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虹の始まる所2

 やって来たのは桃華と黄だった。

 二人も私と同じように入学式の手伝いをしている。


「紫ちゃん、片付け終わったよ? 褒めて褒めて」


 甘えながら私に抱き着こうとする黄を、側にいた桃華が止める。


「副会長なんだから当たり前でしょう? 紫記様、本日の発言まとめておきましたわ」


 書類を見せながら私にピッタリくっつく桃華を、今度は黄が引き()がす。


「書記として当然のことだよねー? 楽な仕事なんだし」

「何ですってぇ」


 この頃二人はいつもこんな感じだ。

 学園の生徒会の規定で、会長は新二、三年生から、副会長は新二年生から選出すると決まっている。私が推薦を受けて立候補した直後、黄が副会長に名乗りを上げて桃華が書記になりたいと言い出した。結果は見事に全員当選。去年の生徒会メンバーも交えて、私達は仲良く一緒に活動している。

 ケンカする程仲がいい、のか桃華と黄は言い合いながらもお互いを認めているみたい。だって二人とも非常に優秀だし、仕事となるとテキパキこなしてくれる。お陰でどの案件もスムーズだ。


「で、紫ちゃん。どっちが偉いと思う?」


 なぜかすぐに張り合おうとするから、これさえなければもっといいんだけど。


「どっちも偉いと思うよ? 二人のおかげで私もすごく助かってるし」

「もう! そういう所がつれないんだから。でも、好き~っ」

「僕も。大好きだよ、紫ちゃん」


 ピッタリくっついてくる桃華と黄。

 可愛い二人を独り占めって、贅沢過ぎて後からみんなに恨まれそうなんだけど。


「そういえば紫記様、また髪が伸びましたね。素敵ですわ」

「何言ってんの。紫ちゃんはどんな髪形でも可愛いんだけど。今日も瞳が綺麗だよ」


 私を褒め殺してどうしようというのだろう? 桃華の柔らかな栗色の髪の方が女の子らしくて素敵だし、黄のこげ茶の瞳の方がまん丸くって愛らしいのに。でもまあ、褒められて悪い気はしない。私はお礼を言うと、すり寄る二人の頭を撫でていた。




 そんな時、渡り廊下の向こうから私を呼ぶ声がする。


「紫記、お前まだこんなところにいたのか。橙也の送別会のことで話そうって蒼士が」

「わかった。すぐに行く」


 私を探しに来たのは藍人だった。

 藍人も私を『紫記』と呼ぶ。

 共通の友人である橙也は、先日国内のピアノコンクールに出場して優秀な成績を収めていた。そのため彼は学園を出て、音楽の勉強を一からやり直したいと言う。ヨーロッパに留学する彼は、ピアノと作曲に力を入れるらしい。寂しくなるけれど、それが彼の選んだ虹の世界なら、友人として心から応援しようと思う。そんな橙也のために、私達は本人には内緒でお別れ会を企画している。

 呼びに来るってことは、何か問題でも発生したのかな? 仲良くケンカしている桃華と黄をその場に残して、私は藍人について行く。


「あ、そういえば。さっきのスピーチ良かったぞ。やはり感性が女子だな」

「そう? ありがとう」


 藍人は最近、何かと私を女の子扱いしようとする。「胸が小さい」を連呼したから、悪いと思っているのだろうか。それともまさか、女の子だと言い続けないと忘れそうになるくらい、私が小さいから? 思わず胸元に目を落とす。さらしを巻いていないから、大丈夫、ちゃんとある。


「まあ俺も、そんなお前は嫌いじゃないけど。っていうか、むしろ好……」

「藍人! 紫を呼びに行くだけで、いつまでかかっているんだ」


 何か言いかけた藍人を蒼が遮る。

 そんなに慌ててどうしたんだろう。

 まさか橙也の気まぐれで、出発をやめたとか? 


「どうしたの、蒼。急な変更でもあった?」

「いや。私の仕事が立て込んでいて、なかなか時間が取れない。呼び出しておいてすまないが、見積書をお前の机に置いておいた。目を通して変更があれば言ってくれ」

「わかった。藍人と紅と検討しておくよ」


 文化祭以降、蒼は何やら急に忙しくなったようだ。反対に、紅の方が学園にいることが多くなった。何でだろ? その紅は、入学式後に早々と女の子達に囲まれていたようで、そのままどこかへ歩いていくのが見えた。まあ、いつものことだし嫉妬してもしょうがないんだけど。私は、チリッとした胸の痛みを無視することにした。

 男子寮を出たため、女の子には戻れたけど紅と会える時間が減ってしまった。


『俺の彼女なんだし、もっと堂々と話しかけてくれ』


 紅はそう言うけれど。みんなにバラしたせいか、私がとっても恥ずかしいのだ。そんなわけで、付き合う前とあまり変わらず、いえ、前よりもっと話す暇がなく現在に至っている。あ、別に拗ねてないから。すれ違っててちょっと寂しいだけ。


「見積書って送別会の料理のことだよね? 確かケータリングを依頼したって言ってた分……」


 藍人に話しかけながら教室の扉を開けた私は、あり得ないものを見てしまった。


「なっお前!」

「と、とと橙也! どうしてうちのクラスに?」


 私の机に寄りかかった橙也が、あろうことか蒼の置いた紙を手に持っている。大丈夫、日付と金額と業者名と人数くらいしか書かれてないはず。ざっと見ただけでは何のことかわかるまい。


「やあ、紫ちゃん。ついでに藍人も。最近何かコソコソしてると思ったら、これだったんだね? 生徒会の仕事で忙しいだろうに、わざわざごめんね。俺としては、二人きりのお別れでも良かったんだけど」 


 しまった。橙也は一番器用で勘がいいのを忘れていた。見積書を見ただけで、私達が何をしようとしているのかわかってしまったみたい。固まる私に代わって藍人が答える。


「橙也。二人きりって、そんなに俺のことが……」

「そんなわけないだろう? でもまあ、気持ちはありがたくいただくけどね」


 紙をひらひらさせながら苦笑する橙也。もう少し一緒にいられると思っていたから、留学の話を聞いた時は本当に驚いた。先日、授業の後でたまたま二人になった時、彼から打ち明けられたのだ。


『ねえ、紫ちゃん。俺がいなくなったら寂しい?』

『急にどうしたの? どこか旅行に行くの?』

『まあね。好きな子を振り向かせるため、大きな男になろうと思ってさ』

『へぇー、橙也って好きな人がいたんだ。あ、でもそれ以上背が高くなったら、バランスが悪くなると思うよ』

『ふふ、君らしい答えだね。でも少し違うかな?』

『違うって何が?』

『内緒。でも、近々ヨーロッパに留学しようと思うんだ。だからもうすぐお別れだね。正式に決まるまで、みんなには言わないでほしい』


 私が頷くと橙也は私の額にキスをした。

 約束だよ、という意味だと思ったので、びっくりしたけど何も言わずにいた。そんな私の目を真っ直ぐに見た橙也は、少しだけ寂しそうに微笑んだ――


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