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捜索

「この辺りだわ。アタシ達がはぐれたのは」

 バッグの中から聞こえたガスターの声に茉莉は足を止めた。立ち止まった場所は、茉莉の家から徒歩10分ほどにある閑静な住宅街内の公園。砂場や遊具では、近所の子供たちが有り余る元気を発散している。

「今日の明け方のことよ。研究所から何とか逃げ出したアタシ達は、この公園上空に差し掛かったとき、エネルギーが切れそうだったの。丁度あの水飲み場を見つけて水分補給しようとしたら、突如襲撃されたのよ!」

「襲撃? ちっちゃくても仮にも戦闘ロボを襲うなんて命知らずは誰?」

「あいつらよ!」

 ガスターは茉莉の抱えたショルダーバッグの口から身を乗り出し、上空を指さす。指し示すその先には、電線の上で羽を休めているカラスが数羽いた。

「……カラスに襲われたんだ」

「油断したわ……。あいつらアタシ達を掴み上げると、空高く舞い上がったの。抜け出そうと暫くもがいてたら、ついにエネルギー切れで意識無くしちゃって。次に気が付いたときは、茉莉ちゃんちの洗面台よ」

 水分をエネルギーに変えるガスターは、洗面台で洗われたときに口へ入った水道水を補給したようだ。思い起こしてみると、確かにその瞬間ガスターの目に光が灯っていた。

「災難だったね」

「ええ本当に。だから他の仲間達の行方はサッパリ分からないのよ」

「あの中に、ガスターさん達を襲ったカラスはいそう?」

「全員真っ黒で見分けが付かないわ」

「だよねー」

 流石の高性能ロボも、カラスの見分け方は備わっていなかった。

「とりあえず今日は公園内のカラスの巣とか、怪しげなところ探してみる?」

「そうね、そうしましょ」

 歓声をあげる子供達を尻目に、茉莉は公園内へ足を進めた。


「あそこにそれらしきものがあるね」

 立派な木の下で立ち止まった茉莉。視線の先には青々と茂る木の葉に紛れ、小枝で作られた鳥の巣があった。

「ちょっと見てくるわ」

 茉莉のショルダーバッグから顔を出し、キョロキョロと周りを見回して人目が無いことを確認したガスターは、茉莉が指さす頭上の木の枝へ飛んで行った。

「……いないわ」

「そっか残念。次行こうか」

 再びショルダーバッグへガスターを回収した茉莉は、次の巣を探し始める。

「あそこにもある」

「オッケー」

 次に茉莉が立ち止まったのは電灯の下。電灯の笠にはハンガーや針金で作られた、メタルなカラスの巣があった。ガスターは再びバッグから飛び出し、巣の中を確認しに行く。程なくして巣から顔を出し、下で待つ茉莉と目が合ったガスターは、フルフルと左右に首を振った。

「また外れよ」

 ションボリと降りて来たガスターを、茉莉は両手の平でそっと受け止める。

「そんなにガッカリしないでガスターさん。時間はまだまだあるし、焦らず探そう?」

「ありがとう茉莉ちゃん…」

 力なく微笑み返すガスターを手の平へ乗せたまま、茉莉はその場でしゃがみこんだ。

「もしかしたら巣じゃなくて、地面に落とされたかもしれないね」

「そうね!下も探してみましょう!」

 地面へ降ろされたガスターは、ちょうど目の前にあった草叢へ勇み分け入っていく。


「キャー!!」

「ガスターさん!?」

 草叢へ入った直後、バリトンボイスな悲鳴が上がった。茉莉は何事かと草叢を掻き分け入っていった。

「このケダモノ! 放しなさいよ!」

 草叢の中では、アライグマに捕まりもがくガスターの姿。アライグマはガスターを両手で器用に掴み、頭をガリガリ噛んでいた。

「ダメだよラスカル、歯が欠けちゃうよ」

「ラスカルって誰!? アタシの心配しなさいよ!」

「ごめんつい。ほらラスカル、これと交換しよう」

 バッグの中から小袋を取り出した茉莉は、ガスターを噛み続けるアライグマへそれを差し出す。アライグマはガスターから口を離し、茉莉の小袋へ鼻を近づけフンフンと匂いを嗅ぎだした。噛んでも何も美味しくないものよりも、美味しそうな匂いがする小袋の方が気に入ったアライグマは、持っていたガスターをペイッと横へ投げ捨て、小袋を両手で受け取った。

「キャッ! 何よ乱暴ね!」

 投げ捨てられたガスターは短い悲鳴と抗議の声をあげた。茉莉は尻餅をついているガスターを拾い上げ、ハンドタオルでアライグマの涎や泥汚れを綺麗に拭いていく。ラスカルことアライグマは、茉莉から物々交換で得た小袋を器用に開け、中身をポリポリと夢中になって食べていた。

「傷はないよ。よかったねガスターさん」

「ありがとう茉莉ちゃん、助かったわ。あのケダモノが食べているのはホウ酸団子?」

「さらっと物騒なことを。あれはドンちゃん用のオヤツ。もしカラスや他の猫ちゃんに捕まってたらって、交渉用として持ってきてたの」

 まさかアライグマとはと、茉莉はカツオのイラストが描かれた小袋に鼻っ面を突っ込んでいるラスカルを微笑ましく見つめていた。


「茉莉ちゃん、動物好きなのね」

「ん、大概の動物は好き。その代わり大概の人間は嫌いだけど」

「あらぁ……」

 真顔で答えた茉莉に対し、ガスターは気まずそうな声を漏らした。これは下手なことは言えないわ、人間不信になるような忌まわしい事件でもあったのかしらと、ガスターは一人悶々と思考の渦に落ちていく。そのなんとも言えない空気を壊すように、空き袋を投げ捨てたアライグマはもっとくれと茉莉へ両手を差し出した。もう一袋渡した茉莉は空き袋を拾い、また美味しそうに食べ始めたアライグマを優しく見守っている。

「ア、アタシも人間嫌いよ? あっ! 茉莉ちゃん以外のね!」

「ありがと。人間ってヤだよねー。すぐ陰毛落とすし」

「そんな理由で!? っていうか女子が陰毛とかナチュラルに言っちゃいけません!!」

 何か重い理由で人間嫌いなのかと思っていたが、全くもってそんなことはなかった茉莉に、ガスターは突っ込みを入れつつも内心ホッとしていた。

 そんなやり取りの中、満腹になったアライグマは二つ目の空き袋を地面に残し、モッフリとした尻尾を揺らしながら公園の奥へと消えていった。

「そろそろ次行こうか。地面は私が探すから、ガスターさんは巣をお願い」

 また空き袋を回収し、オヤツ袋の中へ入れた茉莉は、左肩の上に座っていたガスターへ声をかけた。

「そうしてもらえるとラスか――助かるわ」

「今“ラスカル”って言いかけた?」

「そんなわけないじゃないさ、行くわよ!」ラスカルラスカルと連呼していた茉莉につられ、“助かる”をつい言い間違えてしまったガスターは、赤い顔を隠すようにバッグへ逃げ込んだ。


 * * * * *


「――ここにもいなかったわ」

 公園内で最後と思しきカラスの巣を覗き込んだガスターは落胆の声色。アライグマ騒動の後いくつかの巣や草叢を探し回ったが、仲間は日暮れになっても見つからなかった。

「残念だけど日が暮れてきたし、今日はもう帰ろう? きっと明日は見つかると思うよ」

「そうよね、焦っても仕方ないわ。ありがとう茉莉ちゃん。歩き回させちゃって、ごめんなさいね」

 木から降りてきたガスターは、しょんぼりと茉莉のバッグのフチへ座る。

「なんのこれしき。普段の運動不足が解消されて、むしろありがたい感じ」

「茉莉ちゃん……」

 左腕で力こぶを見せつけるようなポーズをとる茉莉を、ガスターは心打たれたような表情で見上げた。

「茉莉ちゃんは、どんなお仕事してるのかしら?」

 公園から自宅への帰り道、人気が無かったため、小声で談笑しながら帰宅する二人。

「ん~? さして意味のないデータの集計したり、時間だけを浪費して結果の出ない会議の資料作ったり、その他もろもろ簡単な作業をする平凡な事務員だよ」

「あらまあ、物凄く毒を感じるわぁ」

 刺々しい内容を爽やかに答えた茉莉を、逆に末恐ろしく感じたガスターであった。

「ガスターさんのお仲間って、どんな人達?」

「そうね……一人は全体的にゴツくて中身は変態、もう一人は気配が薄くて、いるのかいないのか分からない空気みたいな子よ」

 随分と酷い言われようではあるが、あっけらかんとした口調から、ガスターがその二人を嫌っているようには感じ取れない。

「そうなんだ、個性的な人達なんだね」

「ええ、本当に。イライラすることもあったけど、いなくなると寂しいものね……」

「それ分かるわー。普段つまらないおやじギャグ言ってる上司が、たまに黙々と仕事してると、『あれ? なにか悪いモノ食べて具合悪いのかな?』ってほんの少しだけ心配になるよね」

「それとはちょっと違うわ茉莉ちゃん」

 茉莉の人間嫌いは偽りなしと確信したガスターであった。


 そんな他愛もない話をしているうちに、茉莉宅へと無事到着。玄関ドアの鍵を開けた茉莉は、あっと小さな声をあげた。

「さっき仕掛けた罠にかかってるかも」

「あーアレね。せっかくだから一応確認してみましょうか」

 昆虫ではあるまいしと、苦笑いするガスターはバッグから上半身を乗り出し、茉莉と共に裏庭へ行く。自動点灯のガーデンライトが丁度照らしている罠へ近づくと、何やら蠢く影が見えた。

「カブトムシでも取れたかしら? 随分と大きな――」

 影の輪郭がハッキリ分かる距離まで来たガスターは、笑いながら話していたセリフを途中で切る。その影は兜といえば兜であったが、カブトムシのカブトではなく武者鎧のような兜であり、昆虫のそれには見えなかったからだ。

「ヒック! ……お主ぃ、ガスターではないかぁ?」

 ドラム缶風呂にでも浸かっているかのような様子でカップに入っていた、顔を真っ赤に染めているミニロボは、茫然としているガスターへ声をかけた。

 どうやら罠の焼酎を飲み、酔っ払っているようだ。昆虫採集用の罠に引っ掛かり、その上酔っ払うとは、もう何でもありなロボットである。

「ボルタ……」

 情けない姿の仲間に、ガスターは右手を己の額に置き、嘆かわしいと天を仰いだ。

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