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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第4章 虹の世界
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後夜祭7

 鈍い……鈍すぎる!

 気づかない藍人には困ったもんだ。

 それに、人を胸の大きさで判断するってどういうこと? 小さかったのはさらしを巻いていたからだし。本来は標準並みなんだけど――たぶん。


「あのね、藍人。()()紫記なんだけど。今まで男子として振るまっていて、その……ごめん」


 頭を下げた後で藍人の様子を窺う。

 見つめ合うこと30秒。

 ようやく理解したのか、藍人が目を見開く。彼は上から下まで私を見ると、声を発した。


「え? ええぇーー!?」


 大きな声に近くの人が何ごとかと振り返る。驚いた私は、思わずよろけてしまった。

 伸びてきた藍人の手が私の腕を咄嗟に掴む。それってさっき肉を持っていた手だよね? あ、いや、別にいいんだけど。


「そんな、まさか! でもそういえば、面影がある。本当にお前が……紫記なのか?」


 首を縦に動かす。

 目を丸くした藍人が呆然と見ている。


「うん。()って言えばわかる? それとも、藍人が最近貸してくれた雑誌が『百発百中、モテるプロテイン特集』だってバラせば……」

「うわ、やめてくれ! それ内緒だから」

「まあ、まだ中は見てないんだけど」


 女子にモテてもしょうがないので、借りっぱなしでまだ読んでいない。文化祭前にたまたま食堂で会った時、「読み終わったから貸してやる」と強制的に渡されたのだ。藍人にしてみれば、頼りない私は弟分みたいなものだったんだろう。何かと目をかけてくれたことには、感謝している。

 友人だと思っていた紫記が実は女子だとわかったせいか、藍人が急にシュンとなった。私を見ながらボソッと呟く。


「そうか……本物の紫記なんだな。ってことは、お前が紅輝の彼女か!?」


 彼女と言われるのは、まだ恥ずかしいんだけど。私は熱くなった自分の頬に両手を当てた。


「うああーーっ、それなら俺はさっき、何てことを言ったんだ」


 いきなりガシガシ頭をかく藍人。

 どうしたんだろ。

 突然わめき出すなんて。


「何てことって?」

「紅輝の相手を認める発言なんかして……っていうか、いつの間にそんな仲に! くそ、紅輝め。最初からわかってたんなら言ってくれよ。お前もだ! 紫記。どんだけ人を惑わせ……ああもうっ」


 そうか。藍人には隠さず、最初から打ち明ければ良かったのか。私はまだ、さっきのお礼も言ってなかった。


「藍人、味方してくれてありがとう。すごく嬉しかったよ」

「だからそれは! ……なあ紫記、考え直さないか? 別に今すぐ紅輝とくっつかなくてもいいんじゃないか? 男は他にもいっぱいいるし」

「ふふっ、ありがとう。ようやく女の子として見てくれたんだね?」

「ようやくって……でもそうか。考えてみれば始めから女子だったのか。俺は特殊じゃなかったんだ」

「特殊って?」


 首を傾げながら聞き返す。

 驚いたり焦ったり、考え込んだり。

 藍人の表情が目まぐるしく変わるので、何だか目が離せない。


「こっちの話だ。なあ、だったら胸は? どうやっていきなり大きくしたんだ。それともやっぱり、大量に詰め物でもして……」

「藍人のばかぁ!」


 思いきり怒鳴り、彼に背を向けた。

 まったくもう! 

 バカにするにも程がある。

 ちなみに胸パッドは使っていない。

 今日のは自前だ。




 憤慨して歩いていると、誰かとぶつかった。碧先生だ! 先生は白衣を着たまま会場に来ている。どうしたんだろう。病人かけが人でも出たのかな?


「やあ、紫ちゃん。ちょうどいい場面を見逃してしまったようだ。気絶した紅輝ファンの女の子達を保健室に連れて行くよ。ショックが治まるまで僕が面倒を見るから。今日は保健室に近付かないようにね?」


 そうだ、紅は学園で一番の人気者だった。みんなの前で突然交際宣言なんてしたから、彼を好きな女の子達が倒れてしまったようだ。私は自分のことばかりで、周りの人の気持ちを考えていなかった。

 だからといって、紅は譲れない。

 女の子らしくない私でも、紅を好きな気持ちは誰にも負けない。小さな頃から近くにいたのに、なかなか気づけなかった想い。ようやく自覚した今、後戻りなんてしたくない。 

 雲の向こうにあった私の虹。

 見つけた以上、手放すことなどできないから。


 とはいえ、私達のせいで碧先生にまで迷惑がかかってしまった。忠告に来てくれた優しい先生に、後を頼むことにする。


「お手数をおかけしてすみません。よろしくお願いします」

「いいんだよ、他ならぬ君のためだし。でも欲を言えば僕も、その姿の君と踊りたかったな」


 そう言ってウィンクをした先生は、私の気持ちを軽くしようとお世辞を言っ下さった。その心遣いが嬉しくて、ほんのり心が温かくなる。でも、私と踊らなくても碧先生がまともに参加すれば、踊ってほしい女子の行列がすぐにできると思う。


「ねえ、紫ちゃん。もし僕が……」

「そこまでだ、碧。そろそろ紫を返してくれ」


 この声は紅だ! 

 碧先生の言葉を遮った紅が、背中側から私の腰に腕を回してくる。いや、でもちょっとこの体勢は、結構照れるんだけど。


「おお、怖。相変わらずだね。強引な男は嫌われるよ?」

「勝手に言ってろ。それよりいいのか? 保健室に行かなくて」

「誰のせいだと思う?」

「それについては謝る。だが、俺にも譲れないものはある」

「ふー。若いっていいね。羨ましいよ」


 先生だって十分若いのに。

 そう言った碧先生は、ほんの少し寂しそうな表情をのぞかせた。でも、次の瞬間いつもの柔らかい笑みを浮かべると、私に向かって手を振った。


「じゃあね。紅に振り回されるのが嫌だったら、いつでもおいで。大人の男性もいいものだよ?」


 よくわからないけど、カウンセリングをしてくれるってことなのかな? さすがはお医者さんだ。それともこれが大人の余裕? 何にせよありがたいから、困ったことがあればすぐに相談に行くことにしよう。

 私も手を振り返し、碧先生を見送った。




「碧をじっと見て、何を考えている?」

「どわっっ」


 後ろから唇を寄せ、いきなり耳元で囁くのはやめてほしい。危うく腰が抜けそうになったじゃない。慌てて振り向くと、密着しているせいか紅と唇がぶつかりそうになってしまった。


「うわっ。紅、お願いだからもう少し離れて!」


 正面に向き直った私は、思わず紅を押しやった。

 一旦は離れたものの、両手で私の腰を掴んでいる紅が再び近づいてくる。


「どうして? ようやく捕まえたんだ。他のやつと踊るのを許してやっただろう?」

「え? でもそれって、当たり前というか何というか……」

「いいや。俺は全部断っているのに、お前は次から次へと」

「だって、みんなこの姿の私が珍しいみたいだし。ああ、そういえば」


 先ほどの会話を思い出し、思わず笑ってしまった。


「藍人ったら、おかしいんだよ。私の瞳の色を知っているし、目の前で喋ったのに。この姿のせいか全然わからなか……わぶっ」


 紅ってば、私の顔をいきなり自分の胸に押し付けるって何ごと?


「他の男の名前は聞きたくない。紫、今度ここで誰かの名前を出したらキスするからな」

「はい?」


 何だ、それは。

 当然冗談だよね?

 みんなも見てるし、まさかそんなことはしないはず。だけど、私の好きな紅は意外と嫉妬深いらしい。

 もしかして私……早まった!?

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