後夜祭4
みんなが私と紅を遠巻きにしていた。私のすぐ側には蒼と黄がいる。正面には橙也が、その隣には両腕を組む藍人が確認できた。桃華とその友達も近くにいて、興味深そうにこちらを見ている。
紅はフロアを見渡すと、よく通る声で話し出した。
「後夜祭を中断してすまない。どうしても聞いてほしいことがあるんだ」
強張った私に気づいた紅が、腰を持つ手に力を込めた。そうかと思えば私を見て、安心しろ、という風に微笑んでくれる。
いいや、どうなっても。
この場は任せてしまおう。
「俺の隣にいる女性、気づいた人もいるかもしれないけれど、今日までずっと俺達の仲間だった」
だった……ってことは、学園追放決定ね? わかってはいたけれど、ここまで大っぴらに宣言されることではないような。それとも紅は、私がみんなに謝りやすいようにしてくれてるの?
「事情があって正体を隠してきた。けれどそれももう、限界だと気づいた」
辺りがざわつく。
「誰だ」という声と「まさか紫記様?」という声が聞こえてくる。どよめきが大きくなるにつれ、いたたまれない思いが強くなる。私は逃げ出したい気持ちを必死に堪え、真っ直ぐ前を見た。
「改めて紹介させてほしい。彼女の名前は長谷川 紫。俺の、一番大切な人だ」
紅が高らかに宣言する。
「キャーッ」
「嫌-っ、紅輝様~!」
「紅輝ー羨ましいぞー」
「自慢か~、自慢なのかー」
途端に女子からは悲鳴が、男子の間からはヤジが飛ぶ。……って、ええっとあれ? なんでここで交際宣言!?
「おい、紅! どういうことだ、約束が違うぞ」
「兄さんずるいよ! ちゃっかり自分だけ。ねぇ、紫ちゃんは僕のでしょう?」
蒼と黄も騒いでいる。
だけど私が一番びっくりしている。何を言い出すかと思えば、私の紹介ってどういうこと?
紅は周囲の反応には全く動じず、言葉を続けた。
「理事長権限で、彼女を男子として入学させた。今まで黙っていてすまない。非は全て俺にある。責めるなら、俺を」
理事長権限っておじ様のことでしょう? それなのに、本人の許可なくそんなことを言ってもいいの?
「そんな!」
「どういう意味だ? わかりにくいぞ」
「紅輝の嫁自慢だったんじゃないのかー」
会場内が騒然としている。
このままでは収拾がつかない。いったいどうするつもりなの?
「はーい、質問でーす。事情って何ですか?」
そんな中、桃華が明るく手を上げた。よく通る彼女の声に、その場が急にシンとなる。
「報道規制を強いたし、これは本人も忘れていることだが……」
そう言って紅が語ったのは、本当に私が覚えていない事柄だった。
――小学生の頃、黄司が誘拐されかけたことがあった。ここにいる紫は黄を助けるため、自分が犯人に飛びつき、右手に噛みついたと思いこんでいる。
だが実際は逆で、犯人が先に狙ったのは彼女の方だった。激しく抵抗したために、諦めた犯人がおとなしい黄に変えた。ところが、黄が連れ去られそうになるのを見た彼女が反転し、彼の右手に噛みついた。
犯人からすれば、一旦逃げておきながら戻って噛みつく彼女の行動は、完全に予想外だった。カッとしたそいつは、彼女を振り払おうと全力で地面に叩きつけた。
後から来た俺が犯人にしがみつき、蒼が大人を呼びに行った。駆けつけた教師により彼女は救出され、逃げた犯人は警察に取り押さえられた。
以上が犯人の自供により判明したことだ。彼女や家のことを考えて、当時報道を控えた。怪我をしたショックが大きかったのか、紫は自分が誘拐されかけた事実を忘れてしまった――
事件のことを話した紅。
そういえば、叩きつけられただけなのに、当時は頭の傷以外にも擦り傷や切り傷が多かったような気がする。そうか、私が犯人に抵抗したからなのか。
でも、それだと『事情』の説明にはならない。そう考えていたら、紅が更に私の知らないことを語った。
――二年前、櫻井の家に脅迫状が届いた。そこには『お前の大切なものを奪う』と書かれてあった。頭に浮かんだのは彼女のこと。誘拐を恐れた俺達は、警備の厳重なこの学園に彼女を入れることを思いついた。
彼女を守るため。また、以前の恐怖を思い出させないために、理事長が学園への入学を特別に許可した――
以上が紅の説明だった。
あれ、そうなの?
全部初耳なんだけど。
「じゃあ、どうして男の子になったんですか?」
桃華がなおも食い下がる。
彼女を騙した形になった私としては、とても心苦しい。
「急に決めたから、特待生が男子の枠しか空いていなかった。また、俺の……櫻井の相手だとわかれば、狙われてしまう。女子よりも男子として過ごした方が、誘拐のリスクを減らせる」
紅がすらすら答えた。
でも、そんな事情があったなんて。 私は、特待生としてただで入学出来るし、世話役で借金が返せるからいいかな、などと軽く考えていた。
まあ一番の理由は、自分がゲームの『紫記』になりきらなければいけないと思っていたからなんだけど……
「俺の弁明は以上だ。彼女に責任はない。できればこれまで通り、学園生活を続けさせてほしい」
紅が頭を下げた。
それを見た私も、隣で慌てて頭を下げる。皆が一斉に喋り出したため、講堂が騒がしくなった。
顔を上げた私と紅は互いに視線を交わす。誘拐のことはほとんど記憶にないけれど、紅が言うのなら、きっとそうなんだろう。
「紅輝が落ち着いてくれれば、俺としては願ったり叶ったりなんだけど。彼女のいない男共は、みんなそう思ってるんじゃないのか?」
大声で言う藍人に、多くの野太い声が賛同する。
「おおーっ」
「紅輝が脱落だー」
「ライバルが減るぞ~」
それを聞いた橙也が肩を竦めながら言う。
「付き合うかどうかはともかく、それくらい余裕で認められるでしょ。心の狭い人間にはなりたくないしね」
「別に女子にも害はないわよ? だって私は綺麗な人が好きなだけだし。一緒に過ごせるなら、男性でも女性でも関係ないわ」
桃華が私を見ながら言う。彼女も私の正体に気づいているようだ。
「これから寮が一緒になるってこと?」
「競争率高そうですわ」
「まさか生着替えも?」
何だろう、女子のヒソヒソ声に悪寒がする。男子寮より女子寮に行くと考えた方が、身の危険を感じるのはどうしてだろう?
もちろん反対意見もあった。
「じゃあ理事長は、個人の事情も考慮するってことなのか? そんなの学園案内のどこにも出ていなかったぞ」
「そうよ。理事長自身の釈明は?」
もっともなご意見だ。
生徒だけのこの場で全てを解決しようだなんて、虫が良すぎる。特待生の試験は正当に受けたけど、性別を偽るのは本当はよくない。櫻井家と余程親しくない限り、学園への入学も認められなかっただろう。
隣の紅が険しい顔をしている。自分の親のことを言われたからか、蒼の顔も強張っている。逆に黄の表情は何だか楽しそうだ。いったいどうなってるの?
よくわからないけれど、これは私の問題。人任せにしていいわけがない。私は紅の手からマイクを取ると、話し始めた。
「みんなごめん。騙すつもりはなかったけれど、結果的にそうなってしまった。理事長にも申し訳ない。私がここを出るから。今までありがとう。みんなも頑張……」
話の途中でいきなりマイクを奪った紅。彼はマイクを構え直すと、口を開いた。
「この学園の理事長は、実は――」




