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宇宙ごみの日  作者: ねずみ
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ひとり情熱大陸


 気を抜くとすぐ、「ひとり情熱大陸」をやってしまう。例えば大便をしている時などに。ふと頭の中に、こんな映像が浮かんでくる。


 

 代官山辺りのカフェのテラスに腰掛けて、飲みかけのコーヒーを片手に、「そうですね。」と言葉を探す私。



「あんまり、人とは会いません。その代わりに、本をよく読みます。そう…会ったことはないけれど、彼らの言葉をたどっているだけで、もう、会ったような気がしてくるんです。会ったとは言えないかもしれませんけれど…ふふ」ここでカップを置いて、伏し目がちに微笑む。風が後れ毛を揺らす。「でも、どうなんですかね。だから私には、現実の友達はもういらないんです。だって、言葉が私の友達ですから。」


 ここで穏やかにナレーション。「言葉を友人だと言い切る彼女。彼女の紡ぎ出す作品が、多くの人々の琴線に触れる秘密を、我々は垣間見た気がした」


 ここですかさず葉加瀬太郎。♪チャッちゃっちゃーチャーチャッチャッチャーチャラチャラ〜♪






挿絵(By みてみん)



 ではここで、ツイッターのタイムラインを見てみよう。



「本当の友達はいらない。だって言葉が私の友達だから。格好いい。私も星河原さんを見習って、本をたくさん読もう。 ハッシュタグ星河原さん」



「言葉が友達。すごくわかる気がする ハッシュタグ情熱大陸」



「今日の情熱大陸、見てよかった。ハッシュタグ作家ハッシュタグ星川原」



「生きた言葉は、日常の生き方から出てくるんだね。ハッシュタグ ホシガワラサン」



「気取らない人柄。この人の本を、読んでみたいと思った ハッシュタグ情熱大陸」



 情熱大陸だけではない。有名な作家となればいろいろな番組にお呼ばれするであろう。そして私はそのオファーを断ったり断らなかったりする。つまり選り好みする。そして多分、「ニュースゼロ」と「アメトーク」辺りに出演する。



 「ニュースゼロ」では新進気鋭の人気作家として比較的真面目なインタビューを受ける。インタビュアーは又吉辺りであろう。彼は私に対してひどくわきまえた感じで質問を投げかけてくるに違いない。私もまたその質問に対して一つ一つ真摯な姿勢で答える。しかしあまり硬くなりすぎないようにする。


 ちなみに服装は紺色の丈の長いワンピースである。メガネはしない。作家らしくない作家として、フランクな、とっつきやすい雰囲気を醸し出す。例えば「好きな作品は?」という質問に対しては、「ドラえもんです」とか答えちゃう。


 これは実際にとある女性作家がテレビで発言していた事例をパクった。なんだか小難しい、通しか知らないようなさすが作家先生!というような答えではなくて「ドラえもんです」とか言われると、みている側としてはああ、この人は我々と同じ感性の持ち主なのだ、そしてそういう何気ない当たり前の感性を大事にしているからこそ素晴らしいものをお書きになるのだ、なんていう勝手な納得をする。そして最終的に親近感を抱く。うまい答えである!だからパクった!


 すると又吉は次に「一日どれくらい書かれますか」と聞く。私は「一日10分です」と照れ臭そうに答える。すると彼はあのもじゃもじゃヘアーの隙間から覗く陰鬱な瞳を少し三日月型に細めて笑う。「10分。ほんまですか。冗談でしょ」とかなんとか、軽いツッコミがここで入るかもしれない。私は「本当です。十分です。それ以上は集中力が持たなくて」とか言う。「ダメ人間なんです、私」


 

 ではこの瞬間のツイッターのタイムラインを見てみよう。



「濃密な10分なんだろうなあ ハッシュタグニュースゼロ」



「私の10分とこの人の10分は天と地ほどの差がある ハッシュタグ ゼロ」



「仕事も長くやればいいってもんじゃないよね。会社の上司に見習ってほしい。 ハッシュタグ星川腹さん」



 実はこの10分というのもとある作家のインタビューからパクった。彼は何冊も本を出している人気作家で、10分書いては30分休憩をして、そのあとまた10分書くのだと言っていた。私はこれに非常に感銘を受けた。「なんと、作家らしい答えなのだろう!」という感銘である。


 最後にアメトークである。これはたまにやってる読書大好き芸人の企画で、特別ゲストとしてVTRで登場する。


 カズレーザーあたりが多分私のファンなのであろう。私の登場に対しあまり盛り上がらぬ客席をよそにカズレーザーは目を潤ませて私のすごさについて語る。そして蛍原あたりが「なんでそんなすごい人がこんな番組に?」とかなんとかツッコミを入れる。私は「好きな番組だからです」という気取らない答えを返す。


 それで見ている側としては先に挙げた「こんな先生がドラえもんを好きだとは、意外だ」と同じ論理で「こんな先生がアメトークに出るなんて、意外だ」という思いを抱き、結果的に無意識のうちに親近感を抱く。


 ここまで読んで、あなたはこう思ったに違いない。「こいつはなんて痛々しい、噴飯ものだ。こういう痛々しい人間には、絶対になりたくないな」と。あなたの不快な顔が、まざまざと眼の前に浮かぶようだ。しかしちょっと待ってほしい。


 一度あなたも、この「ひとり情熱大陸」を、試してみてほしい。一度やったらきっと、その魅力にとりつかれるのに違いないから。


 そこで今回は特別に、この「ひとり情熱大陸」をやる上で大事な三つのポイントを列挙しておく。


 

 一つ目。「あまり盛り過ぎるな」。


 妄想だからといって何をしてもいいというわけではない。あまり盛り過ぎると現実味がなくなって、萎えてしまう。例えば先の例でいうと、「アメトーク」において私の登場時に観客のスタジオが盛り上がりすぎなかったこと。カズレーザーだけが盛り上がったこと。またツイッターのハッシュタグでも、名前を間違える人も数人出てくること。


 このへんの絶妙なさじ加減が大事である。まあやり慣れてくるうちに段々わかってくるであろう。経験を積むことが大事である。



その二。「周囲に気をつけろ」。



 この遊びはあまりに集中しすぎて周りが見えなくなるという危険をはらんでいる。私は中学のころ、掃除機をインタビュアーとして仮定し、ひとりでペラペラ話しているところを母親に見られたという苦い経験がある。母親は娘を奇怪な人間でも見るような目で一瞥した後、「誰かと話してるのかと思った」と言ったきり、私としばらく目を合わさなかった。



最後。「我に返るな」。



 これは一番大事なポイントである。我に返って、「私は何をやっているのだ」とか、「なんて痛々しいことを」とか思ってはいけない。なぜか。

 

 この前私は動物園で、一匹の痩せた猿が枯れ葉をポテトチップスのように「パリ、ポリ」という音を響かせながら食べているところを見た。それも一枚ではない。拾っては食べ、拾っては食べを繰り返すのである。


 彼は多分ボス猿に食べ物を横取りされて食うや食わずの哀れなる日々を送っているのに違いない。あまりのひもじさに彼は枯れ葉を拾い、「これはポテチだ、これはポテチだ」と自分に言い聞かせながら食っているうちに本当にポテチに見えてきたのに違いない。そうでなければあんなに無心に落ち葉を食い続けられる訳が無い。


 ちなみに閉園前の猿山周りは閑散としていて、彼の「パリ、ポリ」という音だけが虚しく響き渡っていた。あの音が未だ頭の奥を離れない。


 結局何が言いたいかというとつまり彼を見習うべきということだ。


 本当に情熱大陸に出られないものがそういう風に妄想し、あれ?自分は本当に情熱大陸に出たのではないか?と思ってしまうことの何が悪いか。それは食べ物もまともに食えない猿が枯れ葉をポテチのように食うことと同じである。君は猿の頬を叩いて「それはポテチじゃない枯れ葉だぞ!」と目を覚まさせることを正しいことと思うのか。


 私はそんなことを考えながらスーパーマーケットに向かった。そして目の前を歩いているおじさんが、道を通れないでいる大型トラックのために、車道をはみ出した自転車をさりげなくどかしてやるのを見た。おじさんは何にも言わずに颯爽と去っていった。文章にすると大したことはないのだがそのおじさんの仕草のさりげなさに私は胸を打たれた。この冷たい都会の片隅で感謝も見返りも何も求めずにそんなことを颯爽とやりあげてしまうそんなおじさんを私は心底格好いいと思った。


 そして私は今更ながら気付いたのである。本当に格好いいものは、あのヴァイオリンのテーマももっともらしいナレーションも、必要としていないのだということを…



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