後夜祭7
鈍い……鈍すぎる!
気づかない藍人には困ったもんだ。
それに、人を胸の大きさで判断するってどういうこと? 小さかったのはさらしを巻いていたからだし。本来は標準並みなんだけど――たぶん。
「あのね、藍人。私が紫記なんだけど。今まで男子として振るまっていて、その……ごめん」
頭を下げた後で藍人の様子を窺う。
見つめ合うこと30秒。
ようやく理解したのか、藍人が目を見開く。彼は上から下まで私を見ると、声を発した。
「え? ええぇーー!?」
大きな声に近くの人が何ごとかと振り返る。驚いた私は、思わずよろけてしまった。
伸びてきた藍人の手が私の腕を咄嗟に掴む。それってさっき肉を持っていた手だよね? あ、いや、別にいいんだけど。
「そんな、まさか! でもそういえば、面影がある。本当にお前が……紫記なのか?」
首を縦に動かす。
目を丸くした藍人が呆然と見ている。
「うん。僕って言えばわかる? それとも、藍人が最近貸してくれた雑誌が『百発百中、モテるプロテイン特集』だってバラせば……」
「うわ、やめてくれ! それ内緒だから」
「まあ、まだ中は見てないんだけど」
女子にモテてもしょうがないので、借りっぱなしでまだ読んでいない。文化祭前にたまたま食堂で会った時、「読み終わったから貸してやる」と強制的に渡されたのだ。藍人にしてみれば、頼りない私は弟分みたいなものだったんだろう。何かと目をかけてくれたことには、感謝している。
友人だと思っていた紫記が実は女子だとわかったせいか、藍人が急にシュンとなった。私を見ながらボソッと呟く。
「そうか……本物の紫記なんだな。ってことは、お前が紅輝の彼女か!?」
彼女と言われるのは、まだ恥ずかしいんだけど。私は熱くなった自分の頬に両手を当てた。
「うああーーっ、それなら俺はさっき、何てことを言ったんだ」
いきなりガシガシ頭をかく藍人。
どうしたんだろ。
突然わめき出すなんて。
「何てことって?」
「紅輝の相手を認める発言なんかして……っていうか、いつの間にそんな仲に! くそ、紅輝め。最初からわかってたんなら言ってくれよ。お前もだ! 紫記。どんだけ人を惑わせ……ああもうっ」
そうか。藍人には隠さず、最初から打ち明ければ良かったのか。私はまだ、さっきのお礼も言ってなかった。
「藍人、味方してくれてありがとう。すごく嬉しかったよ」
「だからそれは! ……なあ紫記、考え直さないか? 別に今すぐ紅輝とくっつかなくてもいいんじゃないか? 男は他にもいっぱいいるし」
「ふふっ、ありがとう。ようやく女の子として見てくれたんだね?」
「ようやくって……でもそうか。考えてみれば始めから女子だったのか。俺は特殊じゃなかったんだ」
「特殊って?」
首を傾げながら聞き返す。
驚いたり焦ったり、考え込んだり。
藍人の表情が目まぐるしく変わるので、何だか目が離せない。
「こっちの話だ。なあ、だったら胸は? どうやっていきなり大きくしたんだ。それともやっぱり、大量に詰め物でもして……」
「藍人のばかぁ!」
思いきり怒鳴り、彼に背を向けた。
まったくもう!
バカにするにも程がある。
ちなみに胸パッドは使っていない。
今日のは自前だ。
憤慨して歩いていると、誰かとぶつかった。碧先生だ! 先生は白衣を着たまま会場に来ている。どうしたんだろう。病人かけが人でも出たのかな?
「やあ、紫ちゃん。ちょうどいい場面を見逃してしまったようだ。気絶した紅輝ファンの女の子達を保健室に連れて行くよ。ショックが治まるまで僕が面倒を見るから。今日は保健室に近付かないようにね?」
そうだ、紅は学園で一番の人気者だった。みんなの前で突然交際宣言なんてしたから、彼を好きな女の子達が倒れてしまったようだ。私は自分のことばかりで、周りの人の気持ちを考えていなかった。
だからといって、紅は譲れない。
女の子らしくない私でも、紅を好きな気持ちは誰にも負けない。小さな頃から近くにいたのに、なかなか気づけなかった想い。ようやく自覚した今、後戻りなんてしたくない。
雲の向こうにあった私の虹。
見つけた以上、手放すことなどできないから。
とはいえ、私達のせいで碧先生にまで迷惑がかかってしまった。忠告に来てくれた優しい先生に、後を頼むことにする。
「お手数をおかけしてすみません。よろしくお願いします」
「いいんだよ、他ならぬ君のためだし。でも欲を言えば僕も、その姿の君と踊りたかったな」
そう言ってウィンクをした先生は、私の気持ちを軽くしようとお世辞を言っ下さった。その心遣いが嬉しくて、ほんのり心が温かくなる。でも、私と踊らなくても碧先生がまともに参加すれば、踊ってほしい女子の行列がすぐにできると思う。
「ねえ、紫ちゃん。もし僕が……」
「そこまでだ、碧。そろそろ紫を返してくれ」
この声は紅だ!
碧先生の言葉を遮った紅が、背中側から私の腰に腕を回してくる。いや、でもちょっとこの体勢は、結構照れるんだけど。
「おお、怖。相変わらずだね。強引な男は嫌われるよ?」
「勝手に言ってろ。それよりいいのか? 保健室に行かなくて」
「誰のせいだと思う?」
「それについては謝る。だが、俺にも譲れないものはある」
「ふー。若いっていいね。羨ましいよ」
先生だって十分若いのに。
そう言った碧先生は、ほんの少し寂しそうな表情をのぞかせた。でも、次の瞬間いつもの柔らかい笑みを浮かべると、私に向かって手を振った。
「じゃあね。紅に振り回されるのが嫌だったら、いつでもおいで。大人の男性もいいものだよ?」
よくわからないけど、カウンセリングをしてくれるってことなのかな? さすがはお医者さんだ。それともこれが大人の余裕? 何にせよありがたいから、困ったことがあればすぐに相談に行くことにしよう。
私も手を振り返し、碧先生を見送った。
「碧をじっと見て、何を考えている?」
「どわっっ」
後ろから唇を寄せ、いきなり耳元で囁くのはやめてほしい。危うく腰が抜けそうになったじゃない。慌てて振り向くと、密着しているせいか紅と唇がぶつかりそうになってしまった。
「うわっ。紅、お願いだからもう少し離れて!」
正面に向き直った私は、思わず紅を押しやった。
一旦は離れたものの、両手で私の腰を掴んでいる紅が再び近づいてくる。
「どうして? ようやく捕まえたんだ。他のやつと踊るのを許してやっただろう?」
「え? でもそれって、当たり前というか何というか……」
「いいや。俺は全部断っているのに、お前は次から次へと」
「だって、みんなこの姿の私が珍しいみたいだし。ああ、そういえば」
先ほどの会話を思い出し、思わず笑ってしまった。
「藍人ったら、おかしいんだよ。私の瞳の色を知っているし、目の前で喋ったのに。この姿のせいか全然わからなか……わぶっ」
紅ってば、私の顔をいきなり自分の胸に押し付けるって何ごと?
「他の男の名前は聞きたくない。紫、今度ここで誰かの名前を出したらキスするからな」
「はい?」
何だ、それは。
当然冗談だよね?
みんなも見てるし、まさかそんなことはしないはず。だけど、私の好きな紅は意外と嫉妬深いらしい。
もしかして私……早まった!?




