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私がヒロイン? いいえ、攻略されない攻略対象です  作者: きゃる
第3章 近くて遠い人
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文化祭2

「あれ、紫記ちゃんよく来たね。俺に会うのが待ち遠しかった?」


 ようやく順番が来て、隣のクラス『もふもふカフェ』に入ることができた。教室に招き入れられた途端、橙也に声をかけられる。

 もしもし橙也、女子ならまだしも私にその発言はおかしいよ? この学園の子は、誰にでも愛想のいい君に慣れている。でも、他校の生徒や一般客は、男同士なのに変だと思うことだろう。それに、さりげなく腰に手を回すっておかしくないかい? それだとまるでホストみたい。

私は肩を竦めると、わざと素っ気なく言ってみた。


「いや、別に。橙也がキツネだってもうわかっていたし。それより、蒼は?」

「何だ、つれないな。蒼ならあっち……ああ、また彼女と一緒だ」

「彼女?」


 意外な言葉に私は慌てて橙也の視線の先を見つめた。そこには、窓際の席で誰かと楽しそうに話している蒼の姿があった。それは――桃華だ! 紅ではなく、友達と一緒に来ていたのか。桃華は狼姿の蒼の言葉に笑っている。女友達と二人ですごく楽しそうだ。


「桃華が……蒼の、彼女?」


 このことを紅は知っているのだろうか? もし知ったら何て思うのだろう。自分の好きな人が既に弟のものだったなんて……


「蒼の彼女? いや、蒼士に特定の彼女はいないんじゃないか? 俺の言い方が悪かったね。ただ、最近あの子とよく一緒にいるな、と思って」


 何だ、そうなのか。

 ドキッとしたのは事実だけれど、桃華はヒロインだ。攻略対象と一緒にいるのは当たり前。特に櫻井三兄弟は近頃彼女と仲がいい。

橙也の言葉を聞いてホッとしたのか悲しんだのか。桃華が蒼とくっつけば、紅は失恋してしまう。可哀想だと思いながら、それでもいいかなってチラッと考えてしまった。

 橙也に案内された席に座り、私はメニューに目を通す。


「ご注文は? 何なら俺にしとく?」


 テーブルに片手をついた橙也が笑顔で言ってくる。いやいや、その冗談はダメだから。ますます売れっ子ホストみたいだ。隣のテーブルの女の子達が、びっくりした顔でこっちを見ている。


「橙也、ふざけすぎ」

「本気だったら、いい?」


 私の耳に唇を寄せ、掠れた声で囁く彼。色気たっぷりのその声に、思わず目を丸くしてしまった。

 何だそりゃ? 私は確認のため、すぐに制服の胸元に目を落とした。

 大丈夫、さらしは外れていないみたい。今日も悲しいくらいに真っ平だ。

 女子と見れば口説く橙也。まさか、男子にまで手を広げてきたとか?


「宮野く~ん、こっちもお願い」

「橙也、まだぁ?」


良かった、助かった。

 どうやら奥から呼ばれているようだ。橙也は器用で女生徒に人気があるから、きっと引っ張りだこなんだろう。


「僕のことはいいから行ってあげて。適当に注文しておくから」

「ごめんね。じゃあ紫記ちゃん、考えといて」


 何を? 

 もちろん注文のことだよね?

 周りに愛想を振りまきながら、スタッフの所に戻る橙也。さっきのは、やっぱり冗談だったんだろう。カフェのギャルソンの格好に狐の耳と尻尾で、後姿もカッコいい。だけど私は、彼の軽口に本気になるほど迂闊ではない。




「紫記、来てたのか。言ってくれれば良かったのに」

「蒼! ごめん。忙しかったんじゃないのか?」

「いや、向こうの給仕は終わった。それよりよく来てくれた。サービスしようか?」


 真顔の蒼は、みんなに同じことを言っているんだと思う。


「じゃあコーヒーを美味しく淹れて? あと、おすすめケーキもお願いしようかな」


 ランチの前にケーキなんて……と言わないで欲しい。なんたって学園祭だし、私の中身は女子高生だ。


「わかった。特別美味しく淹れるから。ケーキも大きく切ってもらおう。それよりこれ、どう思う?」


 蒼が首を傾げた。

 狼の灰色の耳を見せているらしい。すごく似合うし蒼らしい。尖った耳の下には少しだけふさふさがついているから、触りたくてうずうずする。


「かっこいいと思うよ。少し撫でてもいい?」

「もちろん、お前なら大歓迎だ」


 蒼は屈んでくれた。

 眼鏡をかけたギャルソンのツンデレ狼……悪くないかも。


「思っていたよりふわふわだ。すごいね」

「さっきもそう言われた。ほら、あっちにお前のクラスの花澤さんがいるだろう?」

「う……うん」


 蒼は桃華を堂々と紹介する。

 自分の方を見たことに気がついたのか、桃華もこちらを見ながら嬉しそうに手を振ってきた。私も手を上げて挨拶する。


「花澤さん、楽しそうだね。もしかして蒼に会いに?」

「どうかな。まあ、仲は悪い方ではないから。それに、向こうでも会っているし」

「夏休み中のこと?」

「ああ。紅から聞いたのか、見合いのこと」

「……見合い?」


 心臓が嫌な音を立てた。

 お見合いって何、それ。

 紅から聞いたかって……それって誰と誰のこと? 

 そんなことは知らなかった。

 お見合いなんて初耳だ。

 まさか、紅? 

それとも蒼?


『あっちも色々忙しいみたいだ』


桃華のことをそんな風に言っていた紅。だから私に、劇の練習を頼んできた。もしかして桃華は今、花嫁修業中だから? それなら、ゲームはもうエンディング間近なの?


「蒼、それって……」

「詳しくは紅に聞いてくれ。あいつなら喜んで話すと思うから」


 喜んでってことは紅だ!

 もうそこまで話がいっていただなんて……。まったく気づかなかったけれど、紅が桃華に気を遣うのは、そのためなの?


「そういえば、紅がさっきからお前を探し回っている。まだ会っていないのか?」


 私は頷いた。

紅にはまだ会っていない。まさかそのことで、私に話があるのかな?

 別のお客が来たために、蒼はすぐにそっちへ行ってしまった。コーヒーを淹れたり、各テーブルを回って色々話さなくてはいけないから、かなり忙しいらしい。


 運ばれてきたケーキは味がしなかった。コーヒーも結局、飲んだのか飲んでないのかよくわからない。私は早々に席を立ち、帰ることにした。とりあえず、一人でよく考えないと。

 感覚がマヒしても、不思議なことに計算は間違わなかった。私は会計の子にお金を渡すと、すぐに『もふもふカフェ』を出た。

桃華と紅がお見合いしていたとは知らなかった。紅が喜んでいたということも。それなら、もっと早く話してくれれば良かったのに。どうして今まで黙っていたの?




 どこへともなく歩きながら考える。じゃあやっぱり、あのドレスは最後の贈り物だったんだ。二人の婚約パーティーか結婚式に着て来いってことだったのかな?

紅との会話を思い出してみる。帰国した後、彼は私に何て言ったんだっけ。

 

『もう少しだけ。充電させてくれ』

『一度くらい贈り物をしてもいいだろう?』


 確かそう言っていた。

 ドレスはきっと、最初で最後のプレゼント。今まで何も受け取らなかったから、断れないよう私のサイズで注文したんだ。質問した私にも、紅は別に隠さなかった。


『もしかして、向こうで桃……花澤さんに会った?』

『ああ。もう聞いたのか』


 あの時紅は、桃華とお見合いしたことを話そうとしたのかもしれない。だけど聞きたくなかった私は、二人がただ会っただけだと思い込んでしまった。本当はもうとっくに、紅は桃華のものだったのに――

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