先先代の王は白い眼を持つ者を処刑にしたという話があります。白い眼を持つ者が現れると乱世が始まるという言い伝えからです」


 そういえば、ジャックもそんな話をしていた。

 透明色の眼を持つ者の話だ。その者は闘術、魔術、聖術の全ての才能を持つ。それゆえに目に色がないのだ。


 まさか、ソフィアがそれなのか?

 その後、彼女は泣き疲れたのかヴァイオラの寝室で眠ってしまった。

 お父様は私を見つけると、自分の部屋で寝ていなさいと私の頭を撫でながら言った。


「お父様、ソフィアはどうなるのですか?」

「わからない。でもきっと王都の腕利きのお医者に任せれば大丈夫さ」


 少し微笑んで見せるが、お父様も不安なのだろう。頭を撫でる手が震えていた。


 私は一度自室に戻ったものの目が冴えていた。当たり前だ。こんなことになるとは思ってもみなかった。


 大人たちはみんなで相談するらしく、広間を使って話し合っている。


 少し盗み聞きしよう。そう思い立ち、そっとベッドから這い出た。私の大切な妹だ。これからの行く末が気になるのは姉として仕方のないことだろう。


 忍び足で階下に降り、扉に耳を近づけた。

 大人たちが何か話し合っている。


 お父様の声がした。


「白い眼の伝承が記載された書物が書斎にあった」

「あら、本嫌いのあなたがよくご存知ですね」

「⋯⋯今から40年前の古い本だ。私の父が遺した書物だが、これには確かに白い眼を持つ者がもたらす不幸について書いてあった」


 確かにあった。白い眼のことについて書いてあることは知っていたが、魔術を勉強してから読もうと思い、結局読んでいなかった本だ。


「治癒の方法は書いてあるのですか?」

「いや⋯⋯、それについては書いていなかった。しかし40年前の話だから治癒の方法も現代ではあるかもしれない」


 お父様は希望をこめてそう言った。


「だから、王都の腕利きの医者を呼びソフィアの眼を治してもらおう」

「私は反対です」


 心臓の音が跳ねた。

 その声は、他でもないヴァイオラのものだった。


「覚えておられますか?あの薄汚い元家庭教師のジャックを」

「⋯⋯ああ」

「カレン、彼から聞いたことを話なさい」

「かしこまりました。私もヴィオラお嬢様が授業を受けているときに聞いたのですが、今までで白い眼を持つ者の症例はわずか20しかないとのことです。おそらく治療法がないと考えるのが妥当かと」


 そんなことを聞いたこともあった。

 しかし、どうして今そのことについて話す?それではまるでソフィアはもう助からないと言っているようなものではないか。


「ならば、このままこの家で治す方法を模索するしかないか⋯⋯」

「それにつきましても、私は反対です」


 またしてもヴァイオラがお父様の意見を拒否した。


 血が激しく血管を流れていくのがわかる。


「白い眼を持つ者はその時代に不幸を呼び寄せる、そのような伝承があるのでしょう?ならば屋敷においておくわけにはいきません」

「⋯⋯ならばどうするというのだ?」


 お父様の声が震えているのがわかる。


 そして、頼むからその先を言わないで欲しいとヴァイオラに心の中で訴えかける。


「処分しましょう」


 心臓がまた大きく跳ねる。


 頭の中を整理できない。どうしてそんなことが言える?どうしてそういう決断になる?


「歴代の王が処刑したというならば、私たちもそれに倣うべきでしょう。本当に災厄を呼び込まれても困りますしね。貴族ならばそうすべきでしょう」

「まさか、王都へ医者を呼ばないのは」

「ええ、フェクタヴィア領に白い眼を持つ者が現れたとなれば、間違いなく悪評が立つことでしょう」

「⋯⋯」


 血が沸騰しているかのように熱い。

 そんなしょうもないプライドのためだけに娘を一人殺そうというのか?


 そっと扉に手をかけ、部屋の中に入る。


 中にいた大人全員の視線が私を突き刺す。子どもに聞かれて困るようなことを話していたせいか、ヴァイオラを除く全員が後ろめたそうな表情を浮かべている。


 この場にいて、誰一人ヴァイオラに反対意見をいう者がいない。こんな世界が正しいのか?


 怒りを歯で噛み締めて、ヴァイオラに問う。


「ソフィアを殺すのですか?」

「⋯⋯盗み聞きとは感心しませんね。つくづくあなたは貴族に向いていない」

「質問に答えてください」


 私の質問に、ヴァイオラはなんの感情も出さずに言った。


「ええ、殺します。それが私たち貴族のなすべきことです」

「それが実の娘であってもですか?」

「そうです。私は貴族として生きると誓った日から、貴族としての正しい行動をすると決めたのです。その最善は、ソフィアを殺すこと」

「⋯⋯ッ!それが親のすることなのですか!?」

「もちろん心が痛まないわけではありませんが、貴族の誇りと娘の命、どちらが大事だなんて一目瞭然ではありませんか」


 手が震える。

 怒りという感情を久々に思い出した。


「ふざけるな、どうしてそんなくだらない物のためにソフィアが死ななくちゃならない?」


 体が妙に熱い。だが、今はこの感覚に溺れていたい。

 心線が馬鹿みたいに激しく脈動しているせいか。


「ヴァイオラ様!私の後ろに!」


 ジルミが私の前に立つ。

 今の私は彼女が脅威と思うぐらいに威圧感があるのだろうか。

 私は魔術ができない落ちこぼれだ。そんな私を怖がるなんて馬鹿馬鹿しい。


 いや、どうだろう。今ならできる気がする。


 うまく呼吸もできないし、全然考えがまとまらない。

 だが、だんだんと理解は進む。これが私の魔心線、魔術式か。


 緊迫した空気の中、五本指たちは自身の主人を守るために動き出す。


 カミルも珍しく焦った様子で近場にあった燭台を手に取った。


 一体、どうしてそんなに私を警戒するのかと不思議に思ったが、ふと手を見てみるとその理由がわかる。


「心線が浮き出ている⋯⋯?」


 今まで私に魔術を全く使わせてくれなかった線が、今私の肌を墨色に彩っている。

 血管が浮いているみたいなものだ。私の体全体をこの心線が覆っている。バケモノのようにも見える。


 これは警戒されても仕方がない。


「ヴィオラお嬢様、お辞めになってください!」


 カレンが一人、私を押さえ込もうと前へと特攻する。


 私はその手を掻い潜って机の上へと降り立ち、目の前にいるヴァイオラを上から見つめる。

 心からの願望を口にした。


「私、あなたを殴りたい」



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