文化祭の練習3
一話抜けていました。18話目、追加しています。すみません(ToT)。
11月の文化祭――『彩虹学園祭』が近づくにつれ、生徒達は勉強に身が入らなくなってきた。かくいう私も、何だかそわそわしてしまう。先生方も諦めたのか、最近自習が多くなった。この時間も自習だけど、真面目に勉強する人はほとんどいない。私も背景に使う薔薇の色を塗っておこうかな?
紅と桃華は衣装合わせに向かったようだ。きっと二人共、何を着ても似合うはず。
ちなみに委員長は、魔女の黒いローブの下にセクシーな衣装を着ようとしてダメ出しされていた。「存在感をアピールしたい」と食い下がったけれど、監督役の子が許さなかった。「姫より目立ってどうするんです?」と、怒られている。何だかんだ言って、うちのクラスは仲がいいので面白い。
「紫記様、今からでも遅くはありませんよ? 王子と狩りに行く友人の役などいかが?」
「いや、ありがたいけど気持ちだけもらっておくよ。僕は大道具で十分だ」
毎日紅に付き合わされているから、姫のセリフなら頭に入っている。だけど残念ながら、私に役者の才能はないみたい。肝心なところでいつもセリフがつっかえるし、照れてしまう。
「残念です。紅輝様との絡みを楽しみにしておりましたのに」
何だそりゃ?
傍から見れば男同士。
なのに絡みって――
「もったいないですわ。紫記様さえよろしければ、狩りに出て王子様と一緒に遭難するシーンを追加しますのに」
脚本係の女の子まで変なことを言ってくる。今更だし、それって劇の筋と関係ないよね? それに、紅は桃華の王子様だ。私が出しゃばってはいけない。
苦笑して首を横に振る。
ため息をつかれても、ダメなものはダメだから。
薔薇に丁寧に色を付けていたら、着替えた紅が戻って来た。ドレス姿の桃華も一緒だ。二人とも、絵本から抜け出たように麗しい。
紅は、赤に黒と金が入った軍服のような上着だった。パンツ……というかトラウザーズは黒ですっきりした出で立ち。腰に差す剣は演劇部から借りたのか、凝った模様だ。桃華は全体がピンクで、袖と胸元の赤いリボンが特徴的で可愛らしい。白いレースやフリルがふんだんに使ってあって、歩くたびに揺れている。
「可愛い~~!」
「思った以上に素敵でしたわ」
「すごいな、俺も着てみたかった」
「何、ドレスの方?」
「バカ、違うだろ」
途端にクラス中が大興奮!
私も可愛いものは好きだから、桃華のドレスに見惚れてしまった。
「すごく可愛らしいね」
「紫記様、ありがとうございます!」
思わず出た本音に、桃華がすかさず答えてきた。そのため、彼女の隣にいる紅が何だか変な顔をしている。
桃華を褒めただけでしょう? 別に狙ってないから。っていうより一応私も女の子だし。綺麗な物に見惚れるくらいいいよね。
「あー、すごく盛り上がっているところ悪いんだが。隣はまだ授業中だ。慎むように」
入ってきた先生にダメ出しをされてしまった。いけない、隣のクラスは自習じゃなかった。授業時間はあと少し。
一瞬シンとした後、みんなで顔を見合わせ大爆笑! 本当に、このクラスで人気投票一位を取れたらいいのにな。
私は笑顔のままで作業を進めた。担任が不在でこの後のホームルームもないので、集中することができる。
しばらくの間薔薇の細かい色付けに没頭していると、手元に影が差した。顔を上げると、紅がすぐ側に立っている。
「で、どうかな?」
照れたように笑う紅。
その表情に思わず胸がドキンとする。王子の衣装の感想かな。私の意見を気にしているの? でも、もうとっくに桃華に褒めてもらったはずだよね。
「どうって? もちろんカッコいいよ。紅は何でも似合うから」
『虹カプ』のメインヒーローとヒロインはゲームを抜け出してもお似合いだ。他の攻略対象が入る余地などないくらい美麗だし、豪華な衣装も自然に見える。
紅は私の答えに頷くと、満足したのか向こうへ行ってしまった。変なの、ナルシストではないはずなのに。
劇に出る人達は衣装を着けたまま、小声で稽古をするようだ。本番が近いから、みんなの表情も真剣だし、気合いが入っている。セリフや動きを念入りに確認したかと思えば、熱心に打ち合わせて台本に書き込んでいる。
台本といえば……そうだ、キスシーン! 紅は桃華とのキスを、みんなの前で堂々とするのだろうか?
「痛っ」
余計なことを考えていたせいで、板からはみ出た木の#棘__とげ__#が指に刺さってしまった。直ぐ抜いたけど、結構深い。仕方がない、消毒しに保健室へ行こうかな。決して主役二人の仲睦まじい様子を見るのが嫌で、逃げ出すわけではないから……
「やあ、紫ちゃん。久しぶりだね」
保健室に入ると、碧先生がにこやかに迎えてくれた。文化祭前ともなると先生の追っかけの生徒も減るらしく、放課後でも珍しく暇そうだ。仕事もとっくに片付いたのか、先生はのんびりお茶を飲んでいた。
「コーヒーでいい? それとも紅茶?」
「あ……お構いなく」
遊びに来たわけではないから。
消毒して絆創膏をもらったら、戻らなくてはいけない。
「ちょっと棘が刺さってしまって。大したことはないのですが、絆創膏を下さい」
「どれどれ」
先生は私の手を握ると指をじっくり見てくれた。
「ああ、中にまだ少し残っているようだね。ピンセットで取ってあげるから、ここに座って」
「貸して下さったら自分で取れますけど」
「いいから、いいから。遠慮しないで」
別に遠慮しているわけではない。人に触られると、ちょっとだけ緊張してしまうから。いつもはなるべく自分で……って、この前指を怪我した時は、紅が舐めたんだっけ。あれは緊張というより恥ずかしかった。柄にもなくドキドキしてしまったのを覚えている。その後も保健室に運んでくれたりして――
「どうしたの? そんなに痛かった?」
「いえ、別に」
さすがはお医者さん。
あっという間に棘を抜いてくれていた。全く痛みもなく平気だった。
「じゃあ、どうしてそんな顔を?」
碧先生が傷口を消毒しながら聞いてくる。消毒液が染みて指にピリッとした痛みがある。
「そんな顔って?……あ」
自分でも気がつかないうちに、顔をしかめていたようだ。あろうことか目元には、涙まで滲んでいる。そうか、だから先生は私が痛がっていると思ったのね?
でもこれは、指の痛みではなく心の痛み。保健室での出来事を色々思い出してしまったせいだ。私を心配してくれる紅。指を怪我したり、足を捻ったりコンタクトがずれた時、息ができなくなった時など彼が私をここに連れて来てくれたから。
紅に指を舐められた時、赤茶けた髪と伏せられたまつ毛を綺麗だと思った。
横抱きにされた時には、広い肩幅と厚い胸、しっかりした足取りを頼もしく感じた。あの後から私は、紅を意識するようになったんだと思う。
なるべく考えないようにしていた。
彼は御曹司で、私は世話役だから。
紅に相応しいのはヒロインの桃華で、攻略対象の私ではない。
そう思って、自分の心に蓋をしていたのに――




