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銀騎士

 土曜日の爽やかな朝。5日に渡る退屈な仕事を成し遂げた茉莉(まつり)が、待ちに待った休日の朝だ。茉莉はいつものように空気を入れ替えようと、家中の窓を開け始めた。

 庭に面した大きいガラスサッシを開けると、やはりいつものようにお隣の飼い猫がお行儀よく鎮座していた。ブルーグレーとホワイトの毛並みがタキシードのように見えるその猫は、茉莉と視線を合わせ、ゆっくりと一度瞬きをした。

「ドンちゃん、おはよう」

 ドンへオヤツをあげるため屈んだ茉莉は、彼が何かを咥えていることに気が付いた。まさか俗にいう『猫のお土産』か。ドンは見た目ムッチリとふてぶてしいが、今まで一度も狩りをしたことがない気弱な子だと、お隣の飼い主が以前言っていたが。突如野生に目覚めたのだろうか。スズメかネズミか――と身構えた茉莉の目の前に、ドンはソレをゴトリと落とす。鈍い落下音からして、柔らかな生物ではないようだ。

 少し安心した茉莉は『さあ受け取れ』と無言で訴えてくるドンにオヤツをあげたのち、落下物を手に取った。

「プラモデル?」

 茉莉が片手で掴んだそれは、何かのロボットを模した玩具であった。泥や草で汚れてはいるものの、ロボットは破損部分も無く、しっかりとした作りをしている。

「ドンちゃん、これどこで見つけてきたの? 結構重いのに、よく持ってこられたね」

 オヤツを食べ終え『さあ撫でろ』と脛へ頭突きをしてきたドンを、ご要望通り撫で始めた茉莉。しばらく爆音でゴロゴロ喉を鳴らしたドンは、満足したようでお隣の庭へのっそり帰っていった。

「これ、どうしよう……」

 プリプリなドン尻を見送った茉莉は、残されたお土産を手に途方に暮れる。せっかく貰ったお土産を無下に捨てるわけにもいかない。何より、どこかの子供が落とした物だったならば、尚更捨てることなど出来やしない。綺麗に洗って自宅の塀に置いておけば、無くした子供が取りに来るかもしれないと、茉莉はロボットを手に洗面所へ向かった。


 蛇口から流れ出る水で粗方の汚れを落とし、細かい部分を洗うため洗面台に水を溜める。そこへロボットを浸し、歯ブラシで優しく擦り始めた。

「ひゃん!」

 一擦りすると、小さな悲鳴のような音がロボットから聞こえたような気がした茉莉は、怪訝な顔でソレを見つめた。

「……気のせいか」

 幻聴するほど仕事で疲れているのかと、苦笑いを浮かべつつ再度歯ブラシを動かし始めた。

「ひゃあんっ! もうダメ~!! くすぐったい~!!」

 歯ブラシに体を擦られ、くねくね身悶えるロボットに茉莉は完全停止。ヒーヒー言っているロボットを、真顔でまじまじと凝視している。

「ビックリさせてごめんなさいね~。アタシくすぐったがりなのよ~」

「最近の玩具は良く出来てるなぁ」

「えぇっ!? そんなリアクション?」

 洗面台に浸る手乗りロボットは、反応の薄い茉莉に驚く。

「最近の流行りは、ええ声でオネエ言葉なんだ。時代だなぁ」

「いやいやいや、アタシ玩具じゃないわよ?」

 非常にセクシーなバリトンボイスでオカマ口調のロボットは、パシャリと水音を立てて洗面台へ仁王立ち、茉莉を見上げた。

「ハイハイ、何はともあれ綺麗にしましょうねー」

「ちょっとぉ! アナタ人の話聞いて――きゃはははは~! いやぁ~~~っ!!」

 茉莉はロボットの文句をスルーし、ガシガシと歯ブラシで汚れを落としていった。


「――ハァ、ハァ……。アナタ、なかなかやるわね……」

 数分後、ピッカピカに磨き上げられたロボットは、笑い疲れ憔悴した様子でハンドタオルに包まっている。

「それはどうも」

「なんて大物なの、この子……」

 顔色一つ変えることなくタオルで拭いてくる茉莉を、ロボットはジト目で見やる。

「で、ロボさんは、どこの子の持ち物?」

「だーかーらぁ、アタシ玩具じゃないってばぁ」

「じゃあ手乗りガンドム?」

「ロボなら何でもかんでもガンドムにすんじゃないわよ!」

 キィーッとバリトン金切り声をあげるロボットの頭を、茉莉は人差し指で優しく撫でた。

「な、なによ……アタシは猫じゃないわよ……」

 そう不貞腐れつつも成すがままに撫でられるロボットは、言葉とは裏腹にウットリを目を細めている。茉莉は友人に『女ナツゴロウ』と言わしめるほどのゴッドハンドの持ち主。そのテクニックは金属相手にも有効であったようだ。

「ちっちゃくて可愛いなぁ」

 人と可愛さの基準が若干ずれていると言われ続けてきた茉莉。この銀色に輝く中世の騎士のような見た目のロボットも、彼女のフィルターを通せば子猫のような可愛さを醸し出していた。

「か、可愛い? このアタシが……?」

 呆気に取られた顔で見上げてくるロボットに、茉莉は柔らかな微笑を贈る。誉め言葉であるなら可愛いよりも格好良いが似合う風貌のロボは、茉莉の言動に戸惑いつつも頬を赤らめた。

「うん可愛い。どこで売ってるの?」

「キィ~ッ!! アタシは玩具じゃなくて戦闘メカなのよっ!!」

「へー」

「うっす! ホント反応うっす!」

 どこまでも玩具扱いしてくる茉莉に堪忍袋の緒が切れたロボットは、包まっていたタオルをマントのように翻し立ち上がる。

「こーなったら意地でも度肝抜かせてやるわ! ちょっとアナタ、アタシを外に連れてってちょうだい!」

「はいはい」

 ぷりぷりプンスカしているミニロボットを左手に乗せ、茉莉は庭まで足を運ぶ。ちょうど先ほどドンが落とした位置へロボットを降ろすと、彼(?)は庭の真ん中まで高速移動。すばしっこい小動物のようだと微笑む茉莉へ、ロボットは小さな腕をブンブン振った。


「さあ、刮目なさい! アタシの雄姿に!」

 そう声を張り上げたロボットは、その小さな姿をみるみるうちに巨大化させていき、あっという間に茉莉宅の屋根までをも追い越した。二階建てよりも高い位置から見下ろすその銀色の姿は、朝日を受けて神秘的な光を煌めかせている。ガンドムのような戦闘モビルスーツというよりも、中世の絵物語に出てくるような雄姿を、茉莉はしばらく無言で見上げていた。

「ふふん、驚きで声も出ないようね」

「大きいのは分かったので、もう少し縮んでもらえると助かるかな」

「え」

「ドンちゃんがビックリしてるんで」

 茉莉の視線の先を追うと、お隣さん宅の屋根の上で体の毛を逆立て、尻尾をブワブワに膨らませたドンが、巨大化したロボットを睨んでいた。

「あらやだごめんなさいね」

 しゅるるる~と萎みだしたロボットは、2メートルほどの人間サイズへ落ちつく。

「サイズ変更自由自在?」

「そうよ。凄いでしょ!」

「凄いねー」

 得意げに胸を張るロボットへ、茉莉はさして驚きの色を含めない返事を返す。

「とりあえず部屋に戻らない? 人目に触れると後々面倒だから」

「そーだった! アタシ追われてる身だったわ!!」

 両手で両頬を挟み、顔色を青く変えるロボットのゴツイ手を引き、茉莉はリビングへと導いていった。

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