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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第3章 近くて遠い人
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この世界は……

 紅の言葉がショックで、身体がぐらりと傾いた。


「紫っ、いきなりどうした。とりあえず座れ!」


 慌てた紅が私の腰に手を回し、支えてくれる。彼は私をソファに座らせると自分も隣に腰を下ろした。


「どうしたんだいったい。変なことを言ったつもりはないけど?」

「でも、魔女のシーンって確か……」


 私は必死で思い出そうとした。

 あの時感じた絶望も一緒に――


『君の忠節に感謝している。今までありがとう。だがこれからは君らしく生きて欲しい』

『ええ、そうします。私こそありがとうございます。やっぱり私、貴方を愛して良かった……』


「今までありがとう。俺は姫の方がいいから、これからは魔女のように潔く身を引いて、一人で生きて欲しい。って、そういう意味?」


 私が答えると紅は盛大にため息を吐き、自分の額に手を当てた。


「何でそうなるんだ。誰が()()()と言った? それに、肝心なところを飛ばしている。俺は君らしく()()()()()()姿()()ってそう言ったはずだ」

「だから君らしく一人でってことでしょう?」

「あのなー。紫、俺が嫌なら嫌だとはっきり言ってくれ。その方が気持ちの整理もつく」


 どういうこと?

 嫌がっているのは紅の方でしょう?

 紅は私に向き直ると、両腕を掴んだ。

 淡い茶色の双眸が真っ直ぐ私を見つめている。

 

「俺はお前に――長谷川 紫に好きだと伝えたはずだ。なのにどうして花澤がいいと言う? どうして俺を信用しないんだ」

 

 紅の目が悲しそうに(かげ)った。

 彼が私に本心を言っているのだとわかる。

 桃華とのキスは誤解だった。長いラブシーンは、台を調節していたため。魔女に言ったセリフも……あ、ありのままの姿って?

しばらく考えた末、私は答えた。


「それって、世話役から解放するから男装するのをやめろってこと?」

「それもある。だけど一番は……」

「そんな! 特待生じゃなくなったらこの学園にいられなくなる。それにゲームではこの後もずっと……」

「……ゲーム?」


 途端に紅が眉を寄せ、怪訝(けげん)な表情をした。唇を引き結び、何ごとかと思案しているようだ。


 ――私は突然理解した。

 メインヒーローの彼が、この世界がゲームの舞台であることを知らない。現時点でヒロインの桃華にも惹かれていない。それなら、ここは本当に乙女ゲームの『虹カプ』とは関係ないのかも!

 

「言っていることがわからない。紫、説明してもらおうか」


 詰め寄る紅の綺麗な顔が間近に迫る。

 だけど今回甘い雰囲気は微塵(みじん)もなくて、言葉の意味をただ知ろうとしているだけみたい。


「何のこと? ゲームなんて言ってないよ?」


 私は思いっきりすっとぼけようとした。すると、ソファの背に片手を置いた紅が、更に私に近づく。


「ほら、それだ。ゲーム……どういう意味だ? 俺とのことは遊びだとでも?」

「はい?」

「いや、お前にそんな駆け引きができるとは思えない。だったらどういうことだ?」

「え? いえ、あの、えーっと」

「紫、いったい何を隠している?」

「そ、それは……」


 囲い込まれて艶っぽい声で耳元に囁かれた。ときめくはずの状況も、私にとっては尋問にしか感じられない。背中を変な汗が伝っている。慌てて目を伏せ下を向こうとするけれど、紅が許してくれなかった。

 彼は私の顎をすくうと、ギリギリまで自分の顔を近づけて瞳を覗き込んできた。そして私にダメ押しの一言を放つ。


「言いたくなければそれでもいいけど? だったらずっとこのままだ」


 ち、近い近い近い近すぎる~~!

 あまりの色気と迫力に、心臓が口から飛び出そうだ。自分がかっこいいこと、絶対わかってやっているよね? 悔しいけど認めよう。あなたイケメンです、降参です。全部話しますから許して下さい。


 観念した私は、前世でプレイしていた乙女ゲーム『虹色奇想曲(カプリチオ)』とこの世界がそっくりなこと。登場人物とヒロインとの関係やレナさんとの約束のことなど、全てを紅に打ち明けることにした。




「くっつかれると緊張して話せないから」


そう言うと、紅は長い足と腕を組んで座り直した。私は彼の隣で、ポツリポツリと今までの経緯とゲームのことを話し始めた。途中二三質問されることはあったけど、紅は私の話に真剣に耳を傾けている。自分なりに何とか理解しようと努めているようだ。


「それで全部?」


 話し終えると、彼が聞いてきた。

 

「うん。もう言いたいことはないかな」

「そうか。だが、どこから訂正していいのやら……」


 紅が珍しく困った顔をしている。

 あまりに突飛な話だし、『虹カプ』を知らない人にとっては信じ難いのだと思う。


「要するにお前は、この世界がゲームだと思い込んでいた。それで俺達と花澤をくっつけようとしていた。で、合っているか?」

「まあ、そういうことになるのかも」

「しかもそれが、亡くなったお袋の希望にも即している、とそう考えたわけだ」

「だ、だってその方がみんなが幸せになると思ったし……」

「幸せ? 誰の?」

「え? だから紅達三人の」


 私がそう答えると、紅は黙ってしまった。真面目な顔をしているから、少し怖く見える。


「紫、お前って賢そうに見えて……」

「うん?」


 私は首を傾げた。

 紅は何が言いたいんだろう?


「実は相当バカだろ」

「なっ……はあ? どうして! だって私はみんなのためになると思って」

「だからそれだよ。周りをよく見て考えたのか? 何で人から幸せを与えられなきゃいけない。誰の基準で幸せだと?」

「え? だからゲームの攻略対象はそれで満足していて……」

「ゲームは所詮ゲームだろ。現実世界とは程遠い」

「まあ、それはようやくわかってきたんだけど」


 はっきりわかったのはついさっき。

 ゲームそっくりでもゲームじゃなかったこの世界。紅は桃華に惹かれずに、私の方がいいと言う。それだけでも十分『虹カプ』とは異なっていると言い切れる。


「お袋が言う『素敵なレディ』もきっとお前のことだ。あの頃から俺達がお前を好きなことはバレていたから」

「え? でもそれじゃあ母親代わりになるっていうのは……」

「それはお前が勝手に言いだしたことだろう? 誰もそんなことは望んじゃいない」

「そんな――」


 私が今まで頑張って来たのって、強くなろうとしてたのっていったい何だったの? 

 そんな私の心を読んだのか、紅が続けた。

 

「ずっと側にいてくれて感謝している。だが俺も蒼も黄も、今はお前に守られるより守る方がいい」

「え?」

「それに、幸せって自分の力で手に入れるものだろう? お前はゲームを気にしているようだが、人の感情はゲームじゃない。俺の心は俺だけのものだ」


 強く言い切る紅の顔は真剣だ。もしかして、怒らせてしまった?


「まさか紅、怒ってる?」

「そうだな。怒ってはいないが、信用されなかった自分に失望している」


 低くて暗い声の紅が髪をかき上げた。

 私は彼に対してすまない気持ちで、胸がいっぱいになる。


「そんな! ごめん、そんなに傷つくとは思ってなくって……」


 違う、それは言い訳だ。

 紅の言う通り、私は何も見えていなかった。好きだと言う紅の言葉を信じられず、いつかゲーム通りに離れていくと恐れていたから。


「ゲームにこだわってごめんなさい。紅、あなたに好きだと伝えるには、どうすればいいの?」


 思わず口に出して初めて、好きだと言ったことに気づいた。だけど今更遅いのかも。この期に及んで何だ、とか自分で考えろ、と言われてしまうかもしれない。

 案の定、紅は難しい顔をしたまま考え込んでいる。


「紫、俺に対する同情なら要らない。だけど――」


 私は息を飲んだ。

 その先の言葉は、全く予想していないことだったから。

 

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