もしかして
文化祭はクラス単位で出し物や店を決める。
運営資金は寄付金などで潤沢だから、費用の上限は一クラス50万円まで。
って、いやいや。その金額、学生なのにおかしいでしょ。だけど毎年この額だからか、みんなは文句を言っている。
「50万円って、毎月のお小遣いより少ないわ」
「衣装もオーダーじゃなくて既製品なのか。素材が心配だな」
「せっかくの劇なのに、演出家も雇えない。台本も製本できないままか?」
もしもーし。
金銭感覚違うから。
ただの文化祭で、プロ仕様にしてどうする!
そういえば、去年の執事服でもレンタルは嫌だと騒いだ人がいた。小さなケーキも一個につき500円では安すぎる、本当に大丈夫なのかとクレームも来た。庶民の私としては十分だと思うし、何でもお金をかければいいってもんじゃない。
体育祭はおとなしく従うのに、文化祭の方が燃えるのには訳がある。
それはズバリ人気投票! 内部の生徒と外部の一般客に、クラスごとの出し物や店で良かったと思うものに投票してもらう。文化祭後の後夜祭で、人気ナンバーワンのクラスが発表される。一位になったクラスの全員に、後夜祭でのファーストダンスの特典が与えられるのだ。
一番最初に踊る権利。
何も始めににこだわらなくても……と去年は私も思っていた。けれど、どうやらそれだけではないらしい。最初にホールに出るのでもちろん目立つ。けれど、学園オリジナルの特典はここからだった。
後夜祭でのファーストダンスは名誉とのことで、パートナーを申し込まれたら断ってはいけないとされている。かち合った場合は相手の意志を聞き、決まらなければじゃんけんで勝った方に。もし負けても、次に好きな人を選べるというのだ。
つまり、優勝したクラスの生徒は最初の一曲目は自分の好きな人と踊れる。かち合ったとしても相手次第で、二曲目に踊ってもらえるかもしれない。婚活中や意中の人がいる人はがむしゃらに、そうでない人はそれなりに。毎年張り切る人が続出するのはそのためだ。
私としては体育祭の方が好きだけど、文化祭も別に嫌いではない。けれど、後夜祭はあまり好きではない。踊るのは男性パートのみだし、去年も何人かの女子から誘われてしまった。まあ、ほどほどで切り上げたけど。
紅と蒼も去年は囲まれていたから、かなり大変だったと思う。今年はパートナーがいると宣言して、紅は桃華とずっと踊り続けたりして。
紅と桃華のことは、なるべく考えないようにしている。劇でもペアだし、くっつくのは時間の問題だ。もう既にメロメロなのかもしれないし。ここまできたら、下手に手を出さず若い二人に任せよう。最近はそんな感じで、母のような心境を保とうと心がけている。
ちなみに私は劇に出ない。
大道具係を希望した。
力仕事は向いていないけれど、色を塗るのは好きだ。女子からブーイングが出たけれど、聞かなかったことにしよう。みんなを陰で支える方が、自分には合っているような気がするから。
読書家のクラスの女の子が脚本を書いた。配役決めの時にちらっと触れたみたいだけど、私は聞き漏らしていたようだ。改めてあらすじを聞くと、面白そうな感じではある。
『眠りの森の美女』のような内容で、王子はもちろん竜や魔女まで出てくる。姫は#茨__いばら__#の代わりに薔薇の中で目覚めるらしい。何だか桃華にピッタリだ。
大きく違っているのは冒頭部分。
幼い頃から王子を好きだった魔女の嫉妬のせいで、姫は眠らされてしまう。けれど王子は姫が好き。どんなに想っても魔女に振り向くことはない――
私は魔女に同情するな。
本当の主役は魔女の方なんじゃないか、とも思ってしまった。ちなみにその役は、文化祭の委員長が射止めていた。もちろん、王子役の紅との絡みもある。やるな、委員長。
そんなわけで、クラス一丸となって授業以外は劇の練習や準備をしている。ちなみに隣のクラスは『もふもふカフェ』なんだそうだ。動物に扮して毛皮や猫耳を付けて給仕するらしいから、私はかなり気になっている。当日は絶対にお邪魔する予定だ。
「蒼は何の動物になるの?」
「当日まで秘密だ。クラスの子を誘って遊びに来てくれ」
寮に戻った時に聞いてみた。
蒼は教えてくれない。
クラスの子って桃華ってことかな?
紅とイイ感じなのに、蒼も桃華を狙っているの? さすがはヒロイン。可愛い彼女に周りはどんどん惹かれていくみたい。
「花澤さんなら、劇でお姫様役になったよ。紅が王子様。蒼も是非見に来てね!」
せっかくだから教えてあげた。
ところが――
「知っている。直接聞いたから。紫は大道具なんだろ?」
「え? ま、まあ。衣装係と迷ったけど、本性出したら危ないから」
「そうだな。その格好で綺麗な衣装にウットリしていたら、そっちの趣味があるのかと疑われてしまうな」
蒼の言う通りだ。
でも、気になったのは彼の言葉の方。直接聞いたってことは、紅にだよね? 桃華の相手の王子役が嬉しくて、すぐに話さずにはいられなかったってこと?
自慢したくてたまらないほど、紅が劇を楽しみにしていたとは知らなかった。だったらもう、紅の桃華への好感度は既に最大値なのかもしれない。
「どうした、紫」
「あ、ええっと……お互いに成功するといいね」
それだけ言うのが精一杯だ。
そんな私に、蒼が笑いかける。
「ああ。私も劇を楽しみにしている」
そう言うと、蒼は部屋から出て行った。
桃華が出るから楽しみなのね?
でもそうか。
蒼はゲームの内容を知らないから、ヒロインが在学中に誰か一人のものになるとわかってないのか……
学園卒業後に三人は、桃華を囲んで櫻井家の庭で幸せそうに笑う。でももしかして、紅に桃華を取られるのは嫌だったりして。自分一人のものにしたかったって、後から悔やんでしまうのかな?
突然不安が押し寄せてきた。
自分の考えに愕然とする。
だってこの世界は私のよく知るゲームの世界。シナリオ通りにしていれば、間違いないはずでしょう? それなのになぜ、私は疑問を持ったのだろう。蒼が後悔するかもしれないと考えるだなんて。
夏休みの課題疲れが今頃出てきた?
深く考えないようにしよう――
私はそのまま、部屋のソファに横になると静かに目を閉じた。




