後夜祭6
「次は僕だよ。早く変わってよぉ」
曲が終わると同時に近づいて来た黄が、可愛く拗ねている。三曲連続だったから、そろそろ休もうと思っていたんだけど……
昔から私は、黄のおねだりに弱い。それに、アイドルより可愛い黄と踊れるなんて、こんな機会は二度とないかもしれない。橙也に膝を折って挨拶した私は、黄の腕を取った。
黄はえんじ色のタキシードにチェックのジレを合わせている。天使のような顔立ちに合うせいか、派手に見えず上品に感じる。
「もう、紫ちゃんたら。人気でなかなか順番が回ってこないんだもん。嫌になっちゃう」
「黄こそ、お誘いが途切れなかったみたいなのに。こっちに来て平気なの?」
「もちろん。僕は紫ちゃんが好きだからね」
「ありがとう、私も黄が大好きだよ」
踊りながらでも、余裕で話せるようになってきた。黄は甘えん坊で寂しがり屋さんだから、一つ上の私を姉と慕っているのだろう。小さかった黄も、今の私とは目線がほぼ一緒だ。ヒールを履いている分、私の方が少し背が高いかな? でもそのうちきっと、ヒールを履いていても見下ろされてしまうんだろうな。
「すごく綺麗なドレスだね。髪飾りも可愛いし。ねえ知ってる? 男が服をプレゼントするのは、脱がせたいからなんだって」
「なっ……」
思わず足がもつれてしまう。
可愛い顔して何てことを言い出すの、この子は!
「そ、それは一般的な意見でしょう? もしくは恋人同士とか」
「そうだね。でも、そのドレスって紅からでしょう? 兄さんとはまだ恋人同士じゃないの? だったらチャンスはあるのかな」
「こ……恋人って。さっき告白したばかり……ゴホンゴホン」
咳ばらいをしてごまかした。
それにチャンスって……まさか!
「黄、さすがはオシャレさんだね。そんなにこのドレスが気になるなら、いつでも貸してあげるよ? まあ、黄なら私より断然可愛く着こなせるだろうけど……って、言ってて悲しくなってきた」
「何だよ、それ。聞いてる僕が悲しいよ。もう、紫ちゃんたら。全然わかってないんだから!」
黄がぷうっと頬を膨らませる。
小動物みたいでとっても可愛いけれど、私がわかってないってどういうこと? 今ってドレスの話しかしていなかったよね?
黄までそんなことを言うなんて。
まるで私が本当に鈍いみたいじゃない!
曲が終わった。
ようやく休憩できると軽食の方に向かうと、ラベンダー色の塊が突進してきた。
「紫記様! ……いえ、紫さん……ああ、やっぱり紫記様の方が呼びやすいわ。踊って下さいな」
私は驚いた。
だって誘ってきたのは女の子の桃華だったから。ふんわりしたラベンダー色のプリンセスドレスは、柔らかい雰囲気の彼女にとてもよく似合っている。艶やかな茶色の髪は大きなリボンで後ろに結い上げられ、ドレスとお揃いのラベンダー色の薔薇の髪留めで固定されていた。
「ええっと花澤さん、いいの? 私もこの格好だし一応女性なんだけど」
「もちろんです。だって、ダンスのレッスンでは、結局ご一緒できませんでしたもの」
「そうだけど。変な目で見られることになるかもよ?」
「構いませんわ。さっきも言いましたけど、私、綺麗な人や物が好きなんです。紫記様は紫記様で、他の誰でもないでしょう?」
桃華の言葉に、私は思わず泣きそうになってしまった。さすがはゲーム世界のヒロインだ。こっちの世界でも、彼女はとてもいい子だった。私のことを綺麗だと褒めてくれたし、さっきも庇う発言をしてくれた。彼女のはっきりした考え方には、私の方が圧倒されてしまう。
「ありがとう。そういうことなら喜んで。男性パートなら任せて」
「嬉しい! よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
薔薇色に頬を染めて満面の笑みを浮かべる桃華に、私も笑みを返した。
危ない危ない。
私がもし紅を好きじゃなかったら、今ので完全に桃華に落ちていたかもしれない。それぐらい、彼女は優しく可愛らしい。
「いつから気づいていたの?」
踊りながら桃華に聞いてみる。
男性パートの方はレッスンで何度も踊っていたから、考えなくても自然に身体が動く。
「確信したのはついさっきですけれど。でも、普段からむきになる紅輝様を見て、ちょっとあれ? とは思っていました」
彼女は私の質問に素直に答えてくれる。こんなにいい子を騙していたなんて、非常に申し訳ない。けれど、紅がむきになっていたなんて、全然記憶にない。桃華は紫記だった私に告白したこと、後悔したり恨んだりしてないのかな?
そう聞くと、彼女は笑った。
「いいえ。断られたのが私のせいじゃないんだってわかりましたもの。私しつこいんですよ。簡単には諦めませんから」
「ええっと……でもそれ、女の子だとわかる前の話だよね」
「どうしてですか? 男性でも女性でも、好きなものは好きなんです」
うーん、嬉しいような嬉しくないような。ってことは、まさか桃華は男女両方OKってこと? ヒロインとして、それはさすがにまずいんじゃあ。
ああ、そうか。ゲームじゃないからヒロイン関係なかったか。それなら桃華は、プラトニックな友人関係を望む博愛主義者ってことで合っているよね?
曲が終わったので、私は桃華にお辞儀をした。
「ありがとう。おかげで楽しかったよ」
「ふふふ、お楽しみはこれからですわ」
いいんだけど桃華ちゃん、それって悪役のセリフじゃあ……
鈍いと匂わされなかったことに気をよくした私は、今度こそ休憩するため軽食コーナーを目指す。そこにはさっきからずっと、黒に近い藍色の髪の人物が立っていた。
背の高い彼は黒のタキシードを見事に着こなし、後姿もスマートだ。手からお皿を離さず、ずっと食べている割には太らないって羨ましい。
「藍……」
呼びかけようとして止めた。
彼はさっき、みんなの前で一番最初に応援してくれた。でも本心ではもう、私とは関わりたくないかもしれない。
別の所に行こうとしたら、振り向いた藍人と目が合った。すると、私を認めた彼が人のいい笑顔で話しかけてくる。
「紅輝の彼女さんですよね。貴女も食事をしに来たんですか? 俺のお薦めはホーレン草とキノコのキッシュです。美味しかったですよ」
ちょっと待った。
藍人、何で敬語?
すごく他人行儀なんだけど。
やっぱり私とは、話したくないの?
思わず泣けてきてしまう。
「ど、どうしたんですか? そんな潤んだ目で……あ、目が痛いとか。紫の瞳は光に弱いのかな? 困ったな、その色ってもう一人くらいしか知らないんだけど。さっきから探してるんだけど、まだ来てないみたいなんですよね」
――ん?
「そういえば、貴女は彼に似ていますね。ああ、もちろん貴女の方が何倍もお綺麗です。胸も大き……ひょっとして、紫記のお姉さんですか? 苗字も同じだし、今まで三年のクラスにいたとか」
もしかして、だけど。
藍人ってば、私のことがわかってないの?




